第4話 ドラゴン

 どれくらいの時間が経っただろうか、セイギの考えは尽きない。その間に窓から見える空は白み始めていた。いつからだろうか雲が空を覆い隠し太陽は少しだけしか光っていないように見える。

 そんなまだ朝になったばかりの時間、壁の方角から鐘を叩く音が何度も何度も響く。その音は大きくとてもうるさかった。

 この世界の常識なのだろうか、もし眠っていたら叩き起されていただろう。セイギは鐘の音を煩わしく思い顔をしかめた。そして部屋のドアがノックもなしに開けられる。


「緊急警報です!」


 イースが飛び込んできた。


「イース、もし俺が全裸だったらどうするんだ? 赤面ものだぞ」

「何バカなこと言ってるんですか! 街の驚異になるモンスターが来てるんですよ!?」


 その言葉にセイギは腰掛けていたベットから立ち上がった。


「見に行ってみるか」

「はい! 街の驚異、力のある冒険者も一団となって戦わなければ守れません!」


 孤児院の子供たちに外に出ないよう注意しているアルとウッディに合流し、壁の外に向かって走った。

 草原まで出ると見張りをしていたのだろう何名かの騎士と数人の冒険者と思わしき者たちが驚愕の表情をしていた。その視線の先には白銀の鱗をしたドラゴンが匂いでも嗅ぐように地面に顔を近づけ左右に振っている、ドラゴンが顔を上げると目があった気がした。


「そんな、ドラゴンなんて……」

「何言ってるの! 私たちが街を守らないと、みんなも孤児院のみんなも」


 怯えているのだろう足を震わすイースにアルが剣を抜きながら覚悟を決めた表情で言った。その剣先は震え、アルも恐怖しているのが見て取れる。


「後ろからは騎士団長も来ている、やるしかない」


 アルの肩に手を置き前に出ながらウッディが言った。その言葉が聞こえると騎士たちが横を駆け抜けていくのが見える。その先頭には少し豪華そうな鎧を着た人物がいた。


「あの一人だけ違う鎧の男が騎士団長なのか?」

「そうだ、信義に熱く誰よりも街のことを思い、そしてこの街の誰よりも強い。俺もアルがいなければ騎士団に入っていたかもな。とにかくやるしかない、ドラゴンを追い返すんだ。セイギ、人を探しているんだろう? 逃げてもいいんだ、こんなところで命を散らす必要はない」


 セイギは聞き流していた。

 あの男、夜に話していた男だ。……騎士団長、そんな地位の高い人物が子供を売るのか? やはりこの世界は腐ってる。

 遅れて多くの冒険者たちが草原に集う。騎士団は陣形を組み、ゆっくりと近づいてくるドラゴンに向かって駆け出した。そして血の花を咲かせいく。

 あぁ、こんな機会がないと試せないな。

 セイギはその光景をひどく冷たい目で見ていた。

 セイギの心には内と外があった。内側には幼女と、自分と出会って仲良くなっていった者たち。外側はそれ以外のすべて、例えば一人の幼女と大勢の知らない人ならばなんの迷いもなく外側を切り捨てるだろう。


 時が経ちドラゴンを蹴り飛ばした後。大歓声の中セイギは倒れいる男の元へと歩を進めた。手を当て魔法を唱える。


「ザオリク、レイズ、生き返れ。……キュア、ホイミ、ヒール」


 そこに誰より先に、我さきにとイースが走り寄った。


「何をしているのですか?」

「生き返したり傷を癒すことはできないのか?」


 イースは首を左右に振った。


「そのような魔法は聞いたことがありません。魔法は敵に向かって放つものです。英雄の一人が悪しきものを打ち払う魔法、ホーリー・レインといったのを使った、という事ならば聞いたことがありますが、それも傷を癒すことはなかったと思います」

「そうか」


 魔法も万能ではないか、使えないな。


「最後にこんな事になったが、昼には街を出るよ」

「そう……ですか」


 笑いかけるセイギにイースはひどく悲しそうな笑い顔を浮かべた。

 笑っているセイギに安全だと思ったのか騎士や冒険者たちがどっと押し寄せる。


「大英雄様! 騎士団に入りませんか!」

「僕たちのパーティにぜひ!」

「あの、みなさん、セイギさんは――」

「お前たち!」


 騎士たちから数々の言葉を掛けられ戸惑っているとイースがオロオロとしながら対応しようとしていた、その声は騎士団長によって遮られる。人ごみが割れ、騎士団長の姿が目に入る。

 騎士団長はゆっくりとセイギに近づき、まずは頭を下げ、そのまま片膝をついた。


「まずはこの街を救ってくれてありがとう、感謝する。不躾で申し訳ないが――」


 騎士団長が頭を上げると冷たい視線が目に入っただろう。セイギは騎士団長を見下ろしながら一言も発しなかった。それに目を見開きあきらめたようにまた頭を下げた。


「申し訳ない」


 一言だけ呟き、騎士団長は離れた。


「お前たち、息がある者を確認しろ。けが人の手当と勇気あった者の搬送もだ」

「ハッ!」


 騎士たちは支持のあった通りに動き、街の方へと向かっていった。


「なんだったんだ? いやそんなことより大英雄様!」

「すごいです! 感動しました! 大英雄様!」


 冒険者たちの賞賛はなおも続いた。しばらくしてアルとウッディがやってきた。


「なんで、ねぇなんでもっと早くに!」

「やめろアル、セイギがいなかったらみんな死んでいたんだ、ドラゴンの襲撃にあって生きてるなんて奇跡なんだぞ」


 アルは死んでいった騎士たちのことを言っているのだろう、それをウッディが止めた。

 アルの剣幕に驚いたのか冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように解散していった。


「英雄なんでしょ!? その力があるんでしょ! ならなんで!」

「やめろ! ……アル、帰ろう、こんな別れ方寂しすぎるだろ? な?」


 ウッディに肩を抱かれながら歩くアルにイースとセイギはついて行き、孤児院へと戻っていった。

 孤児院の前には人だかりが出来ていた。

 嫌な予感がする、とセイギは思った。

 予感とは過去に起こった出来事や周囲の様子から無意識に察知できるものだと思っている。肌を撫でる冷たい空気、微かにただよう鉄の錆びた臭い。そして、冒険者ギルドで腕を吹き飛ばした時に似ているざわざわとした人集り。

 人ごみを掻き分け四人が孤児院の前に行くとおばさんが胸から血を流して倒れていた。その周りを子供たちと一人の少女が囲み泣きじゃくっている。


「おばさん! やだ! 嘘! おばさん!」


 アルがおばさんに抱きついた。それはさながら子供を連想させた。

 泣きじゃくり子供と同じように泣いた、目から涙が何度もこぼれ落ちおばさんの服を濡らしいく。ウッディは座り込みおばさんの顔をじっと見ていた。涙を堪えるように。

 しばらく時間がたっただろう。泣きじゃくるアルを一目み、ウッディは傍らにいる少女に視線を送った。


「お前、クルか?」

「ええ久しぶりね」


 クルと呼ばれた少女は顔を伏せたままだった。


「お前今までどうしてたんだ、それより何があったんだ?」


 クルは目を擦りウッディに向き直った。


「私、違う街に行っていたの。おばさんにお金をいっぱい渡されて幸せになるんだよって言われて。良い街だったわ、新しい家族も出来たわ。でもおばさんに恩返しがしたくてお金を貯めて、寿命が延びるって聞く人魚の血も買って。大きくなってやっとこの街に戻ってきたの。すぐにおばさんに会いに来たわ、抱きしめられて、すごく嬉しかった。その時に二人が結婚するって聞いて、それまで隠れて驚かそうと思ったの、でもその時におばさんの濃いクマを見て、誕生日前だけど心配になって、人魚の小瓶を渡したの。ねぇおばさんなんでまだクマがあるの? しっかり飲んでくれたの? ……ごめんなさい違うわよね。私怖かったの、頬に傷がある男とおばさんが話してて、影から見てたらその男がおばさんをいきなり刺して、たぶん即死だったわ、ねぇあの男はなんなの!? 誰なの?」 


 途切れ途切れに話すクルの口調は最後に疑問へと変わり、怒りが伝わってきた。


「エルビンだ、くそ! なんでおばさんが……」


 話を聞いていたセイギが人ごみから遠ざかろうとゆっくりと後ろに下がった。振り返り離れようとしたところで声をかけられる。横にいたイースは気がついたのだろう人ごみから追って出てきていた。


「どこに行くんですか? まだ、お昼前ですよ?」

「俺はもう行くよ、少し時間が惜しくてな」

「まさかセルビンのところですか!?」


 なぜ気がついたのだろうか、セイギはそう思った。

 握り締められた拳のまま、イースへと振り返った。イースはその顔を見てニコッと笑い駆け寄った。


「おでこに青筋が浮かんでますよ、ほら手の力を抜いてください」 


 イースの両手にセイギの手が包み込めれると不思議と力が抜けていった。


「私も一緒に行ってはダメですか?」

「ダメだ」

「なぜですか? 英雄様なら守ってくれますよね?」


 セイギは暖かい温もりを感じる手からそっと手を離した。


「俺は英雄にはなれないよ、今から人を殺す。皆殺しにするかもしれない。人を導ける立場じゃない、そんな者が英雄なんて笑ってしまう」

「それでもセイギさんは私にとって英雄です」


 イースは譲らないといった頑なな瞳でセイギをみていた。


「なら二人を支えてくれ、頼む。俺は手の届く範囲しか守れないんだ、いくら力があっても目が届かないところは見えない。おばさんも守れなかったんだ。わかるだろ? 俺はこれからも同じようなことをするだろう。だから、イースは連れていけない」

「強い人の気持ちはわかりませんね、私はセイギさんを追いかけるかもしれませんよ?」


 イースは一度顔を伏せると迷ったようにそっとセイギに手を伸ばした。


「それからこれを使ってくれ」


 伸ばされた手にセイギは袋を落とした。

 慌てて両手で受け取ったイースは予想外の重みだったのか力を込めていなかったのか、その両手は下がった。袋の中からは金貨が擦れる音が聞こえる。


「これって、アームベアーの報酬ですか?」

「あぁ、全部使ってくれて構わない、孤児院をよろしく頼む。俺は英雄じゃないんだ、殺すやつから奪うとするよ。……またな、また来るから、ここに居てくれ」

「……はい」


 イースが最後の言葉を言う前にセイギは踵を返し街の奥へと向かった。そして見えなくなってからエルビンの居場所を探した。空を覆う雲が黒くなり、もうすぐ雨が降りそうだった。

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