第2話 読書について
次の日、部室に顔を出さなければならないことに憂鬱になりながら、重い足取りで登校する。
昨日の件もあってクラスからも浮くんだろうな。踏んだり蹴ったりだ。
そんなことを考えながら、結局いつも通りに早めの時間に教室にやってきた僕はいつも通りに本を読んで時間をつぶしておくことにした。
僕は普段ライトノベルばっかり読んでいる所謂オタクだ。といってもアニメや漫画の類はあまり見ていない。文字媒体が好きなんだと思う。単純にお金に対して情報量が多いし長く楽しめる気がするからかもしれない。しかしラノベを読んでいると教室でヒヒっと笑い声が漏れてしまう可能性があるから要注意だ。
「あのー」
そんなどうでもいいことを考えていると、普段ではありえないことに誰かが話しかけてきた。うっそだろおい、僕の話しかけないでくれオーラがわからないのか?いや、おそらく後ろの人に話しかけているのだ。ここで勘違いして恥ずかしい奴になる可能性は高い。
「日根君」
やっぱり僕でした。うわーいやだなと本から目線を上げるとそこには一人の女生徒が……うん、誰だろう。
おとなしそうな見た目の可愛い子だ。ぶっちゃけ超タイプである。
このクラスの人だとは思うんだけど、名前とか全然覚えてないからな。顔と名前が一致しないどころか顔を初めて見た気がするまである。
「ええっと、おはようございます。何か用ですか」
初対面の知らない人にはとりあえず丁寧な言葉遣いで挨拶をしておけば間違いないだろう。
「あっ、おはようございます。その、昨日はありがとうございました。私も読書が趣味なんですけど、昼休みはいつもうるさくてかなわなかったんです。図書室は勉強してる人が多いので行きづらくって」
あーそういえば昨日の首を縦に振っていた人の一人だったな。今思い出したわ。名前は出てこないけど。
「お礼なら砂尾さんに言いってください。結局僕だけじゃ解決できませんでしたからね」
しかもイライラした衝動でやってしまったことだから褒められたことではない。
「で、でも私はとても助かりましたし、お礼は言わせてください!」
「あ、はい」
そう言って彼女は席に着いた。あとでちゃんと座席表を見て名前を確認しておこう。
何事もなく放課後を迎えた。内心昨日のことで何かされるかと思ったがそんなことはなかった。まあただ騒いでただけで素行が悪いとかいう感じでもなかったし当然か。
僕は6限目が終わってすぐに、面倒だなと思いつつも部室に向かった。恐る恐る扉を開きあいさつしながら部室に入る。
「こんにちは」
「いらっしゃい日根君」
さすが二年生は教室が近いからか、中舘先輩は寄り道せずに来た僕よりもさらに早く来ていた。
「早いですね」
「ああ、ここに来ること以外やることもなかったからね」
この人も暇人なのだろう。
「今私の事を暇人って思っただろう」
「いえ、そんなことないですよ」
あっぶねーなんだこの人、エスパーか何かなのか。
「おっ、二人とももう来てるね! 関心関心!」
元気よく扉を開けて入ってきたのは砂尾さんだ。やたらテンションが高い。
「それじゃあ今日から本格的に活動していこうか」
「で、今日の議題だけど……何にしようか」
あんなに意気込んでいたのに決めてなかったのか。僕は呆れて砂尾さんの方を見る。
「ち、違うよ? 考えてきてないわけじゃないの。ただ何にしようか迷ってて」
そう言ってノートを見せてきた。うわっ、字がきれいだな。意外。
ノートには確かに何個か項目が書き込まれている。宿題は必要か、読書は積極的にすべきか、教室ではどのように過ごすべきかといったいかにも議題っぽいものから、国民的アニメといえば何かとか、そういう何とも言えないものまで用意されている。
どうしたものか。僕はひとまず積極的には参加しないとして、これらの中から二人が話していくのを聞かなければならないのか。なんか気が重くなってきたな。
「私はこれがいいと思う」
中舘先輩が指をさし選んだのは二番目の項目。読書は積極的にすべきか、だった。
「分かりました。早速始めましょう」
「ええ、それじゃあ私から意見を言うわね」
そう言うと先輩は一瞬だけ考えるそぶりを見せた。しかしすぐに言葉を発する。
「まず私は読書を積極的にすべきだと思っているわ。理由としては、そうね、やっぱり勉強になるからかしら。どんな本でも知識は増えるでしょ? だったら読んでいくに越したことはないと思う」
「なるほどなるほど。それじゃあ私の番ですね。私は何も積極的にする必要はないと思います。勉強だったら教科書読んでるだけで十分だと思いますし、趣味でもないのに読むのは時間の無駄なのではないでしょうか。それこそ人の自由でしょう。必要な知識を必要な時に得る力が最低限備わっていれば積極的に読まなくてもいいはずです」
「でも結局本を読んだりして調べるんだから先にしておけばいいじゃない」
「確かにそうですが、今はネットもありますし、必要な情報が簡単に手に入る時代です。わざわざ知識を溜め込んでおく必要もないでしょう」
「ネットの情報が正しいっていう保証はないのだから本は重要なんじゃないの?」
「ニュースだって間違っていることもあるんですから本だって絶対じゃありません。何年も前に書かれた医学書が正しいとは限らないでしょ?」
「確かにそうね。情報を受け取った本人がどうそれを処理するかが重要ってことか」
「そうです。ですから私は必ずしも本を積極的に読む必要はないと思います」
「でも、本を読むことで語彙力が上がれば学生にとってはいいことずくめなんじゃない? いちいち熟語を一つ一つ覚えるより覚えやすいし」
「それには私も賛成です。実際に使ったり使われたりする熟語は覚えやすいと思います」
「それじゃあやっぱり読んでた方がいいんじゃないかしら。そういうのの積み重ねって大事だと思うし」
「うーんそうですね」
思いのほか二人はずっとしゃべり続けている。良く頭が回るな。僕だったら途中で考えこんじゃうと思う。
「日根君はどう思う」
二人の考えは煮詰まってしまったのか、僕の方に話が回ってくる。僕参加しないんじゃなかったのか。
「急に言われてもな」
話を振られて何も言わないわけにもいかず、とりあえず自分の意見を述べることにする。
「僕は砂尾さんと同じく、別に積極的に読む必要はないかなと思います。基本的に読書っていうのは娯楽です。よく小中学校では読書をしましょうだとか、朝読書を実施したりだとかしてましたけど結局は勉強にほとんど関係ないですよね。あれは読書をしてる人が頭いいから読書させようってだけで、そんなの読む本によって変化しますし、本を読めば頭がよくなるかといえば疑問です。現に僕自身ライトノベルを好んで読んでいますが、それこそ娯楽の意味合いが強いかと思います。よっぽど政治に関する本だとか科学に関する本だとか、そういった専門的な内容に踏み込まないうちは小説でなくとも知識を得られる娯楽でしかないでしょう。ですので好きなら読む。好きでないなら読まない。これで十分じゃないかなと思います」
ふう、なんとか噛まずに言えたな。
「なるほど、そういう考え方もあるか。というか日根君、意外とノリノリ?」
「ちょっと早口だったけど結構わかりやすかった」
意外と好印象だが断じてノリノリではない。
「勉強になるからというよりは娯楽か。普段小説を多く読んでるとそんな感じになるのね」
「あー先輩はあんまり小説とか読まないんですか」
「いつも読んでるのは評論とかばっかりだからね」
それはまた珍しい。高校生ならライトノベルか文学の二択だと思ってました。僕は文学はそんなに読まないからな。昔から家にあったのとかはそれなりに読んでるんだけどね。
「先輩は勉強が好きなんですか?」
「好きか嫌いかで言ったら多分好きなんだと思う」
「それじゃあ好きなことをしてるんだからある意味で娯楽ですよ。勉強が娯楽ってちょっと羨ましいですね」
「そういう考え方もあるのか。確かに私は固く考えすぎていたのかもな」
「おおー先輩! いいですねその感じ! 議論部っぽいですよ! 互いの意見を出し合い更に考えを高めていく感じ、たまりません!」
ふんすーと鼻息を荒げ前のめりになる砂尾さん。こんなキャラでしたっけ?
僕が若干引き気味でいると彼女は咳ばらいをし佇まいをただす。
「それじゃあ今日はこのくらいにして、あとはだらだら過ごしましょうか」
どうやらこれで終わりらしい。一回の議論はそんなに長くないのか。
まあ確かに毎日あんなの一時間半以上やってたら頭おかしくなるもんな。でも、見てる分には結構面白かったかも。
「もう明日の議題を決めておかない? 色々考えてこれるでしょ」
「そうですね。それじゃあ明日は新聞を読むべきか読まないべきかで!」
その議題は荒れると思うなぁ。
それから一週間。僕もなんだかんだで毎日議論部に行くことが癖になってしまって、放課後はすぐに部室に向かうようにしている。結局話にもちょくちょく参加している。
あまり人と話すことがなかった僕だが、今は人と話すことが、なんだかとても楽しみになっていた。
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