第49話 レイヴンとスティレット家の野望

 すっかり陽も落ち、茜色に染まっていた空も薄暗い夜へと変わりつつあった。

 一羽もいなくなったカラスのせいか、不自然なくらい静まり返った空にようやくリンドルの声が響き渡る。


「私がルーシーを殺す、ですって!? バカ言わないでちょうだい」

「いや、あんたは本心でこう思っている。ルーシーがいつか誰かの手に落ち、それが本人にとっても世界にとっても不幸を招くことになるのだとすれば、ルーシーの命を絶つことが一番いい選択になるんじゃないか、ってね」

「そんなわけないでしょ! それ以上私を侮辱するとただじゃ済まないわよ!」


 リンドルは頭に血が昇ったのか、あるいは心の中を見透かされたように思ったのか、無意識に魔力を解放していた。

 氷の魔法を得意とするリンドルの魔力は、それだけで辺り一面を冷気で包み込むと一気に氷点下まで下げた。

 そしてリンドルに睨みつけられたレイヴンの体もまた、所々凍り始めている。

 だがリンドルと同等の魔力を持っているレイヴンはこれくらいのことで動じる様子はない。


「あらら、実力行使? でもいいの? 魔導士の肩書きを持つ者同士の戦いは魔法協会が禁じてるんじゃなかったっけ? 僕とあんたが本気でり合えば、ここら一帯の地形も変わっちゃうよ」

「それでもルーシーの秘密が守れるなら構わないわ」

「やけに好戦的だね。まあ僕も負ける気はないけど、勝ったとしても無事じゃいられないよね」


 レイヴンも魔力を解放すると、漆黒の炎がまるで何匹かの大蛇のようにウネウネとその体をうねり巡り、凍った氷を溶かしていった。


「あなたスティレット家にもルーシーにも興味がないをしているでしょう。魔法協会の幹部になりたいと言ったり……本当の目的は何?」

「あははっ。さすがだね。いい勘してる。いや、短い会話の中から読み取ったのかな」


 レイヴンは不敵な笑みを浮かべた。


「確かに興味ない……なんてのはウソさ。いや僕ほどステューシーが生きていたと知って喜ぶ者もいないだろうよ」

「やっぱりアルバノン王国はルーシーを……」

「いや、それは違う。僕が王国に興味がないのは本当さ。僕の興味はステューシーの力だけ」

「あなた、いったい何者なの?」


 身構えるリンドルに対してさらにレイヴンは不敵な笑みを返す。


「ふふっ。あんたには感謝してる。ステューシーがアルバノン王国に見つかることなく、10年もの間育ててくれたんだ。そうだな、敬意を払ってちゃんと自己紹介でもしておこうか」

「は? 今さら自己紹介ですって? レイ――――」

「そうさ、僕の名はレイヴン。レイヴン・……そう、あんたの良く知るスティレット家の一族だよ」


 想定外の答えににリンドルは絶句した。頭の中が真っ白になり、口が震えている。「そんなバカな……」と掠れた声でようやく呟くと、我に帰ったように口を開いた。


「そ、そんな……スティレット家は全員、魔法協会が匿っているはず」

「君らが思っている全員ってのは、スティーレにいた者たちのことだろう。僕もあの夜、『2度目のヴァルプルギスの夜』なんて呼ばれてるけど、確かにスティーレにいたさ。だけど当時7歳だった僕はね、怒りと悲しみと喜びとそして未来への希望を胸にあの街から飛び出した」

「あなたあの夜にあの街にいたのね。一族の危機にどうして……」


「ふふ。リンドル、あんたにわかるか。一万年前の魔法使い『スターミリオン』の生まれ変わりは最初、僕だと思ったんだ。僕は3歳で覚醒した。7つの頃には周りの大人たちよりも強かった。天才だと持て囃されたよ。だからみんなも僕がスターミリオンの生まれ変わりだって信じてたんだ。……あの夜のステューシーを見るまでわね」

「あなたはルーシーがスターミリオンの生まれ変わりだと確信したの?」

「そりゃそうさ。あの光景を見れば誰だってそう思うさ。それにスターミリオンの生まれ変わりだという確証はその強さ以外にもう1つある」

「もう一つ?」

「あの夜、ステューシーは街で暴れ、一夜にして街は崩壊した。誰も止めることが出来ず、街の人口も3分の1ほどになった。だが不思議なことにステューシーはスティレット家の人間だけは誰も襲わず誰も傷付けなかったんだ。スティレット家と言えども半分以上は覚醒してない普通の人間。その彼らが街とは対称的に無傷だった。わかるか、リンドル? ステューシーはちゃんと選んで攻撃してたんだよ。それが例え無意識だったとしても、魔力には意思があるってことだ。ふはははっ」

「なるほど。それであなたたち一族がルーシーをスターミリオンの生まれ変わりだとしたわけね」

「最初は正直悔しかったよ。なんで僕じゃないんだってね。でもあの力を目の前で見たら……とてもじゃないけど敵わないと思った。そしたら今度は希望が湧いてきたんだ。あの力があれば……世界を……」

「世界が手に入るとでも思った? それとも世界を壊したいのかしら?」


「ふふっ、リンドル。僕ら一族が望むものはね、スティレット公国の復活だ! 貴様ら魔法協会と世界の7か国のせいで滅びた我が国を、もう一度よみがえらせることだよ」

「そんなこと出来るはずないわ」

「出来るさ! そのために僕は身分を隠して王国の魔法騎士団になったんだ。アルバノン王国を出し抜くためにね。そしてステューシーが生きていた。あの力が加わればスティレット公国の復興どころか世界を統一し、我らスティレット家で世界を治めることも可能なんだよ。ふははははっー!!」


 レイヴンはそう言うと、不気味なドス黒い光を放ちながらバチバチと音を立てる直径1メートルほどの丸い塊を目の前に出した。

 破壊を司る闇の魔力を凝縮して作られたその塊は半径20~30キロを軽く吹き飛ばすほどの威力を秘めている。


「やめなさい! そんなもの放ったら辺り一面吹っ飛ぶわよ。それにあんただって無傷でいられないわ」

「どの道、僕と戦う気だったんだろ。だったらあんたの得意な凍結界で僕を封じてみろ!」


 レイヴンはそう言って魔法で作ったドス黒い球体をリンドルに投げつけた。


――――ゴゴゴゴゴッッッッッ―――――


(このままだと本当に辺り一面吹き飛ぶわね。ここは一旦身を引いたほうが良さそうだわ)


 リンドルはレイヴンが放った魔法を左手で受けると瞬時に凍結界で爆発を防いだ。そしてほぼ同時に右手から辺り一面を覆うブリザードを放った。


「クソ! 視界を奪う気か!?」


 雪に混じった氷の粒がレイヴンを取り囲む。並みの魔法使いであれば、あっという間に全身が凍ってしまうほどの魔力だ。


 視界の動きを制限されたレイヴンは再び漆黒の炎でブリザードを退ける。


「この程度で僕の動きを封じれると思っ……あれ?」


 目の前にリンドルの姿はなかった。

 魔力も気配もない。


「ちっ! 逃げられちゃったか。一度本気で戦ってみたかったんだけどなー」


 戦いの衝撃から一遍、静まり返った夜空に月明かりだけが足下に広がる森の頭を照らしている。


 すると一羽のカラスがレイヴンの肩に留まり、「カァー カァー」と鳴いた。


「そう。リンドルは魔法協会本部の方に飛んで行ったか。大丈夫、あそこには僕らの一族がいるからね。もう既に伝令のカラスは飛ばしてある。それよりどうやってステューシーを探すか……」


 レイヴンが会話するかのようにそう呟いているとまた一羽のカラスが近寄ってきて「カァーカァー」と鳴いた。


「スティーレの近くで魔法を使う10歳くらいの少女を見たって? いやいや、それはステューシーじゃないよ。だってステューシーは封印のせいで魔法が使えないんだもの」

「カァーカァー」

「なに? その子はルーシーと呼ばれていた? んー……単なる偶然だと思うけどなー。まあでもスティーレに行くってのはいいかもね。よしじゃあ10年振りに我が故郷スティーレに向かうとするか!」


 しくもちょうどその頃、ルーシーとミレノアールもスティーレという街にたどり着いたばかりだったのである。

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不死身の魔法使いと10歳の見習い魔女 花ノ壱 @hananoichi

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