おはよう。漫画家、山田花子さん。
赤キトーカ
第1話 墓前にて
「600円です。どのように、切りますか?」
「適当に、お願いします」
花である。
トーマは、ある駅前の小さな花屋で、店主にそう頼んだ。
早くしないと、霊園へのバスが出るかもしれない。少し、焦る。
「ありがとうございました」
菊だか、ヒヤシンスだか、名も知らぬ二輪の花を手に取り、トーマはバスに飛び乗った。
駅前から、霊園への距離は近い。
10分もバスに乗って、知っているバス停で、降りる。
「今夜はとっても、ヒヤシンス……と」
トーマは、バス停から、目的地へと向かい、坂を登り始める。都内でも有数の霊園の、ある一角へと向かう坂である。これまでにも何度か、訪れたことは、ある。
坂を登ると、すぐ、その一角はある。
そして、彼女が眠る場所へと向かう。
ふ、と気がついた。
「その」墓前に、女性が立っているのだった。
腰まで届く長髪。顔は、後ろ姿だから、わからない。
今日は、「彼女」の命日だ。トーマのように、墓前に花を備える人がいても、不思議はない。現に、自分も、こうして来ているのだから。
トーマは後ろで、ゴロワーズに火をつけ、彼女の邪魔をしないよう、適当に腰をかけて、その女性の墓参が終わるのを見守ることにした。
だいぶ時間も経った。
1本の煙草を吸うのに、4分だとすると、8本の煙草の吸殻は、30分以上待っていることになる。
参ったな、と思いつつ、祈念の想いを邪魔してはならないと考え、じっと待ち続ける。
やがて、事が済んだのか、その女性は帰るそぶりを見せた。
彼女は帰り際、待っていたトーマの姿を認めると、会釈をしてみせた。トーマも、それに返した。
トーマは、墓前へと向かう。
その女性は、坂を降りようとしている。
ふと、思うところがある。
「もしかして……」
もしかして、である。
思わず、声に出てしまった。
「あ、あの!」
彼女は振り向く。しかし何も言わない。
「ご親族の、方ですか?」
「あ……」
と答えたのち、「そのような、者です」。
トーマも、とっさのことだったので、二の句がつげない。
「あ、あの、よかったら、ご一緒しませんか?」
しばらく考えたのち、彼女は言う。
「そうね……」
墓に眠る彼女を、遠くから、祈りに来る人の想いは一つである。
トーマは墓前に近寄る。彼女も、再び墓前へと歩み寄る。
山田花子さん。高市由美さん……。
なぜ、あなたは死ななければならなかったのか?
生きてては、いけなかったのか?
トーマは、山田花子をとても身近に感じられる…そんな、気がした。
「教えましょうか?」
「彼女」がぽつり、と口にした。
「え?」
「いえ、何でもありません……」
おはよう。漫画家、山田花子さん。 赤キトーカ @akaitohma
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