16, Witches discuss,

「――で、結局、転入手続きは間に合わなかったってわけ」

 溜息交じりの声が響くのも無理からぬことだった。

 生まれて十数年の悪魔と、魔女になりたての少女の契約は、互いの意志だけでそうそううまくいかなかった――というのが、生徒会室に来て早々に告げられた事実だ。

 二人が到着した頃には、生徒会室の中には少女たちがひしめいていた。きゃらきゃらと声を上げる彼女たちは、しかし歴戦の魔女と悪魔でもある。高等部に所属する代表者たちが集まる光景は、エリアナからすれば中々に壮観だった。

 その中心で、最古の魔女が溜息を吐いてさえいなければ――。

 もう少し明るい気持ちでいられただろうに。

「自分が新米だった頃なんか忘れたよ。あんなに手こずったっけ?」

 さしもの滴もすっかり頭を抱えている。それを笑う気にもなれない。儀式の失敗に考えが及ばなかったエリアナの方にも、多少の非はあったのだ。

 珍しく重苦しく黙り込む生徒会を前にして、目を丸くしているのはルディのみである。

「ええと、失敗することってあるんですか?」

「勿論ですとも!」

 応じるのは無事に会計係となった月乃だ。丈の合わない白衣から、継ぎ接ぎされた指先の皮膚がちらりと覗いた。

「悪魔と魔女の契約は大切なものですからね! 同意がなければ当然、失敗ですよ、失敗」

「でも、その――新人さんたちは、お互いにオーケーだったんですよね?」

「そのようですねェ。ということは、つまり、互いに力量不足だったというわけです!」

 ――何の説明にもなっていない。

 頭を抱えるエリアナをよそに、月乃はひどく楽しそうに相好を崩している。明らかに何も理解していない顔をしているルディへの助け船のつもりで、幻惑の魔女は百夜に視線を遣った。

 やや威厳に欠けていることは事実だが、一応は悪魔の王だ。いくら規格外でも、魔女の一人くらい止められねばならない。

「あれ退場させて頂戴。厄介になるだけよ」

「いや、でもなあ。今日から本格的に会議ができるわけで、なあ、滴」

 水を向けられた滴が苦笑する。笑う魔女をたしなめようと、彼女が口を開く直前である。

 ずるりと――。

 影が立つ。月乃の後方から現れたジェヴォーダンが、学内にあっては異様な騎士装束を纏って顕現した。

 ――エリアナが後ろ手に鍵を確認するのに、気付いた者はないようだった。

「僕の魔女の言いたいことを要約しよう」

 不定形の悪魔が、厭世的な瞳でルディを見遣る。その顕現方法に一歩引いた足を戻して、女王の方は大きな瞳を見開いた。

「悪魔と魔女の契約は、体液を介した魔力で成立する。君も覚えはあるだろ」

「ええと――はい」

 言い淀んだルディの顔が、朱に染まった。

 思い出したのはエリアナとの出会い――正確に言えば、互いが互いをはっきりと認識した一瞬だろう。血を与えたのはやりすぎたと、今になれば思う。

 本来は体液ならば何でも良い。

 血液が最も体の中心に近く、魔力を乗せやすいというだけだ。その性質もあって、自らを傷付けてまで契約を行うのは新人が主である。魔女として中堅に位置するエリアナであれば、汗や唾液でも構わなかったのだ。

 それでも血を使ったのは――。

 ――単なる感傷に過ぎなかったかもしれない。

 契約者の事情など知る由もなく、ルディは体液、、との単語をすっかり聞き流したようだった。頷く彼女の頭の中は、全ての悪魔と魔女において同じような光景が繰り返されていることだろう。

 ジェヴォーダンの方は、気ままに手を伸ばす月乃に視線を遣っていた。

「契約に必要なのは総量だけだ。半分ずつの必要はない。片方が熟練してれば片方が新人でもいいけど、今回は二人とも新人だから」

「あ――量が足りない?」

「正確に言うなら、まだ出力が下手ってやつだけどね」

 口を挟んだのは滴である。

 彼女の視線に応じるように、ルディは納得したような声を上げた。彼女も未だに制御が上手くいかない身だ。もっとも、その体に眠る力が莫大なものであることに気付き始めただけでも上々だが。

 全くもって説明を聞いていなかったのだろうに、もっともらしく腕を組んだ百夜が、生徒会長の椅子でふんぞり返る。彼女の後方で軋む背もたれに心配そうな目をしたのは、亜子だけだった。

「まあ、ともかく契約の儀式が失敗続きってことだ」

「魔女の方の新人、会計にしといて正解だったわね。っていうか百夜、そんな未熟な連中、置き去りにしといて良いの?」

 エリアナの問いも至極当然である。

 新米の二人を引き合わせたとなれば、恐らく場所は魔界だ。この学校から繋がる悪魔の本拠地は、女王を亡くして以来、非常に規模が縮小されている。情念の食い扶持を確保することもできない場所で、今は未熟な悪魔の他は出払っているはずだ。

 つまりは、不測の事態に一切の対応ができないということでもある。

 そんな場所に新米を置いてくるのは、得策とは言い難い。万一の事態がないとはいえないのだ。

 エリアナの疑問に応じたのは、自身の席に座った亜子だった。

「漆さんがついてますし、大丈夫じゃないでしょうか? 国村先輩がすごくお金を取られてましたけど」

 会計係――と書かれた筒をくるくると回している。思わず滴へと移った視線で、彼女がツケ、、と囁くのをはっきりと見た。

 ――ツケでよく受けてくれたものだ。

 感嘆とも呆れともつかない溜息を、不意に袖を引く手が遮った。見ればルディが、眼鏡の底から丸い瞳でこちらを見詰めている。意図を掴みあぐねるエリアナの前で、少女は一つ瞬いた。

「漆さん――は、悪魔ですか、魔女ですか、エリー」

「魔女。一回会ったじゃないの、保健室の薬箱」

 ほわあ――。

 気の抜けた声を上げたルディは、無事に保健室に居座る彼女のことを思い出したようだった。そういえば、生徒は教員の苗字ばかりを知っていて、名前など知る機会はないのだと思い出す。

 納得したらしい悪魔は置いておいて――。

 エリアナは全員に向き直る。もう一つ訊きたいことがあった。

「で、肝心のもう一人は? 今日来るんじゃないの」

「漆さんについてってましたよ」

「は? 馬鹿じゃないの」

 思わず頓狂な声が漏れた。

 彼女が漆を追いかけ回しているのは知っているが、こちらにも予定というものがある。結局、今日のところは集まった理由が全くないということになってしまう。

 そう何度も集まっているのは効率的でない。そもそも、天使が現れればそちらの討伐を優先せざるを得ないのだ。

 溜息を吐くエリアナと、各々の反応を返す面々の間を、ルディの視線がさまよっていた。落ち着けるように肩に手を置いて、幻惑の魔女はこの場の実質的な支配者に目を遣る。

 果たして滴の瞳は、視線だけで訴えるエリアナに許可の笑みを浮かべた。

「――ったく、良いわ。こっちから行きましょう、ルディ」

「こ、こっちからって」

「貴女の元の本拠地よ。どうせ案内するつもりだったし、丁度でしょ」

 こともなげに言ってやれば、特徴的な髪が目に見えて慌て出す。知ったことかと背を向けて、その手を半ば強引に引いた。

「エリー! 待ってください、こ、心の準備が――!」

「そんなもの、後からすれば良いのよ」

 雑な調子で言ってやれば、悪魔の女王は情けない悲鳴を上げた。

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