第一章 日根呉夫の新生活

第3話 試験方式

「日根君って毎日放課後すぐいなくなるけど、家に帰ってるの?」


 最近なぜか朝早く、ほとんど人がいないこの時間に決まって話しかけてくるようになった彼女。先週までは名前を知らなかったが、せっかく話しかけてくれたのでちゃんと確認しておいた。


 井上千尋、以前にも言ったと思うがおとなしそうな見た目の可愛い女子だ。ただ、いつも読書しているので目立つような子ではない。あれから互いに丁寧語ではなくなるくらいには毎朝話しかけられている。理由はよくわからないが教室での話し相手ができたので良しとしよう。


「部活に出てるんだ」


「え、部活に入ってたの」


 自己紹介では部活には入らないって言ったからな。その反応は担任の外村先生で経験済みだ。


「まだ人数がそろってなくて同好会なんだけど」


「なんていう部活なの?」


「議論部だよ」


 そう答えたところで彼女の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいるように見えた。意外と表情豊かなんだよな。


「まあとにかくいろんなことを話し合う部活かな」


 説明がめんどくさすぎるので適当に言っておく。大体あってるでしょ。


「それ部として成立するの?」


「……それは僕も思ってた」


 誰でも疑問に思うよね。うちの学校はわりと自由を謳っているが、ここまでわけわからんものに許可を出すとは思わなんだ。


「でも結構面白いんだ」


「ねえ、部員は募集中なんでしょ? 私も行ってみていいかな」


「いいと思うよ」


 部員が増えてくれるのはありがたい。あんまり乗り気じゃなかったはずなのに、こんなことを考えるくらいにはあの部に染まっているようだ。


「それじゃあ放課後に地学教室に来てみて」


「分かったわ」




「というわけでそろそろ来ると思うんだけど」


「やっぱり日根君ノリノリじゃない。新入部員の勧誘までやってくれるなんて」


「向こうから来てみたいって言ったんだから僕が積極的に勧誘してるみたいに言うなよ」


「またまた照れちゃってー。素直じゃないなー」


 砂尾さんのこういう所は素直に嫌いなんだよなー。


「それで一年の女子ね。男子一人って気まずくない?」


「言われてみればそうですね。誰か男子で入りたいって人いないんですか?」


「一応勧誘はしてるけど、内容聞いたら微妙な顔で断ってくる人ばっかりなんだよね。こんなに楽しい部活なのに」


 ぷくっと膨れて怒ったふりをする砂尾さん。あざとい。


「その証拠に日根君はどっぷり浸かってるからね」


「なんですか先輩、その泥沼みたいな表現は」


 泥沼にはまったものは抜け出せないというが、まさかな。


「なんだかんだで毎日顔を出す程度にはハマってると見た!」


 砂尾さんはビシッと音がする勢いで指をさしてくる。挙動がいちいち大げさというかうざいというか。


 そんな雑談をしているとドアが開く。


「失礼します。一年の井上です。見学に来ました」


「どうぞ! 入って入って」


「えっ、その、砂尾さん、ちょっと」


 おずおずと入ってくる井上さんにハイテンションで招き入れる砂尾さん。井上さんは手をつかまれて僕の隣に用意された椅子に座らせられる。

 驚いた様子の井上さんだったが少し落ち着きを取り戻したのか、僕に小声で話しかけてきた。


「砂尾さんがいるなんて聞いてないんだけど」


「そりゃあ言ってないからね。一応彼女が創設者で部長だよ」


「そうなんですか」


 そう言って井上さんは何か考え込むような仕草を見せると、もう一度俺の方を向き問いかけてきた。


「……もしかしてこの前の件で脅されて人数合わせに組み込まれたとか?」


 今の一瞬でその考えに至った経緯をぜひ詳しく聞いてみたかった。察しが良すぎではなかろうか。

 僕は無言で頷く。


「もしかして私に楽しいって言ったのは道づれにするため」


 彼女は顔を青くしてがたがたと震え始める。


「いや、そんなつもりはないから」


「ほ、本当ですか」


 いまいち信用できないって顔してるな……。


「はいそこ二人でコソコソしてないで、始めるよ」


「あ、はい」


「まずは自己紹介から。私は部長の砂尾奈子です。よろしくね」


「私は副部長の中舘中子。二年生だけど気軽によろしく頼むね」


「あ、はい。よろしくお願いします。私は日根君のクラスメイトの井上千尋です。よろしくお願いします」


 僕はまあ自己紹介しなくてもいいか。なんかそんな雰囲気だし。


「それじゃあ早速活動を始めるね。井上さんは今日は見学でいいんだよね?」


「はい。よろしくお願いします」




「それじゃあ今日の議題は……」


「センター試験は必要か否かだったっけ」


「そうですそうです。それじゃあ私から」


 砂尾さんから意見を言うらしい。それにしても今日の議題もなんだか危ない感じがするな……。


「まずセンター試験の存在意義なんですが、多くの大学が個別に一次試験を作成する必要がなく、大幅にコストを削減できるというところにあると思います。そして二次試験の足切りに使うことでより大学側も楽になるでしょう。ですので私は必要だと思います」


「大学側が楽になるっていうのは?」


 中舘先輩が質問をする。


「人数を事前に絞れることによって採点などの時間が減ります」


「なるほど」


 先輩はそう頷いてから一呼吸おいて話し始める。


「確かに存在意義はある。だから長年続いて来たんだろうしね。でも受験生から見たらいい迷惑だと思わない? 難しいところほどセンターの点数の配分だってどんどん少なくなっていってるのは差がつきにくくて細かいところで運が絡むし、問題の難易度が低いからでしょ? 反対にそこまで偏差値の高くない場所はセンターの配分が高いところもある。この場合運で入学できちゃう人もいるってことじゃない。楽だからって理由で不確定要素の多い試験を二日間みっちり受けるストレスは半端じゃないわよ。実際数年後に内容が変わるっていう話だし、暗記主体のセンター試験なんて必要ないんじゃない?」


 僕は中舘先輩の意見に似たような心境だ。暗記が得意な人もいればそうじゃない人もいるしね。でも競争させるという意味では別段間違った方法であるとも言い難い。新たな何かを生み出すような次元の勉強をしているわけでもない。高校の数学だって解法の暗記テストみたいなもんだ。


 その点を踏まえて僕も意見を出してみよう。


「僕は試験としての役割は十分であると思います。勉強内容を覚えているかということであればすべての教科は暗記テストと似たようなもんです。これ以外の方法をとるのはコストの面を考えても、採点基準を考えても非現実的なんじゃないかと思います。しかし必要であるかと問われれば否です」


「どうして?」


 途中まで頷いていた砂尾さんが小首を傾げる。


「なぜって? それはもう、センター試験のおかげで儲かってるやつがいるからですよ! あんなの利権の温床だ! リスニングの機械一つとっても儲けようと考えてるようにしか思えない! 大体コスト肩代わりしますなんて善意でやり始めたわけがない。どう考えてもお金をむしり取れるからに決まってる」


「はあ、君はいつもそれだな。どうしてそう暗黒面ばかり見ようとしてるんだ? 大体、役割を立派にこなしてるんだから相応の報酬があるのは当然だろう。私はそんな場所に異は唱えたくないなぁ」


「利権絡みっていうのは必要な場合も多いですが大体腐っていくものなんですよ」


「それはまあ、否定はできないが、確実にそうだと言えるものでもないだろう」


「いや、絶対腐ってるね」


「はいはいそこまでね。でも、そう言った見方もありかもね。二次試験の前に実施される模試だって考えてみたらそれを一つの団体が牛耳ってるってことだもん」


 タイムスリップして僕が共通一次の創設者になりたいぐらい儲かってそう。


「でも独立行政法人ってそんなに儲かるものなのかな? 普通は交付金で回してると思ってたけど。もし儲けててもテストがしっかりしてて自分たちでお金を回せてるなら、むしろ健全な気もするし」


 うーん、そう言われれば確かに健全だ。自主財源だけで回せてるならそれは何も問題ない。

 砂尾さんはスマートフォンを取り出す。


「サクッと調べてみようか。……なになに、あーほとんど受験料だけでお金回してるって書いてあるなぁ。日根君の見方的には全然セーフなんじゃない?」


 う、そうなのか。


「まあでも、人件費が高いのかな? 多分大学の教授とかを休日に駆り出してるからじゃないかな」


「それはつまり大学側との癒着では……! やっぱり利権絡みだ!」


「いやいやもういいから。大体、雑務に追われる教授たちの方がかわいそうだよ」


 言われてみればそうだな。休日にあんな緊張感あふれる場所にはいたくない。


「だったら僕の意見は必要ってことになるかな。試験としてはいいと思うし」


 だがしかし、この法人が天下り先になっていないという証拠もない。要検証だな。

 そうして話がひと段落したところで、クスクスと笑い声が聞こえてきた。

 井上さんが小さな声で笑っていたのだ。


「そんなに面白かった?」


「いや、だって、日根君がいつもと違ってとても楽しそうだったし、その、変なテンションだったから」


 そういって、もうこらえきれないというように露骨に笑い始めた。

 僕そんなに変なテンションだったかな。


「確かに日根君は陰謀だとかそう言ったことが好きなのか、変なテンションになるときがあるよね」


「砂尾さんには言われたくないんだけど……」


 彼女だってたまに鼻息が荒くなったりするし。

 ひとしきり笑い終えたのか、井上さんは佇まいを改めて砂尾さんの方を向いた。


「決めました。私もこの部に入ります」


「本当? やったー! 四人目だー!」


「はい、よろしくおねがいします」 


 こうしてこの部に、新たなメンバーが加わったのであった。

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