第13話 その物語は伝承となりて
〇59
言わなくちゃ……。
じゃないと王子は私のために死んでしまう。
「どういうことだい」
「この額の模様は私の記憶を封じた物ではありません。私が自分に刻んだ刻印なんです。だから最初から私は全部知ってたんです」
「……」
神様、私に勇気をください。
この願いに力をください。
どうか、嘘を吐くための勇気をください。
「っだから、この刻印に刻んだものは王子のために私の命を使うという刻印です」
どんな罵倒もどんな罵声も耐えてみせる。
私はずっとそれだけのことをしてきたんだ。
記憶がなくたって分かる。
私は誰にも許されないことをしてきた。
――だから最後は愛する人にだって罵られて当然なんだ。
「だから、王子は死にません」
刻印が発動する。
私がたった今自分に付け加えた刻印だ。
こうすれば、私の刻印は王子の死を察知して死を迎える。
私が死ねば王子は自分の刻印で私を殺したことになる。
王子は刻印の約束を果たして生き残る。
刻印のおかげで、王子は私を直接殺したことにもならない。
やっぱり私ちょっと天才かも。
「いやだ……」
どうして、どうして泣くんですか王子……。
私は記憶があって王子のお母さんを殺して沢山の人を殺した。
記憶がなくたって許されていいような人間じゃない。
「やだぁあああぁぁぁ――いやだああぁぁぁ――どうしてリュナが……」
子供のように泣きじゃくる王子に私も混乱してしまう。
どうしたら……おろおろするけど、これしかなくて。
私は結局、王子を抱きしめることしかできなくて涙を堪えるしかない。
「そんなに泣き虫じゃいけないですよ、王子」
抱きしめているときっと王子は本気で泣いたことがないんだと思った。
お母さんを失ったときだって、王子はきっと泣けないでいた。
だから、復讐を誓って泣けない自分を許そうとしていた。
そんな泣き方も知らない王子を思うと愛しくて切なくて私も泣いてしまいそうだった。
「ごめんなさい王子。私のわがままで生かしちゃってごめんなさい、いっぱい一緒にいてあげることができなくてごめんなさい……」
堪えられない思いが溢れてくれる。
星空を満たすほど私の心はあるはずなのに、すぐそばに居る愛する人にその心が届かない。
本当はもっともっと王子にしてあげたいこと沢山あったのに――
本当はずっと、ずっと好きでいたかったのに――
少し恥ずかしかったけど、私は顔を上げた。
お互いに視線を交わすくらいの余裕はあるよ。
「王子……」
「なんだい……」
「リュナのこと、抱えて下さい。最期は王子の腕の中にいたいんです」
ああ、私の命が終わる。魔力ではない何かが急速に消えていくのがわかる。
いつか、この腕、この手で沢山の人が救われることだろう。
それは私が生き残ることよりもずっと素晴らしいことだ。
私の思う最高のハッピーエンドだ。
良い匂いがする。心地良い風が私を包む。
この腕で沢山の人が救われる――
私が……その、いち……ばん……なん、だ……。
◇60
満天の星空で王子に抱えられているリュナは静かな眠りに着いているようだった。
「眠ったのかい……?」
震える声で尋ねる王子に返す者はいない。
王子の腕にある刻印が砕けて消える。
リュナの額の刻印は消えていない。
つまり、刻印は嘘だった。
刻印に似た模様は最初からリュナの記憶を封じるためだけにあった。
だから魔力が必要だったし、刻印では無く模様とリュナは言っていたのだ。
王子は自分が一瞬でもリュナの嘘を信じたことを後悔した。
一瞬でも彼女の嘘に甘えようとした自分を恥じた。
王子はリュナに救われた。
「ぁぁ――……、うぁ――ぁぁ……」
押し殺した声にならない慟哭を上げて王子は朝までリュナを両腕に抱いていた。
◇エピローグ
イヴガルム王国に戻った王子ルムは隣国パルリスの姫、ルミナスとの縁談を断った。生きてはいるが、彼はリュナの亡骸を今もまだ火葬していない。
イリアは父親の後を継ぎ、今も何処かの空を飛んでいる。
マルボウはルム王子の婚約者を探す旅に出た。
黒き勇者カンナはあの一年余りで壊滅的な被害をあちこちにもたらした。
結果的にそれは王子に別の意味で生きる意欲を与えたが、それは王子しか知り得ない罪でもある。
白き勇者、ユヌ……彼女はマルボウととある海岸で再び邂逅を果たしていた。
「あの時、刀をリュナに抜かせたのはどういう意図があったのだ?」
「何も」
「王子の恨みを買ってみるか、白き勇者ユヌ」
マルボウはユヌの殺気を受けて少しもひるまない。
ユヌも脅しを諦めて口を開く。
「他言無用」
王歴493年――。
イヴガルムの王ルムと勇者ユヌの結婚が世界に知らされた。
互いに打算があったものの、2人の結婚は世界を調停するのに相応しくルム王の子孫は3代に渡って世界に平和をもたらした。
リュナの名は別れと再会の地に石碑として立てられ、その逸話は悲しい王と娘の話として憎しみを戒める物語となったのだった――。
イヴガルムの復讐王子 伊城コト @ramubo
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