第2話 依頼

「と、いうわけでだ!早速仕事を取り付けて来たわけよ!」

「……いや、早いな」


 

 あれからしばらく経ってのこと、時刻で言えば昼少し過ぎ。

 リークとシェリザは、連れ立って一階の食堂に居た。

 その際注文待ちに暇だからと飛び出していったシェリザを何も言えずに見送り座っていたリークだったが、薄紙と共に帰ってきた彼女には感嘆とほんの少しの呆れを漏らしていた。

 流石はベテラン、だが理由はどうにかならなかったのか。


「おう!……ん、私の分も取っていてくれたか、気が利くな!」

「その程度は、な。それでどんな」

「まあ慌てない慌てない」



 ともあれ仕事だ、と逸るリークを尻目にシェリザはどっかりと椅子に腰を下ろす。

 時間が悪いかやたら広い癖ガラ空きの食堂内で、その位置関係は向かい合うもの。

 そしてぐうう、と腹を鳴かす彼女の目の前にはトレイ、そのまた上には肉の乗ったスープ麺があった。

 それについては、リークは詳しくないが、しかしどうでもいいことだ。


「……分からんじゃないが、引き受けた以上は」

「んー美味いぬぁ!やっぱ食うにはビーク麺よ!」

「……」


 と真面目にやるつもりだった彼は嘆息しつつ、テーブルの上に視線を移す。

 目の前で麺を啜るこの女に恐らく、今は何を言っても無駄だろう。 

 これは、付き合いが長くなると気苦労が耐えなさそうだ。

 部屋でのこともそうだが、どうにも予測がつかない。

 流石に今は白い革鎧とでもいうべきものに着替えており、あの面影は紋入りの布、マント程度のものだったが。


「そういえば、そっちはビーク飯だったな。一つまみいいか?」

「……自分のはどうなんだ」

「う。いや、迷いはした、飯も付けようかなって。でもそっちが頼むっていうから貰えないかなと、さ……」

 

 等と考えながら、これもか、とリークは更に息を深く吐く。

 悪びれてはいる辺り完全に身勝手というわけではないが、その捨てられた子犬のような目は豪奢な見た目に中々似合わない。

 感情表現が豊か、といえば聞こえはいいが……とそこで彼は一つ思いつき、自らのトレイにある小皿に三口分、ビーク飯と呼ばれたそれを盛った。

 油が絡む、小間切れの肉の色が薄くついた炒め飯だ。


「分かった、だからいい加減仕事のことを教えてくれ。それならいい」

「ん、おう!じゃあサンキューね!」

 


 と、やはり乗ってきた、そう思う暇もなくシェリザはあむ、と一口にそれをレンゲで頬張る。

 後の反応は言うまでもない。

 対するリークもただ、幸せそうだなと他人事で目を閉じるだけだ。

 いや正確には、スプーンで一口、ビーク飯を口の中に運んでもいた。

 そこから伝わってくる肉の食感は、鶏肉に近い。


「……どうだ。美味いだろう?それは」



 と感じたのもつかの間、更にシェリザが問いかけてくる。

 いい加減鬱陶しい。

 最初こそそう思ったリークだったが、その表情を見て意識をすぐに改めた。

 口の端に飯の粒がついていることを除けば、真っすぐに覗き込んでくる瞳は、どうしようもなく本気だったからだ。

 そして彼は勘のいい青年でもあった。

 ビーク麺、ビーク飯、こういった状況に少なからずピンと来る。


「……ああ。もしかしてだが、今回のはこれに関係があるのか?」

「ん、へえー……案外鋭い、大当たりだね。まあ単なる偶然だけどさ」

「ふうん?続けてくれ」


 それに目を見開くのはシェリザの方で、口元を歪めると華やかに破顔してみせた。

 一方リークも、初めての話題の噛み合いに心を少なからず湧き立たせ、わずかに前のめりの姿勢になる。

 ビークとやらの詳しいことも気にはなったが、それは後で聞けば良い事だった。


「まあ一言だと、な。ビークをシメてくれってのが今回。材料だとかに困ってるわけじゃないんだが、とにかくシメろっていう事らしい」

「となると、増えすぎている辺りか?」

「お、いいね、そこまで読めれば頼もしい。まあ詳しく分かってはいないらしいんだけどさ。なんか、ビークの量が増えてんだって」


 そして会話の中。

 ……増えているなら別に良いんじゃないか?流れでそう言いかけてリークは咄嗟に口を噤む。

 素人の言うことだった。 

 ビークとは恐らく野生動物、それが増えているとは何らかの異常がある。

 単に増えているだけならばもっと食べられるで済むが、忘れてはいけないのは、これが依頼だという事だ。


「つまり、その異常の調査を頼む、と」

「へへ、察しが早くて助かるなあ」

「なるほどな……」


 と考えて口を開けば大当たりらしい。

 シェリザは笑みを更に深め、嬉しそうに声を上げる。

 対して、なんとか面目を保てたかと半ば安堵の息をするのはリークの方だった。

 意気揚々と接してくれる彼女には悪いと思うものの、彼の中には未だ警戒が色濃くあったのだ。

 それは何も、シェリザが嫌いだからではない。

 単なる素人としてここにいるわけではない、自分はそれなりにやってきたのだという自負がそうさせていた。

 彼自身のプライド、もっと言えば、自分自身への警戒でもある。

 新しい環境にそうそう馴染めるはずもないと分かっているからこそ、己の中にある力を一つ一つ確かめていく必要があった。


 「へ、まあそんなに硬くならないならない!ビークって言えば、駆け出しが練習がてら手を出す奴ら、私にかかれば楽勝よ」

 

 

 と、その肩を対面のシェリザががっしと掴んだ。

 考え込むリークを緊張と取ったか、笑顔のままに絡んでくる。

 まるで酔っ払いのようにも見えるな、と冷静に失礼なことを思うリークだったが、そう言えばベテランの先導役だったかと認識を改めた。

 そうだ。

 彼女が居れば、少なくとも失敗は避けられるはず。

 と考えてリークは、そこで初めて自分が恐れていることに気が付いた。

 来たばかりの場所で、失望されることを忌避している。


 「どしたよ?」

 「……いや、なんでもない。頼りにさせてもらうことになるかと、そう思っていただけだ」

 「んー!いいよ、しっかり任せてちょうだいよな!」

 「……ふっ。ああ」



 と、右の拳を握り込んだ彼はしかし、シェリザのあまりの豪快な態度に微笑みと共に息を漏らした。

 実力はどうあれ、安心させてみせた彼女は確かに自分の先輩に相応しい。

 そう認めさせられつい堪え切れず、だった。


 「さてと、そんじゃあ食べたら出発か!……あ、そうだ、あのさ」

 「?」


 とそこへ、手綱を任せるに足ると感じている彼女からの質問。

 何を聞かれても大丈夫なように、今度は否応なく気合が入る。


 「……。自己紹介って、済ませてなかったよね」

 「……リーク・エルシェン。シェリザ・エルステルクだろう、そちらは」

 「お!知ってたかあ!なら別に問題なかったかな!」

 

 

 が、やはり敬意はさほど見せなくとも大丈夫そうだ。

 ケラケラと笑うシェリザに苦笑いしながら、彼はゆっくりとビーク飯、その最後の一欠片を口に含む。

 確かに、どうにも不安定な彼女ではある。

 だが一緒にいてどことなく楽しいのは、組む相手としてはおよそ最適だ。

 そんな思いで味わったビーク飯の、それまでになかった美味さを噛み締めた彼は立ち上がり、片付けがてら彼女へ声をかけた。


 「ああ。それとよろしく頼む。シェリザ・エルステルク」

 「おうさ、リーク・エルシェン!あ、私のもいいかな?」


 

 ……どうやら、私生活においては少々難がありそうだったが。

 ともあれ彼はそのトレイを受け取る。

 そして持っていく道中、ここでの初仕事へしっかりと気を引き締めていた。

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紋傭兵の再就職 笹垣 @siroroku

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