第4話 死刑制度

「今日の議題は日本の死刑制度についてです」


 前日には知らされてなかった議題を唐突に発表した砂尾さんはドヤ顔だ。


「これまた重たい話題だな」


 たまらなくなった僕は思わず突っ込みを入れた。


「いやまあそろそろ私たちも社会的なテーマに取り組むべきかなと思って」


「他にはなかったのか? 別段私は詳しくないぞ」


「私もです」


 残りの二人も困惑している。


 むろん僕も今までそんなに興味を持ったこともない。


「ほらほらだからこそよ。そこでみんなで考えを深めていこうっていうの」


 まあ言いたいことはわかるが。


「じゃあ私から意見を述べましょう! みんなはその間にいろいろ考えといて」


 そういい一度咳ばらいをし彼女は話し始めた。


「まず死刑制度についてですが、これは今までいろんな人がいろんなことを根拠に賛成反対に分かれて議論を行ってきたものです。今回私はこれらをいろいろ調べてきていますので一切合切無視することはできませんが、ある程度自分の見解を述べていきたいと思います。まず、死刑制度に対しての私の意見ですが、これは反対の立場をとらせてもらいます。しかし私は受刑者がとても凶悪な犯罪者であった場合、実際には死刑でも構わないと思っています。それでも反対の立場をとるのは、裁判の性質上誤った判断を下す可能性があると思うからです。この可能性がある限りはやはり極刑は避けるべきでしょう」


 あくまで人道的にどうとかではなく間違いが起きるかどうかを問題とするわけか。

 それで意見については終わりなのか、一息入れると次に砂尾さんは僕に意見を求めてきた。


「うーん、僕は立派な意見なんてないんだがな」


「急に言ったから仕方ないよ。それに私が求めてるのはそういう状態の意見なんだから」


「それじゃあまあ」


 僕は少し考えてから咳払いをして話始める。


「ええと、僕はまず死刑制度は賛成ですね。理由ですが……死刑になるような凶悪犯が更生する可能性なんてないでしょう? それに終身刑だってお金がかかる。のうのうと生きてられたら遺族も何とも言えない気持ちになると思います。人権の観点から見ても、とんでもない人権の侵害、人の尊厳を踏みにじった結果死刑となることに不自然な点はないと思います。先程の砂尾さんの意見と違うところは現代の捜査で凶悪犯を間違えるようなことになるなんてことが起こらないと考えているからですね」


 最近は意見を言うことにも慣れてきたのであまり早口にならずに言えた。


「次は私でいいか」


 中舘先輩が挙手すると砂尾さんはすぐに反応した。


「ハイどうぞ!」


「ああ、私は反対かな。その人が凶悪犯だからってその人の命を奪っていい理由になるとは思えない。もちろん更生の余地もないとは言い切れない。あらゆる可能性を考慮して判断すべきだよ。国際的にみても死刑制度を廃止している所は多いと聞くし、日本が人権後進国と思われるのも嫌だしね。あとは……そうだな、死刑にしてもらおうと犯罪を犯したなんて事例もあったよね。むしろ犯罪の助長をするぐらいならなくしてしまった方がいいと思うよ」


 先輩が言い終えると、今度はみんなの視線が井上さんに集まった。


「今度は私ですね。まずはじめに反論になっちゃうんですが、先輩の言う犯罪の助長っていうのは違うかなと思います」


「どうして?」


「それを言ってしまえば死刑にならないから何でもやる人だって出てくるっていうのも話としては通ってしまいますよね。一つ事例があるからって安易に廃止って言っちゃうと他の可能性も出てくると思うんです。それを示したデータなんかもないわけですから理由としては弱いと思います。それに正直な話、死刑を廃止してれば人権の進んでいる国だって認識も怪しいと思います。人権を侵害した人の人権まで保障するのはいいことでもありますが、死刑が適用されてしまうような人に関しても当てはまるとは、私の感覚では思えないんですよね。日根君の言ったように刑務所に入れておくのにもお金はかかります。そんな人にお金が使われてほしくないっていうのもありますね。それこそ死刑がなくなれば終身刑狙いの凶悪犯罪者が出ないとは言い切れません」


 どうやら彼女は僕と似たような意見のようだな。


「じゃあ賛成ってことだね。うーん理屈としては人権的には問題ないと思ってるのが私と日根君と井上さんで、中舘先輩は人権的にダメ。制度として反対なのは私と先輩で半々だね」


 砂尾さんは制度として不完全だということで反対しているが、根本的には容認している。人の心情というのはやっぱりやったらやり返すなんだよなぁ。


「私はやっぱり命を奪うのに賛成はできないな。心の中で死んでしまえと思っていてもそれだけで終わらないのが人間だと信じているからね」


 うーん先輩、聖人である。


 でも実際、自分の家族や親戚、友達がむごたらしく殺されてしまった場合、果たして自分は正気でいられるだろうか。犯人が死ななきゃ納得できないということもあり得るのではないか。


「納得いかないって顔だな日根君。言いたいことはなんとなくわかるよ。確かに自分がそんな目にあってしまったらと考えるとね……でもやっぱり人間の善性を信じてみたい気持ちはあるんだよ。だから、私はこの考えは曲げたくないかな」


 うっ、なんだか全体的に重たい空気になってきたな。それにしてもこの人は本当にいい人なんだろうな。


「まあ全体的に意見は出たし、みんなもいろいろ考えられたんじゃないかな。他の意見が刺激になっただろうと思うし、今日はここまでで。またちょくちょくこういった話題も取り扱いたいからいろいろ考えておいてね」


 砂尾さんは空気を打ち壊すように明るく言い放った。こんな話題ばかり取り扱ってもらっちゃあ僕たちの精神が老化しちゃうので適度にしてほしいな。


「なんか道徳の時間みたいで懐かしい感じがしたね」


「私はまあもっとこういった話題を出してくれてもいいと思うぞ」


「なんで二人ともちょっと楽しそうなんですか!? 僕はあんまりこういった話題は好きじゃないんですけど」


「まあまあ日根君いいじゃない。なんだかんだで真面目に考えてくれるし、もしかしてツンデレってやつ?」


「違う!」

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