私を冒険に連れて行って!――勇者様へのプレゼンテーション――
京高
私を冒険に連れてって!
魔王率いる魔物の群れが世界中を席巻し初めてから百年。
各国は連携して対抗することで小康状態を保っていたのだが、魔王を倒す切り札となるはずの勇者とその一行はことごとく失敗を繰り返していた。そして、先代の勇者が旅先で消息を絶ってから早十数年の時が流れていた。
その日、街は静かな熱気に包まれていた。
新しい勇者が旅立ちの時を迎えたのである。しかも今回は双子の兄妹とあって、人々の期待もいつも以上に大きいものだった。
さて、街外れに一件の酒場が立っていた。
立地条件の悪さとひなびた外観から訪れるものは多くはなかったが、実は古くから猛者たちの集う由緒正しい酒場であった。
その酒場がやたらと賑やかなのである。店の入り口には似つかわしくない大きな横断幕がかかり、そこには『歓迎!勇者様御兄妹』と書かれていた。
店内は店内で多くの花で飾りつけられ、酒場というよりは年頃の娘の部屋のようになってしまっていた。
「兄さん、私、いろいろな意味で入るのが怖くなってしまったのだけれど……」
横断幕を見上げて少女が呟いた。
「大丈夫だ。取って食われるようなことはないはずだ。……多分」
答える方も歯切れが悪い。しかし、ここで迷っているだけでは話が進まない。二人は覚悟を決めて扉に手をかけた。
「「「「ようこそいらっしゃいましたーー!!!」」」」
中に入ると店の常連とおぼしき野太い声の群れに迎えられた。屈強な男たちや貫禄ある老人が笑顔で揉み手をしている、というあまりの不気味さに少年は引きつった笑みを浮かべ、少女はすでに涙目になっていた。
「ささ、王様との面会でお疲れでしょう。こちらに座って下さい」
一人が席に案内している間に他の者が椅子を引いて準備を整える。
完璧な連係プレーで勇者兄妹は異を唱える間もなく舞台正面のテーブルに座らされてしまった。
「お二人とも未成年でしたな。マスター!新鮮な果実のジュースを二つ!」
「今日は我々が貸し切っておりますので、お代の方は気にしないで結構ですよ」
勝手に注文までされて声を上げようとする二人に別の男がニカッと笑いながら答えた。優しく微笑んだつもりなのだろうが、微妙に怖い。
どうすればいいのかと周囲を見回すと、カウンターをはさんで店の主人らしき品のよさそうな男性が「やれやれ」と呟きながらも注文の品を準備しているのが見えた。また、店の奥の方では数人の女性たちが男たちを呆れたように見ていた。
困惑しているうちに飲み物が出され、もはや逃げることができなくなってしまった。
「さて、お二人がここに来たのは魔王討伐の仲間を探すためですね?」
席に案内してきたいかつい男に尋ねられ、二人はコクリと同時に頷いた。
「しかし、ここには様々な職の者が集まってきます。どのような者を連れていけばよいのか分からないのではありませんか?」
再びコクリ。
「そこで、です。今から我々が自分たちの職について詳しく説明させていただきます。お二人はそれを見て誰を連れていくかを選んでいただければ結構です」
いつの間にか男たちの誰かが同行するような話の流れに驚く二人。
「いえいえ、遠慮なんて無用です。納得のいく仲間選びができなければ、困難な目的を果たすことなんてできませんからな」
しかし口をはさむ前にさらに別の男に遮られてしまう。
結局、押し流されるような形で男たちのプレゼンテーションが始まってしまった。
「それではまずは俺、いや私からいかせてもらいましょう」
最初に名乗りを上げて舞台に立ったのは、席に案内したいかつい男だった。特に異論が出なかったところをみると、男たちの中で既に手順は決まっているようだ。
「やはり何と言っても冒険に必要なのは私のような戦士、ファイターでしょう!凶悪な魔物どもをバッタバッタとなぎ倒し、時には身を呈して仲間たちを守る。そんな戦いのプロフェッショナルであるこの私こそ、勇者様の仲間にはふさわしいのです!」
男――戦士はどこから取り出したのか巨大な剣を振ってみたり、盾で身を守るような動きをしてみたりと忙しそうに動き回っていた。しかし、その姿に横合いから別の男が茶々を入れる。
「ふん!お前など、装備が整わなければろくに力も出せない金食い虫ではないか!」
「なんだと!?」
いい気分でデモンストレーションを行っていた所を邪魔されて舞台袖に戦士が詰め寄るも、茶々を入れた男はどこ吹く風という顔をしていた。
「違うと言うなら、そのお手製の張りぼてで魔物を倒してみろ。そうだな、鎧虫を倒せたなら認めてやってもいいぞ」
「ぐっ、それは……」
ひるむ戦士。よく見てみると、確かにその手に持っている剣と盾は木と皮で作られた張りぼてだったのだが、傍目には本物の立派な武具にしか見えない出来栄えをしていた。
いかつい体つきとは裏腹に意外と器用なのかもしれない。
ちなみに鎧虫とは町の近くに出没する比較的弱い魔物で、堅い外殻に包まれた巨大な虫である。
そうこうしているうちに舞台袖での戦いは決着していた。勝った茶々を入れた男が今度は舞台に立つ。
「いいですか、勇者様。確かに冒険には戦うことができる者が不可欠です。しかし、それは私のように己の肉体を鍛え上げて武器とすることができる格闘家なのです」
そう言うと格闘家は突き、手刀、蹴りと次々に技を披露していく。流れるような動きに店内のあちらこちらから「おぉ~」と歓声が上がる。
「どうですか?私ならば今のように相手に反撃の隙を与えることなく、一気に倒しきることが可能です」
ここぞとばかりにアピールする格闘家。実は動き回ることで汗を流して、さわやかさを演出しようとしていたのだが、残念ながら見る者には暑苦しさしか感じられずに逆効果となっていた。
「それじゃあ、もしも攻撃された場合はどうするんだ?」
「そんなもの避けるに決まっているだろう」
戦士からの質問に、呆れたように答える格闘家。しかしそこから戦士の反撃が開始された。
「だからお前は駄目なんだよ!避ける?それじゃあ後ろにいる仲間はどうなる?お前の代わりに攻撃されるのか?」
「ぐっ、それは……」
舞台から降りたことで頭が冷えたのか、的確に格闘家を追い詰めていく。
「やっぱり俺のように攻、守、両方に優れた者でなければ冒険の仲間は務まらんな!」
「あ!こら!今は俺の番だぞ!」
「うるさい!俺の邪魔をしたくせに文句を言われる筋合いはない!」
再び舞台に上がってこようとする戦士を格闘家が迎え撃つ。そして、二人ともすっかり地が出てしまっていた。
「模擬戦では俺の方が勝ち越しているんだぞ!」
「あんな卑怯なだまし討ちなんて勝ちに入るものか!」
言い合いはエスカレートしていき、ついに一触即発となったその時、
「いい加減にしなさい!勇者様たちの前で恥ずかしいと思わないのですか!?」
男たちの一人が叱りつけた。
「しかしだな……」
「こいつが……」
「黙りなさい!!二人とも舞台を下りて反省していなさい!」
ピシャリと言い訳をさえぎり、舞台から降りるように促す。二人はすごすごとその言葉に従い、舞台袖で小さくなってしまった。
大の男、しかも一般よりも一回り以上大きな男たちを従えるその様は、さながら猛獣使いのようだ。
そして、今度はその男が舞台に上がる。
「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。二人には後できつく言い渡しておきますので、どうぞご容赦を。それでは改めて、今度は私の話を聞いてください」
戦士や格闘家に比べるとずいぶん線が細い。顔つきも温和で、戦いに向いているとは言い難い印象を受ける。はたして彼は何者なのか。
「私は神正教会の信徒で、司祭の位を頂いております」
神正教会は世界中に神の教えを広げようと多くの信徒を各地に派遣している。そして派遣される者の中で最上位が司祭である。
「冒険の旅に必要なのはなにも武力だけではありません。悩み、傷つくこともあれば、悩み、傷ついた人々と出会うこともあるでしょう。そんな時に心と体を癒すことのできる存在もまた必要不可欠なのです。
そしてそれは神の僕である我々神正教会の者こそふさわしいのです」
さすがに司祭ともなれば人々に教えを説いてきた経験も多いため、自分の得意分野に引き込むのも上手い。
「もちろん戦場においても、神から授かった癒しの力で傷を治すことはもとより、死を捻じ曲げられた者たちが相手ならば、神の威光を持って消し去ることも可能です。決して足手まといになるようなことはありません」
そこで一度言葉を切ると、司祭は兄妹に近づいて小さな声で話し始めた。
「ここだけの話ですが、私がいれば教会のバックアップを受けることもできます。毒の解除なども割安になりますし、宿が無いような小さな村に立ち寄ったときでも教会で寝泊まりできますよ」
見知らぬ地で後ろ盾があることほど安心できるものはない。世俗的ではあるが魅力的であることもまた事実だった。
「上手い言葉には裏があるもの。真に受け過ぎると神正教会の宣伝塔にされてしまいますぞ」
「し、失礼な!神正教会を疑うおつもりか!?」
それまでじっと座っていた老人から横槍が入り、司祭が慌てて抗議する。
「疑うも何も、勇者殿に同行することによって、影響力を強めようというのが神正教会本部の方針であろうが。上手く立ち回れば布教活動よりも簡単に信者の新規開拓ができるからの」
図星だったのか、司祭は言葉に詰まる。
「だいたい神、神と崇めているが、魔王がやって来てからこの百年の間に何をしてくれた?魔物を退治してくれたのか?街を守ってくれたのか?何もしていないではないか。祈り、すがるだけでは何も解決しないということじゃな」
老人は「よっこらせ」と掛け声をかけて立ち上がると、舞台上へと足を進めた。
「何もお前さんや信徒全員がそんなことを考えているとは思っておらんよ。ただ、神正教会は大きくなりすぎた。欲深いものが潜む闇ができてしまっているのじゃよ。さあ、今度はわしの番だ。場所をあけてもらおう」
そう言って司祭の肩を叩くと、退場を促した。
「勝手に話を進めて悪かったのう。まあ、お二人もこれから世界中で多くの人に出会うことになるから、言葉の裏側を見抜けるようにならなければいかん。もちろんわしが一緒ならば、そのあたりは教えて差し上げることができるがな」
舞台に立つと、老人は早速売り込みを始める。
「おっと自己紹介がまだじゃったな。わしは魔術師。司祭殿とは逆に魔に傾倒し、魔を持って魔を滅せる者よ。
わしの最大のウリは何といっても強力な魔法じゃ。戦士や格闘家が手も足も出ないような固い魔物でもわしの攻撃魔法なら一発で仕留めることができる」
魔術師は杖の先に火を生み出して自自由自在にその形を変えてみせると、舞台袖の面々に向かって勝ち誇ったような顔を向けた。怒りで乱入しそうになる二人を司祭が必死に抑えつける。
「後は研究の過程で得た知識も冒険の役に立つじゃろう。先程のように舌戦ならばそうそう負けはせんよ」
さらなる挑発に停止装置が壊れ、男たちが舞台になだれ込んでいく。
「言いたいことぬかしやがって、この爺!手前なんて殴られたら即オダブツじゃねえか!」
「それに強力な魔法は何回も使えないだろうが!消耗が激しすぎて当てにできるものか!」
「あなたのように何でもかんでも斜に構えた物の見方をしていれば、他人の粗ばかり目について当然です!そんな生き方では直ぐに誰からも相手にされなくなるでしょう」
「なんじゃと!?若造どもが生意気な!」
喧々囂々。あっという間に舞台上は大騒ぎとなってしまった。呆気にとられる兄妹。
そんな中、特に気にした様子もなく店主が飲み物のお代わりを持ってやって来た。
「あの連中なら放っておいても問題はありませんよ。こちらでも飲んでのんびりしていてください。もし、手持無沙汰ということであれば、奥にいるお嬢さんたちと話してみるといいでしょう。同じ職ですが、彼らとは違った話を聞くことができますよ」
二人は礼を述べると、店主のアドバイスに従って女性たちの元へ向かうことにした。
さて、男たちが勇者兄妹の移動に気付いたのは、それから小一時間が経ってからのことだった。
「マ、マスター!勇者様たちはどこへ行ったんだ!?」
焦る男たちとは裏腹に、店主はいつも通りコップを磨きながら視線でその行き先を示した。そこには女性たちと楽しそうに話す兄妹がいた。
「勇者様!こちらにいらしたんですか!」
ドタドタと音を立てながら駆け寄る男たち。
「ああ、勝手に動いてごめんなさい。長引きそうだったので、お姉さんたちからいろいろ話を聞いていたんです」
「とっても為になります」
兄妹に尊敬の目を向けられた女性たちは照れ臭そうにしていた。
「そうだったんですか。まあ、情報を集めるのも大切なことですからね」
「ところで、我々のうち、誰と行くのか決まりましたか?」
嫌な予感がして早々に話を切り上げて本題に入る。
「ああ、冒険の仲間についてならお姉さんたちにお願いしました。マスターにも既に伝えていますよ」
驚いた男たちが一斉に店主を見ると、
「確かにお聞きしました。記帳も完了しています」
先程と同じように涼しい顔でグラスを磨きながら答えた。
「それじゃあ、僕たちは出発します。皆さんもお元気で」
「どこかで会うことがあれば、またいろいろ教えて下さいね。マスター、どうもお世話になりました」
「きっと苦しく辛い冒険になるでしょう。私には何もできませんが、せめて少しでも良い旅になるようにここからいつも祈っていますよ」
店主の温かい言葉に兄妹は感激して口々に感謝を述べた。そして女性たちと一緒に旅立っていく。
後には男たちだけが残された。
「実はお姉さんたちのような綺麗な女の人たちと冒険するのが、子どものころからの夢だったんですよ」
「兄さん、遊びじゃないんだからしゃんとして!」
閉じられた扉の向こうから聞こえてくる明るい声に
「「「「な、な、な、なんじゃそりゃあああああ!!!!!」」」」
男たちの叫び声が重なったのだった。
こうして結成された勇者たちのパーティと、彼らを追いかける男たちの二つのパーティの活躍によって、それからわずか一年で魔王は倒され世界に平和が戻ってくるのであるが、それはまた別のお話。
私を冒険に連れて行って!――勇者様へのプレゼンテーション―― 京高 @kyo-takashi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます