第2話 夏の日(2)

 なんとか残り時間を耐え、課題を終えると手早く個人タグを入力し送信ボタンを押す。

「ピコーン。送信しました」

間の抜けた声こえのアナウンスがパソコンから流れ、課題が送信される。これで苦行も終了。

辛かったこ三日間を思い返しながら静かにモニターを閉じた。


「提出したものから補習は終了です。夏休みだからって羽伸ばしすぎないように」マシーン佐々木の声に開放感からか安堵のざわめきがおきた。

これで午後からは夏をエンジョイできる。

やっとここまでここまで漕ぎ着けたのだ。

補習に参加した生徒たちは帰り支度を済ませ次々と教室を後にする。


 花梨もテキスト本やペンケースをまとめ詰め込む。

そして静かにパソコンの下に手を滑るこませ、手紙を指先で確認する。

大丈夫ちゃんとある。

早く中を確認したいがここで見るわけにはいかない。

見られていないか注意を払いながら素早くデイパックのポケットに放り込んだ。

そしてもう一度周囲を見回す。

「なにキョロキョロしてるの?かなり挙動不審よ」

隣の席で補習を受けていた翔子が声をかけた。

「え、そんなことないよ」

少しドキッとしたが手紙を見られたわけではないらしい。

姫宮翔子は花梨の親友だ。

「さあ補習も終わったし、打ち上げに繰り出しましょう」

緑のセイレーンマークで有名なコーヒーショップが近くにある。補習を乗り切ったご褒美に大好きな抹茶フラペチーノでも味わいたいと思ったが、すぐに思い直した。夏休みなのだ。それなりに人も多いだろうし。そしてなにより、今日は大切な日なのだ。そしてさっきの手紙の内容が気になる。

「ごめん。今日はこれから予定があるのよ」

「まあいいわ。これから残りの夏休みどうするの。まさかのリア充?」

「いやいやいや、そんなわけ無いでしょ」

「だよねえ。旅行とかいかないの?」

「まだ何にも予定ないけど。それに今日は部室の片付けよ」

「そうだったね。いよいろ弱小科学部に部室が与えられたんだったね」

「弱小は余計よ。まあ、たった一人の同好会から始めてやっと部室がもらえるまでになったんだから」

「翔子の予定は?」

「私はアルバイト。明日から観光客にソフトクリームを売りまくるよ」

 アルバイトするのも悪くない。ここらで部費も稼いで起きたい。


「稼ぐねぇ。でもその前に我が部室によっていかない?」

「良いの?」

「もちろんよ」


 *


「お疲れ!いい夏休みをね」

「じゃあまたね」

ブンブンと手を振って教室を出て行くクラスメイトを見送り自分も席を立つ。


「さあ急ぎましょう。きっとみんな集まってる。翔子にも紹介するよ」

外靴に履き替えて、旧校舎の方へ向かって歩き始めた。



  ***



 私立旭星学園高等学校は北海道第二の都市にある男女共学の学校である。来年の春には開校六十周年を迎える。文武両道を掲げる進学校で生徒の自主自立を校風として掲げている。また生徒は何らかの部活動に所属することが義務づけられている。様々な部活動があるが同好会として設立し一年間の活動を経て、四名以上の部員と顧問をがいれば正式に部として認めてもらうこともできる。花凛が部長を務める科学部もそんな新設部である。同好会設立から苦節一年。この夏からやっと部活動へ昇格し部室も与えられたのである。


 旧校舎はグランドを挟んで向かい側にある。5年前に建て替えらた新校舎だが、三階建ての旧校舎の一棟は取り壊されず、そのまま部室棟として使われている。

二人はグラン側の通用口で上靴に履き替えると、中央階段を上り北側の一番奥の第三理科室のドアをくぐった。

「ごめんみんな、お待たせ」

花梨が右手を挙げて挨拶をする。

「こんにちは。お邪魔しまーす」

翔子が後ろから続いた。


「お、やっと来たな」

腰掛けていた事務用の椅子をくるりと回して三笠は二人の方に向き直りが声をかけると、また机に向かいパソコン作業を再開する。

「三笠くんは今日もおヒマなのね」

「ヒマとは失礼な。ちゃんと仕事してるだろうが」

デスクトップパソコンの画面を見つめながら答える。その間も指先はキーボードをたたき続ける。

「だって三笠くんいつもいるじゃない」

「俺は科学を愛する男ですよ。いつでも心は科学部と共にある」

「なんだろうね。その偏ったまじめさは」

三笠は突然手を止め、すっと立ち上がると白衣をひるがえして得意げに言った。

「俺の敬愛するホーキンズ博士はいっている。不完全さがなければ、あなたも私も存在しないと!」

意味はわからないが、いつもながらどこから来るのかその自信。


「部長!遅いですよ」

白衣のツインテールの少女、ユリアが荷物を抱えて不満げに言う。

「私たちは午前中から働いているのですよ」

同じく白衣のツインテールの少女、マリアがビーカーを片付けながら口をとがらせる。

翔子の存在に気がつくと作業の手を止めて入り口の方に向きなおる。

「あらあら、お客様でしたか」

二人はにっこりと微笑み声をそろえて言った。


「ようこそ科学部へ」

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テレプシコラ(仮) 大熊猫 @oh_kuma_neko_a

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