第5話 暗殺ギルド

 暗殺ギルド、そこは薄暗い松明の明かりが部屋を照らす。室内はいくつものテーブル、椅子、酒、そして暗殺ギルドに属する二十人の凄腕たち。

 奥の一段上がった上にある豪華な椅子には頬に傷のある男、エルビンが足を組んで座っており、その両脇には筋肉の盛り上がった人物が二人、控えるように立っている。そこへ新人だろうか、ひ弱そうな男が近づいて行き、エルビンに向かって話しかけてきた。


「あの! エルビンさんですよね!? あなたに憧れてこのギルドに入りました! 暗殺スキルだけではなく闘技大会での正々堂々とした勝負での優勝や、数え切れない程のスキルに選ばれる才能に、この世界で五本の指に入る強さだって聞きました! ぼ、僕もそんな風になれますか!?」


 控えていた一人がセルビンとひ弱そうな男の間に入るが、片手でそれを制した。男は一礼し、元の位置に戻る。


「ふん、五本の指か、忌々しい。俺に魔法の才能さえあればあんな奴ら一瞬でひねり潰せる。……お前も強くなりたければ敵を殺せ、モンスターも人間もだ。一つ教えてやろう、どんなにスキルを磨いてもある一定のレベルに達した基本の気力や魔力はそれを凌駕する武器へと変わる。基本を磨け、基本から放たれるスキルこそが最強だ」

「は、はい! 頑張ります!」


 ひ弱そうな男は一礼し、他のギルドメンバーがいるところへ戻って行った。


「どんな雑魚でも囮にくらいは使えるだろうな」


 エルビンがニヤリと笑うと両脇の二人はそれを確認し声を出して笑った。

 この世界では下からブロンズ、シルバー、ゴールド級の冒険者がいる、特に力の認められた者にはプラチナの称号が与えられる。ゴールド級の冒険者でも十分に強く、国からしたら大変貴重な存在だ。

 エルビンは今日依頼を終え満足して座っている。その依頼は孤児院を営む者とゴールド級冒険者を殺すこと、自分の力に絶対の自信があるエルビンは正々堂々とその冒険者に声をかけ一騎打ちで倒している。

 エルビンは誰もが認める武の天才だった、数多のスキルを使いこなしほぼどんな依頼も失敗したことはない。もちろん無理な依頼は断っているのだが。この暗殺ギルドもエルビンが立ち上げたものだ、信頼のおける部下を両脇に二人配置し、ギルドにも多くの者が集った、そして自分に恐怖する住人、エルビンは一代で巨大なギルドを作り上げることに成功した。だがそんなエルビンにも目標はある。

 もうすぐだ、もうすぐ俺は最強の称号を手に入れる。

 エルビンは子供の頃にプラチナ級冒険者の戦いを見て興奮した経験がある、その時は憧れだった、しかし今のエルビンはその力に対抗できると考えている。今日の依頼はその前哨戦、ゴールド級冒険者を軽くひねった。後は目標にしている冒険者を見つけ出し、一騎打ちで倒す。今、エルビンの心には子供の時以来の興奮が湧き上がっている。

 しばらくするとギルド入口の、重い金属でできたドアが物凄い音を立て吹き飛び、そのドアが建物の壁を粉砕した。それに押しつぶされエルビンの脇にいた一人がいなくなった。


「なんだ!?」


 ギルド員達が立ち上がり、侵入者に警戒する。外の暗闇の中からゆっくりと黒目黒髪の男が歩いて部屋の中央に向かっている。


「おいおい、一人か? ここがどこかわかってんのかお前」


 ギルド員が二人近づく。一人は黒髪の男を馬鹿にしたような言葉遣いで笑いながら近づいた、そしてもう一人が肩を掴む。


「おいてめぇ聞いてん――ぶぇっ」


 黒髪の男がハエでも払うかのように手で振り払う、ギルド員は気がついたら壁に激突していた。バシャっと水でも破裂する音がし、ギルド員だった者の血が壁にかかる。カエルを壁に向かって叩きつけた時のように肉片が下に落ず壁に張り付いていた。どれほどの速度で吹き飛ばしたのだろうか。


「どけ」


 圧倒的な力の差がそこには存在していた。何が起こったのかが理解できない、ギルド員たちが気がつくと今ままで肩を掴んでいた者がいなくなり、いきなりその者と思われる者が壁でグチャグチャになり肉の塊となっていたのだ。

 黒髪の男を馬鹿にしていたギルド員が絶句し、何歩も引き下がった。他の誰にも手が出せない、いや動くことも出来ない、目を少しでも離したり動いてしまったらあの男が、自分の気がつかない内に自分はこの世からいなくなる。そんな気がしているのだろう。誰も黒髪の男が歩くのを邪魔できない、ただこの恐怖の権化とも言うべき黒髪の男が過ぎ去るのを黙って見つめるしかない。黒髪の男が腕を一回振るっただけでこのギルド内は恐怖という感情に飲み込まれたのだろう。しかし絶対者のエルビンが叫ぶことによって男たちには少しだけ勇気が生まれたのかもしれない。


「魔法を一斉に浴びせろ!」


 黒髪の男が部屋の中央に差し掛かった頃、ギルド員たちが一斉に魔法放った。炎の玉や氷の刃、強固な土で出来た鎖が巻きつく。幾度となく繰り返される魔法の攻撃に黒髪の男の姿は隠された。

 こんな時のために希少な魔法が使える者を集めていたんだ。俺は魔法が使えない、ならば魔法が使える者をギルド員に加えればいい。この集中砲火に耐えられるものなどいない。エルビンはそう考えた。

 が、セイギがまた一歩と踏み出すと男たちの顔色が変わる。


「なんだこいつ、無理だ、もうダメだ」


 ギルド員の一人が呟いた。黒髪の男は何事もなかったかのように歩いている。血は出ていない、それどころか皮膚にまったく傷がついていない。火の玉で火傷もしていなければ土の拘束も砂が崩れるようにして振りほどかれる。


「うざいな」


 黒髪の男がそう言ったように聞こえた。次の瞬間には放たれ続けいた無数の魔法が飲み込まれた、炎の魔法には炎が、氷の魔法には氷の魔法がぶつけられる。それは今までの魔法よりも大きく強く、飲み込まれた魔法は壁を焦がしテーブルを霧散させ、酒が入っている樽を爆発させる。魔法はもう放たれなくなっていた。

 そしてギルド員たちと同様にエルビンの顔にも例外なく恐怖が宿った。そしてエルビンの前まで黒髪の男が来ると足を止める。


 こんな奴がいるはずがない……ダメだ、俺は……殺される。

 エルビンは悟った。今までこんなにも絶望的な恐怖を味わったことはない。奥歯が勝手に上下へと動きカチカチと歯の合わさる音が聞こえる。

 圧倒的な暴力の前で人は動けない、万が一、いや億が一勝ち目があったとしても生き残る確率を少しでも高めるために、自分は靴でもなんでも舐めるだろう。今まで自分が相手にしてきた者のように。

 しかしエルビンの脇にいる一人が言った。おそらくエルビンが勝つことを信じているのだろう。ずっとエルビンと行動を共にしてきた一人だ、エルビンは負けたことがないのだからこの状況もどうにかしてくれると信じて疑わないのだろう。


「お前は……誰だ、なぜこのギルドを襲う」

「お前らはしてはいけない事をした、お前らに生きている価値はない。暗殺ギルドなのだろう? そこにいる男の事を話したら街の人が親切に教えてくれたぞ」


 黒髪の男はエルビンを指さしながら答えた。


 その言葉を聞きエルビンは死から免れないと確信した。足が震える。手が震える。何も考えられない。どうしたら生き残れるかも考えられない、目の焦点がずれていくのを感じる。


「エルビン様、気を確かに! 魔法をあれだけ弾いたのです、ウィッチでしょう。気力のぶつかり合いならエルビン様に勝てるものなどいない!」


 エルビンの脇にいるギルド員も自分では黒髪の男に勝てないことはわかっていたのだろう、だがエルビンならばと、声を掛ける。

 その言葉にエルビンは思考を取り戻す。

 そうだ、こいつはウィッチだ、あんな数の魔法を耐えたんだ。もしやこいつがオールをいう者かもしれない、ならば簡単だ、スキルで、魔法以外で倒せばいいだけだ。

 聞いたことのあるオールの容姿と違っていた、だがエルビンには目の前の相手が名高きウィッチ、オール以外には考えられなかった。あれだけの魔法に耐えたのだ。それ以外考えられない。


「瞬殺剣!」


 エルビンは今までの人生の中でもっとも速く手を動かした。その瞬間はゾーン、といった一種の極限に集中した状態なのかもしれない。

 スキル瞬殺剣、暗殺に適した早業スキル。相手の急所、心臓の位置が鎧の上からでもわかり、そして鎧をも貫く気力を剣先の一点に集中し、なお速度も上昇する。相手が攻撃に気がつき、気力で身体強化などをする前に攻撃する反則技みたいな物だとエルビンは考えているスキル。数多のスキルもこれを警戒させないためのカモフラージュに過ぎない。

 エルビンの持っているスキルの中でもっとも速く、エルビンが使ってきたお気に入り。このスキルは繰り返し使われ、エルビンに馴染んでいる。あるいはこの瞬間本当に瞬殺のスキルをモノにした瞬間なのかもしれない。

 服の袖からナイフが飛び出し、それを握り締めて黒髪の男の心臓に突き立てる。


「ほう、はやいな」


 しかしそのナイフは黒髪の男の皮膚で止まる。傷一つつかない。そしてエルビンの手首はいつの間にか掴まれた。その動きはこの世界で五本の指に入るというエルビンにすらも見えていない。

 手応えはあった、なにが起き――。

 黒髪の男はエルビンの手首をねじ切った。腕は捻じれ、手首からは血が吹き出す。


「は?」


 エルビンは今の状況が理解できていなかった。目を見開き、口をアホのように開けている。

 自分の腕と黒髪の男の顔を交互に見比べ、そして理解した。腕がなくなっていると。

 エルビンはひ弱な男に言った言葉を思い出した。一定のレベルに達した基本の気力や魔力はそれを凌駕する武器へと変わる。

 これが俺の求めていた最強、その片鱗。何がウィッチだ、この男はギルド員を吹き飛ばしていたではないか。……すごい、すごく強い力。

 いつの間にか恐怖よりも痛みよりも、黒髪の男に対して憧れを抱いていた。その黒髪の男が言う。


「お前はなぜ孤児院のおばさんを殺した、誰かに依頼されたのか?」

「はい、依頼がなければあんな者殺しません」

「あんな者か……誰に、依頼された?」

「わかりません、見知らぬ女性でした、代わりの者を使うのはよくある事です。ただおそらく騎士団長が関わっていると思われます」


 黒髪の男は酷く冷たい目をしていた。

 俺のこの思いは届かないのだろうか。エルビンは羨望の眼差しを送る。


「俺をあなた様の配下にしては頂けないでしょうか、その力から放たれるスキル、それがそれがどうしても見たいのです」

「あぁ、お前は弱いな。子犬もドラゴンもお前も、あいつの言うことはあてにならない。お前は幼女の幸せを考えたことはあるか?」

「幼女の幸せですか?」


 何を言っているのだろうか、わからなかった。ただその基礎能力から放たれるスキル、それをそれが見たい。自分を凌駕する圧倒的な力、今まで感じたことはない、最強の化物から放たれるスキルはどれほどのものなんだろうか。

 エルビンは残った手で黒髪の男に手を伸ばす。

 あなた様は俺を配下にしてくれる気はないのだろう。ならば見せてくれ、スキルを、あなた様の圧倒的な強さを。この命を差し出します。どうか最後はスキルを。

 その手が届きそうになった時、黒髪の男は言った。


「お前に見せるスキルなどない」


 人差し指が立てられ、エルビンの胸は貫かれた。指を引き抜いてもその指に血は付いていない。遅れてエルビンの胸から血が流れ出し、服を染めていく。目を見開いたまま黒髪の男を見ながら、腕がだらりと重力に逆らえず下を向いた。目から光が失われる。


「魔法に人を生き返すものはないか」


 一応といった風に黒髪の男は手を手刀の形にし、エルビンだった物の首を跳ね飛ばした。首はコロコロと床に転がり、首の断面からは血が溢れ出した。

 エルビンの脇にいた男がヘタリ込む。

 黒髪の男が出入り口に向かって歩くと誰かが息を漏らした。緊張の糸が切れたのだろう。


「あぁ、余りにも弱すぎて皆殺しにするのを忘れていた。街の人にとってはアリじゃないんだったな」


 ギルド員たちの表情が曇った。自分は今ここで死ぬのだろうと、あきらめたような、しかし恐怖から解放されるならそれでもいいかもしれない、そんな表情をしていた。


「残念そうな顔をするなよ、約束を守るなら殺さないでおいてやる」


 黒髪の男はゆっくりと周りを見渡した、それは蛇に睨まれたカエルがごとく誰も身動きがとれない。


「顔は覚えた。俺がまた来るまで誰も殺すな、そしてこの部屋を出るな。わかったか?」


 しばらくしても誰も動かない何も言わなかった。そして黒髪の男が行動する。ヘタリ込んでいるエルビンの側近だった者の近くに行き、その頭を掴むと立ち上がらせた。


「ぐっ、お前は、お前はなんなんだ!?」

「さぁな、俺が知りたい」 


 側近だった者がうめき声をあげ、壁に叩きつけられる。頭蓋骨を感じさせない、トマトが潰れるとでも思わせる音を立てた。続いて体がまるで糸の切れた人形と同じように崩れ落ちる。


「いいか? お前らにはもう人権がないと思え。俺が質問したらすべて答えろ。念のためもう一度言うぞ、誰も殺すなこの部屋を出るな、わかったな?」

「「は、はい」」

「よし、一人でもこの部屋を出たら皆殺しにする。俺はお前たちを信じているぞ、見張り合え、誰も外に出すな」

「「は、はい」」

「それと転がっているゴミは燃やすか部屋の地面にでも埋めておけ、目障りだ」

「「はい」」 

「あ、あと金を出せ」

「「はい」」


 黒髪の男は金を巻き上げた。


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 セイギはちょうど暗殺ギルドの前にある道具屋へと足を運んだ。物の多い店内には暗殺ギルドであった事を見ていたのだろうかカウンターにいるおじさんが肩を震わせていた。


「馬と馬車を買いたいのだが、あるか?」

「す、すぐに手配します!」

「そうか、ありがとう、そんなに急がなくていいぞ。……ん? これは?」 


 セイギはカウンターに置かれた細工の細かい高そうな小瓶を見つめた。中には青色の液体が入っている。


「それは人魚の血です。最近孤児院のおばさんが売りに来まして。小瓶自体もそこそこの値段で買い取ると言ったのですが、それは良いとおっしゃって中身だけ売っていきました、興味があるのですか?」

「いや、なんでもないよ」


 小瓶は売らなかった、か。おばさんは子供たちを本当に愛していたんだろうな、最初は子供を送り出すのも上手くいっていたんだろう。そんな気がする。

 あの少女も多くのお金を貰ったと言っていたし。おばさん、あんたはいい人だったよ。あんたの忘れ形見たちは俺がいつかきっと幸せに暮らせる国をつくり、引き取ってやるからな。

 あとは騎士団長か。ドラゴンの時、街を守る信義に厚そうな行動は確かに採っていたと思う。エルビンの言葉は真実なのか? 人は死ぬ時に嘘は付かないと言うがあの時の表情は希望があるようだった。

 はぁ、何より信頼できる力がある者がほしい、そして世界を変えるんだ。

 セイギはそんな事を思い。街を出た。

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最強の正義は幼女のためにあり! ~デス・ゲームより幼女~ 幼女 @syana1287

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