「五月、湯けむりの告白。」(中)

 社会人になって気づいたことだが、五月というものに——とりわけゴールデンウイークというものに喜びを感じることはない。学生の頃は祝日の連続で嬉しいものだったが、俺の職場においては連休など与えられない。企画部の中で商品企画を担当している俺だが、凡才の俺が活躍するには数をこなすしかない。


 そう自覚しているからこそゴールデンウイークなど返上して当たり前と思っていたのだが。


「染井。帰る前にちょっといいかい?」


「はい! なんでしょうか?」


 今日の仕事を一通り終え、さて帰ろうかと仕度をしていたのだが、部長に声をかけられて仕度を頓挫する。


「いやね、優田が家族サービスのためにゴールデンウイーク明けの週末を二連休にして、その代わりゴールデンウイークは休みなしでいいってごねてきてさ。そんなわけにもいかないんだけど、染井とシフトを交代したらちょうどいいんだけど……どう?」


「あ、大丈夫です! 優田さんにはお世話になってますし、僕のことは気にしないでください」


 優田さん——先輩をこんな呼び方で呼ぶのは部長の前だけだが、先輩の間接的な頼みというならば仕方ない。こんな時にでもお返しをしなければ、先輩に顔を合わせられない。


「よし。それじゃあ突然だけど明日から二連休ってことで。突然だけど、しっかり休んで来週末は頼んだよ」


「はい!」


 ——こうしてゴールデンウイークに二連休が生まれたのが、五月二日。温泉もどきの一日前の話である。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ——時は進み、温泉もどき三時間前。二連休初日の朝九時。


 俺は突然の休日の暇を持て余し、おおよそ一年ぶりの目的のない買い物に出かけていた。家から五分の場所にある食料品店から洋服店まで揃っている、街一番の複合ショッピングセンターだ。つい二ヶ月前なら、気になったゲームを突然買ったりしたものだが、二人暮らしの俺にそんな余裕はない。


「あ、そういえば食材切れてたっけ……買ってくか」


 流れの悪いエスカレーターに乗り、俺は地下の食料品コーナーにへ足を運ぶ。『三千円以上お買い上げで福引一回!』の看板を見ながら人の流れに身を任せて店内をふらふら歩いて、二ヶ月前ならおおよそ考えもしなかった栄養バランスなんかを考えながら、野菜やら肉やらをカゴに突っ込む。


 永井との同居生活が始まってから、一ヶ月と少し。人を養う準備も何もしていなかった俺だったが、たかだか一ヶ月で永井との二人暮らしは当たり前になっていた。生活の諸問題もほとんど解決した。


 料理は朝は永井が担当、昼と夜は俺かコンビニということになった。朝食も俺がどうにかすると言ったのだが永井は、「感謝の気持ちなので! それにコンビニ弁当ばっかりだったら体壊しますよ」と、譲らなかったのだ。


 寝床は四月も終わりに近づいた頃に、「ソファは背中が痛いので……」と、永井の要望で一週間交代になった。


 と、そこまで決まってしまえば生活に支障が出るはずもなく、俺に疑問として残ったものは洗濯と入浴の二つのみだった。しかし、女性にとってはデリケートな部分であるがゆえに聞くわけにもいかない。


「まぁ気にしても仕方ないよな」


 最近多くなり始めた独り言を雑踏に吐いて、俺は会計を済ませる。合計金額三千一円。なんともキレの悪い数字だ。と、思っていたのだが。


『三千円以上お買い上げで福引一回!』


 記憶の隅で存在を主張する看板の文字。俺は一円だけ超えたのも運命だと非科学的なことを信じて、福引をやっているというデパートの入り口に向かう。そこそこの行列ができていて、並ぶのは煩わしいとも思ったが、一等の『ペア温泉旅行』があまりに輝いて見えたせいで、俺は列の一番後ろに並ぶ。


 一人、また一人と福引を引いていくが、一等は当たらない。どうやら福引の存在を主張するように鳴らすベルは三等以上の場合に鳴らすらしい。ということは、ベルが鳴っただけでいいものは確定ということだ。


「それでは次の方どうぞ!」


 ついに俺の番がやってくる。後ろから見ていた限りでは、俺の一つ前の人は白色の球を引き当て箱ティッシュをもらっていた。そこで悪運はいなくなったはずだ。


 そして、一等が当たることを願いながら福引を引いて——ベルの音が鳴り響く。


「おめでとうございます!」


 俺は反射的に球の色と景品表を見比べる。球の色は黄色、悪くない色だ。そして肝心の景品は——、


「こちら、三等の檜の香りの高級温泉風入浴剤でございます」


 ——温泉もどき一時間前。俺が落ち込んだことは言うまでもない。

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半透明なしあわせ syatyo @syatyo

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