「春、さくらと出会い。」③

「五月、湯けむりの告白。」(上)

「染井さん。すごい綺麗ですよ」


「そうかそうか」


「こっちに来て見てくださいって。本当に見た方がいいですよ」


「いや、俺はここでぼーっとしてるので十分だ」


 檜の香りに満たされた空間で俺は目を瞑って、永井が見ているだろう景色を想像する。真っ赤に染まる山々と、雲ひとつない青空。確かそんな感じだ。


「なんでですかー。まさか私と一緒に温泉に入るのが嫌なんですか?」


「嫌とかじゃなくて、倫理観の問題だろ。いくらお前が幽霊でも、女子高生と一緒に風呂っていうのは世間的によろしくない」


「大丈夫ですって。世間的に見たら一人で入ってるだけなんですから。それに温泉に入らないでこんな絶景も見ないだなんて、損しますよ?」


 ちゃぽんと、永井が水を弾いた音が響く。扉一枚越しに服を纏っていない永井がいるのだ。その時点で倫理観など無いに等しいが、それでも裸の付き合いを許すというわけにもいかない。


 いや、そもそも絶景だとか温泉だとか言っているが、本当に存在しているなら永井を追い出してでも、楽しんでいるに決まっている。


 本当に存在しているのなら。


「——お前が言う絶景はスマホの画像だし、温泉は入浴剤入れた風呂だろ」


「あー! なんでそういう雰囲気を壊すようなこと言うんですかっ! せっかく温泉気分を楽しんでたのにぃ……」


 俺は洗面所で磨りガラス越しの永井の恨み言を聞きながら、偽物の檜の香りを楽しむ。


 ——事の始まりはおおよそ三時間前に遡る。

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