第21話 久しぶりの対武器戦闘

 いつぶりだか考えるのも面倒だが、ともあれ俺は学園の授業というものに出席していた。

「まあ座学じゃねえけど」

 訓練場の隅で、壁に背中を預けながら、授業の様子をぼんやりと眺める。今日の午後は通しでの戦闘訓練らしく、全員が訓練場のあちこちで術式を使っていた。その中にはリコ姉もいる。ちなみに監督はりりだ。歴史の授業担当のはずだが、聞いてみれば、十二組はそもそも適性の低い人間が集められているため、専門の教員がつくことが珍しいとのこと。

 その方が悪だくみはしやすいだろうけど。

 クラスメイトの顔くらいは覚えているが、まだ名前までは一致していない。術式をざっと目で追っているが、確かに適性が低いということもあって、汎用性や威力共に、低い傾向が見て取れる。

 だから弱い? それは、勘違いだ。

 これも一種の条件であり、どれほど威力が弱くとも、汎用性がなくとも、そのただ一つが効果を発揮する場面はある。その条件を、いかに自分のもとに引き寄せるか――それもまた、戦闘だ。

 俺にも術式の適性はあるらしいが、まだそっちは手付かず。今は観察することでの対処を考察しており、全体を見てもそれほど〝脅威〟だと思うようなものはない。つまり、対処法は既にあると、そういう現実の確認である。

 つまり、いかに最悪の状況を引き寄せないか――というのも、戦闘なのである。

 戦闘なんてのは、派手じゃない。地味なものの積み重ねだ。

 特に、殺し合いは。

「……なにボケっとしてんのよ」

「リコ姉、今日はなんで髪を団子にしてるんだ? 器用だな、後ろで三つなんて」

「はいはい。十三じゅうぞう、彼らが一組に勝つためには、どうすればいい?」

「ん? リコ姉が指揮を執って、指示そのものに従順なら勝てる見込みはあるだろ?」

「……」

「なんだよ」

「あんたは、どうして、そういう嫌なことを、平然と言うの……?」

 たぶん俺が面倒なことをしたくないから。

「そのためには私が技量を把握してないと駄目でしょ」

「そんなこともできないってか?」

「じゃなく、私が面倒なのよ?」

「ああそう」

「いや待てよ……? あんたを標的にできるなら、あるいは……?」

 あるいは、じゃないだろ。リコ姉、なんで俺に対してはそんな不満を抱いてるんだ?

「ストレスでも溜まってんのか、リコ姉」

「あんたに対してはそれなりに」

 何故そうなる? 逢ったの久しぶりだったはず――だけど、聞かないでおこう。どうせ愚痴が並ぶだけだ。

「よーっす……え? なんで霧子きりこさん睨んでるの?」

「なんでもないわよ」

「重役出勤か、ソウ」

「いやいや、この人たちを呼んできたんだよ」

 後ろから顔を見せたのは、学園の会長さんと――。

「ん?」

「あれ、お前逢ってないのか? 副会長の湯佐ゆささんだ」

「湯佐・イールギーだ」

「よろしく。んで、会長さんは付き添いか?」

「それもあるのだけれど、スズシロくんの戦闘が見たくなったのよ」

 あ、これがお澄まし……じゃない、凛とした態度、というか猫をかぶった会長さんか。まあなんだ、大変だな。

「俺の戦闘ねえ……」

「そこで登場した我が学び舎の副会長殿! この人の術式が創造系に偏ってて、剣とか創るのに、一組から落ちたことがない実力者なんだよ。術式の精度も高いけど、攻撃系じゃない。そのためには体術が必要になる」

「ああうん、説明どーも。だがな、いいかよく聞けソウ、――なんで俺がやらなくちゃいけないんだ?」

「そりゃお前、俺が実際にお前とやり合う時のために、多少なりとも情報を得ておきたいっていう、慎重な俺の気持ち?」

 それを俺に明かしてどうする……。

総司そうじ

「なに、霧子さん」

「そんなに――十三じゅうぞうに否定されるのが怖い?」

「怖いよ、当たり前だろ。こちとら、魔術ってものに人生を費やしてる」

「あっそう。湯佐は? やる気なの?」

「本心では面倒なのでやりたくもないが、うちの会長がコレだからな……」

 吐息が一つ、落とされた。俺帰ろうかな、こういう時のリコ姉は話をまとめようとするし。

「一つ目、湯佐じゃ絶対に勝てない。二つ目、それでも本気でやらないと得るものがない。三つ目、十三は本気にならない。――それでもやるの?」

「本気で、とは?」

「殺す気でってこと」

「おーいリコ姉、俺の意見。むしろ被害者になりそうな俺、俺」

「うっさい黙れ」

 ――っと。

「短気になったか!?」

「私は前からそうよ!」

 偉そうに言うな!

 腰から引き抜かれる拳銃を見て距離をとる一歩、着地の時点で銃口の向きを計算して左右へのブラフ、そこから速射された十一発を回避しながら距離を更にとり、二発だけを壊した。

「ほら、見ての通りだから、死なないし」

「リコ姉、銃弾だってただじゃないんだろ?」

「訓練用に五百ほど、行政認可済みのものを手配してるから大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

 心配してねえよ、やめろって言ってんだよ。太ももから予備弾装を引き抜いて交換すんなよ。

「つーかスミ連れてこいよ……」

「あの子は逃げ回ってるから駄目」

 俺だって逃げ回りたいよ。

「クソ面倒だ」

「まあまあ、そう言わずに付き合えよ十三」

 この訓練場はシミュレータルームでもあって、三十人ほどが好き勝手やってても広さはあるが、あーまあ、いいか。

「よし、んじゃルギーさん、遊ぼうぜ」

「いいのか?」

「ぐだぐだ言ってても、どうせ逃げ道はないし――遊びならいいだろ。そっちは真面目にやってもいいし」

「対人は久しぶりだが?」

「こっちは慣れてる」

 そうかと、頷く副会長さんは前髪を乱暴に触って、僅かに目を隠すよう下げた。

「では、イールギー流剣闘術けんとうじゅつ護心必戦ごしんひっせん、湯佐。――参る」

「おう」

 左半身、肩を突き出すような左脚からの踏み込み、流れるような動きの中で発生する創造の術式だろう、ともすればいつ具現したのかわからないほど手慣れた動きで、その両手には剣が持たれていた。

 比較対象を何にすべきか、少し困った。

 だってジュンと比べるわけにはいかないから。

 肩を狙った振り下ろしに左手を添え、そのまま走り抜けるよう狙う腹部の剣に右手を添え、コンマ以下の時間を余裕としつつ、俺はその場で踏み込みを行うことで、応じた。

「量産品よりは良い剣だ――っと」

 振り向こうとした俺は、ルギーさんに背中を見せたまま攻撃後の硬直を狙って飛来した弾丸に対する。四発、避けるのではなく〝壊せ〟と状況が示しているので、俺はそれを壊すしかない。良ければほかの被害が出るからだし、リコ姉はそれを把握した上で、俺の行動を制限している。

 そう――制限だ。

 このくらいなら簡単にできるだろうと、そういうやーつ。でも銃はどうかと思う。殺す気か。

 おっと。

 さすが術式、壊されたらすぐ作ればいいってか――そして、背中を狙うことに躊躇がない、そういう心構えもさすがだ。

 ――お?

 背後から首を狙う一撃を、上半身を倒して回避しつつ、右の肘を向けて通り過ぎる間際に壊しつつ、振り返れば――壊したはずの手にはもう、剣ができていた。

 ルギーさんは呼吸を止めている。

 連撃がくる。

「――はは」

 身を捻っての一撃、それを〝回避〟すれば続くのは踏み込み。牽制の一撃ですら、腕だけでなく踏み込みや腰まで入れてくる。ほぼ防御無視の連撃、これが訓練だとわかっているからこそできる芸当。

 故に、応じる俺は、回避を織り交ぜながら、――壊す。

 衝撃用法。

 俺が扱うのは基本的に〝つつみ〟と呼ばれる技術であり、衝撃を一点に当てて爆発させるような力を扱い、得物を壊す。

 力を〝練る〟ようなことは、必要がない。

 肩を支点にして肘、たったそれだけの動きに必要な〝力〟を制御してやれば、刃物を壊すくらいはできる。物というのは、扱い方を間違えれば簡単に壊れるのと同様に、やり方はもう躰に染みついているのだ。

 ただ、ルギーさんにとって対人がそうであるように、俺にとってもここまで破壊するのは久しぶりだった。

 それにしても……俺の躰を通り抜ける際に破壊して、抜けた後にはもう作ってあるというのは、どうなんだろうか。たぶん俺みたいな相手との戦闘経験がなかったのもあるんだろうが、剣を持っての戦闘が染みついている感じも強い。

 何が言いたいのかというと――振り下ろすまで作らない、そんな選択がないのだ。

 扱いとしては、その方が難しい。作るまでは重量がなく、振り下ろしの途中で作れば重心は揺れるし、踏み込みの力がきちんと伝えるのも練習が必要になる。

 少なくとも。

 ルギーさんにとって〝暗殺〟は視野に入っていない。

 だって暗殺なら、極力、作るタイミングを遅らせるべきだからだ。

 であればこそ、俺が警戒すべきは、見えない一手だろうな。あとリコ姉の銃撃。

「んー、防御主体なんでしょうか」

 いや、加減してんだよりり。今は後手に回ってるだけ。

 じゃあここで先手を取るためにはどうすればいい? 壊し、振りぬいた時点で作られた剣を、次に振る前に壊してやればいい。

 二度、壊したら、更に作るしかないが、そこで消費される〝一手〟を、俺は踏み込みに変えてやる。

 ルギーさんは二本での戦闘をして、それで俺が後手に回っていたのなら、常に一本にしてしまえば、俺も先手を取れる。この単純な理屈を、現実にするのが難しいのだ。

 振られたら、つまり攻撃がきたら壊していた俺が、今度は攻撃をする前に壊すよう戦闘を続ける。実際にはこの段階で、武器ではなく〝相手〟を壊しに行くのだが、これは訓練なのでやらない。

 しかし。……いや、しかし、術式ってのは面白いな。きちんと壊した手ごたえもあるし、現実の剣なんだけど、すぐ作れるってのは面白い……が。

 術式が精密なものであって、手順を踏むのなら、そもそも設計図の段階でそれを壊すことだって可能じゃないのか? 魔力を通す前に構成を作るのならば、その構成は刃物の〝カタチ〟をしているはずで、けれどその型枠の中には鉄が流し込まれていない状態だと仮定するのならば、そこには〝在る〟のだし――。

 ならば、できる。

 かもしれないなーと、そのくらいの気持ちでその空間を叩けば、軽い手ごたえと共に、かしゃんと、小さく、何かが〝壊れる〟のを、感じた。

「――」

 ぴたりと、ルギーさんの動きが停まったのを見て、俺も何事だと、おいおい本当にできたのかよと思いつつ、距離をとる二歩――そこに。

 その、ちょっとした空白を狙うよう。


 ――弾丸が飛来した。


 リコ姉じゃない、外から。弾道予測、右側に踏み込もうとしていた右脚をしかし、俺は考え直して後ろに引くことで〝踏み込み〟とした。

 弾丸の軌道が低い、膝を狙うような位置――何より違和。

 どう説明すべきだろう。

 これは致命傷だ、という直感が否定できなかった。

 思った通り、跳ねあがるようにして俺の顎下から脳天まで貫く軌道を取った7.56ミリを、左の手のひらで掴むよう壊し――そのまま左腕を右脇に巻き込むようにして躰を捻る、右脚の膝が腰より高く上がり、踏み込みの音は雷鳴のごとく、部屋全体を揺らすだけの衝撃、足先が向くのは狙撃方向。

 足で叩いたぶんの衝撃が、膝、腰、肩、肘、拳へと伝わっていく。それぞれで損失ロスは生まない、むしろ増幅させるのが、衝撃用法。

 そして、踏み込みからやや遅れて俺の右腕は突き出される――正面、やや上、その開いていた扉の向こう側へ。


「しま――避けろ!!」


 俺が言葉を放った直後、遠くで爆発音が発生した。

 しまった、本当に参った。非常に良いタイミングだったので、大した意識もせずごくごく自然に反撃をしてしまった。いや、それだけ相手が上手かったんだけどな。

 けどまずいって。狙撃から二秒くらいで反撃しちまったし。

「リコ姉! 生存確認はよう!」

 振り向けば、既にリコ姉は携帯端末を耳に当てていて。

「……あー、相棒ライフルが小破だって、泣いてる」

「真っ先に相棒の心配かよ、あの野郎。ラフネに、ナイスタイミングって伝えといて」

「はいはい。――この馬鹿が何をしたのか、見に行きたい人! 行くわよ!」

 なんだよ馬鹿って、そりゃないだろ。

「……え? なんで変な顔で見られてんの?」

「お前な、あんだけでけぇ音を立てといて、何言ってんだ? 訓練場が壊れるかと思ったぜ……」

「え、ああ、そっちか」

湯佐ゆさ? 私も確認してきていいかしら?」

「……仕方ありませんね。気をつけなさい、お嬢様」

「お嬢様はやめて、学園よ」

 ほぼクラス全員が、ぞろぞろと出て行ったのを見送って、俺は大きく深呼吸をしてから、肩の力を抜いて吐息を改めて落とした。

「大丈夫ですかー」

「ん? なんだりり、いたの。一緒に行けばいいのに」

「学園では先生ですよー」

「ああそうだなりり、忘れてはいないけど」

「聞いてないですよこの人……」

 聞いてるよちゃんと。

「けど、本当に良かった……つい興が乗ってたから、自然な流れでの反撃で、野郎を殺すとこだった……」

「おい、あれ加減してねえの?」

「したよ、もちろん。けど人なんてのは簡単に壊れちまうからなあ」

「……それが、本来のお前か。攻防一体」

「お疲れ、ルギーさん。さすがにこいつは距離があったけど、まあ、遠当ては基本だからな。リコ姉なんかは、見えないから厄介だ、なんて言うけど、現象としては空気を媒介にしてるだけ」

「思い切り足で叩いたのは、何故だ?」

「距離があったからって言ったよ。実際に床を叩けば、その力と同じだけ、脚の方に力そのものが返ってくる。それを利用して、なんとか届けたんだけど、二秒もかかって、あんだけ派手をやったんだ、まだまだ俺も甘い」

 爺さんなんか、ひょいって感じでやるし。あれおかしいから。

「なら、俺の術式を壊したのは?」

「あれはよくわからん。おいソウ、ありゃどういうことだ?」

「あー……実像の具現、とも違うし、まだよくわからんのが現状だ。一応、対術式――まあいわゆる、解体と呼ばれる術式は存在してる。ただし、特性じゃない。何故なら、方法が多くあるからだ。そもそも、使わせないってことも含めてな」

「けど、俺が壊したのは構成だろ? ルギーさん」

「おそらくはな。実体ではなかったのは確かだ」

「俺としては設計図みたいなもんが存在してるんだから、それを壊してやれって感じで試したんだけどなー」

「設計図を壊す、ね……悪いが十三、もうちょい調べさせてくれ」

「悪いのはこっちだろ。そもそも本来なら、俺が調べることじゃねえか」

「はは、俺も楽しんでるからいいさ。ともかく、湯佐さん、ありがとうな。いろいろと見えたよ」

「最初はどうかと思ったが、俺も得るものはあった。……なかなか、思うようにはいかん」

「ルギーさんは護衛が前提だろ、その点ではかなり――」

「うおっ!」

「うるせえよソウ」

「いやいやいや、これ! 湯佐さんもこれ見ろよ!」

 携帯端末を示されれば、屋上部分が抉れたように半壊してる映像があった。

「人的被害ないといいけどな、これ。まあリコ姉が悪いから、処理は任せるけど」

「いやそれはないって言ってるけどおまっ、これっ、――結構遠いぞ!?」

「狙撃なんてそんなもんだろ。観覧席の上から俺を狙ったのだって、たぶん戦闘前に拳銃で俺の位置をある程度、確定しといたリコ姉の手配含め、かなり高い位置からの撃ち下ろしになるはずだから、せいぜい八百ヤードくらい」

「湯佐さんこいつ馬鹿だよ」

「ノーコメント」

「卑怯な……ん? あれ、霧警報が出てる」

 そうなのかと、俺も携帯端末を取り出せば、メールの着信が入っていた。二十分後くらいか……精度は、それなりに高いらしいな。

 俺は。

 瞬間、視線を反らしたソウが眉根を寄せたのを、見逃さなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

武術へ臨む者、対魔物専門家 雨天紅雨 @utenkoh_601

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ