第3話 孤児院

 まだ日が沈む前にセイギたちは孤児院の中に入った。孤児院は街の外側近くの部分に位置し、街を守る壁からそう遠くはない。外観もそうだが内装も古く老朽化しており、所々には雨漏りの対策のためだろうかバケツに水が溜まっていたり、床が抜けている。一部の木で出来た側面には穴が空いていたりする。広い作りのようだがとてもお金がある孤児院ではない印象があった。

 入ってすぐにあるテーブルと椅子に案内され腰を下ろす、少しするとアルから水が出された。銅でできたコップだろうか、それを一口含みセイギは本題を切り出した。


「子供が見当たらないんだが」

「そりゃそうよ、まだ働いてる時間だもの」


 子供が働いているのか。この世界はあまりいい環境ではないのだろう。


「孤児院だよな? 管理してる人に挨拶とかしなくていいのか?」

「おばさんもまだ奥で働いてるからね、大丈夫よ子供たちが帰ってきてからでもいいと思うわ」


 ウッディが水を一気に飲み干し口を開いた。


「セイギ、礼を言わせてくれ、本当にありがとう」

「またか、もういいって言っただろ」

「その、なんだ、明日行ってしまうのか? 明後日までこの街にいないか?」

「なんでそんなに引きとめようとするんだ?」


 ウッディは空になったコップをもう一度飲もうとし、入っていないことに気がついたのだろうそっとコップを置き直した。


「明後日、俺たち結婚するんだ」


 こんのリア充がぁ! ん?

 よく見るとイースの指に指輪が嵌めてあるのが見えた。


「イースも、結婚か?」

「あっ、これは昔大事な人から貰ったもので、そういう意味のものではないですよ」

「明後日はね、おばさんの誕生日で私たち孤児の誕生日でもあるの。あなたにもできたら祝ってほしいなって思って、あとほらイース」


 アルはイースに向かってウインクし、話を促しているように見えた。通ずるものがあるのだろう、イースは少しうつむき加減に憂いのある顔をしていた。


「二人は冒険者を引退します。危険ですからね、理解もしていますし納得もしています。でも私はまた一人ぼっちになります。だから、セイギさんと一緒にパーティが組めたらなと、そう思いまして。ダメ、でしょうか?」

「それは……」


 セイギは言いよどんだ。そして決めた。

 明日になったら一人で街を出よう。イースは魔法が使えるがとても強いとは思えなかった。

 俺は俺のことを知っているかもしれない幼女を探すためにこの街を出る。それはあのモンスターたちに出くわす可能性を高める。どんなことをしても幼女を探し出す気でいるんだ、おそらく危険なこともするだろう。俺はイースを守れないかもしれない。

 セイギはそのことを口には出さなかった。だがそれをイースは感じ取ったのかもしれない。


「そ、そういえばどこに向かうんですか? 東の強欲な王が支配する国ですか? それとも南の信仰国ですか? 東の国は力のあるものを歓迎しますよ。今は子供から強い騎士になるために訓練を積むらしいです。そして逆に言えばどんな手を使ってでも配下にしようとします。それは例え街を滅ぼしてでもですが。……私たちも結構旅はしましたからね、なんでも教えてあげますよ」

「そうね、近くで言うと狼男の話かしら? 東の国がこの国に攻められないのは狼男がいるからだって言われてるわ、見に行ってみたらそりゃもう強そうでイースなんてチビってたんだからね」

「チビってませんよ!? バカなことを言わないでください! 本当にバカなんですから!」

「な!? 私はバカじゃないわよ天才よ!」


 そんな会話が繰り返される。長らく続く三人の会話はとても楽しそうに感じられた。きっとこの三人は多くの苦楽を共にしてきたんだろうな。とセイギは聞き入った。

 イースはふぅと一つ息を吐いた。


「私にも恩師というか、歳はそんなに変わらないのですが魔法を教えてくれた人がいまして、名前をオールと言って五本の指に数えられる人物なんです、まだ東の国にいるんでしょうか。……もしあの方が王座を継いでくれたら。優しい方でした」

「どんな人なんだ?」

「外見ですか? 見た目は義足に、大きな魔石をはめ込んだ杖を持っているのでわかりやすいと思いますよ? 普通の冒険者では魔法用の杖なんて高価なものは買えませんから」

「何? 五本指が気になるの? この街で言うと暗殺ギルドの頬に深い傷がある男、セルビンと、騎士団長かしら、ゴールドを超えたプラチナ級の実力があるらしいわよ、でもなぜか信義に熱いって言われてる騎士団長はセルビンを掴まえたり殺したりしようとしないのよ」


 それはセイギにとって興味深い話しだった。暗殺ギルド、幼女探しに使えるかもしれない。


「狼男とどっちが強いんだ?」

「え? 狼男はたぶんこの街の人全員で掛かっても倒せないと思うわよ、国が崩壊するんじゃないかしら。五人しかいないプラチナでもそこまでは強くないはず、たぶん」

「そうかわかった」


 ウッディは窓の外に目をやるとアルに言った。


「アル、そろそろ夕食の支度をしなくていいのか?」

「あ、いけない!」


 小走りで部屋の奥に向かうアルを見送ったところで、ウッディは困ったような顔をした。まだ教え足りないと言った感じでセイギの顔を見る。


「俺たちはセイギに死んで欲しくないと思っている。だから忠告させてくれ。まず七つのダンジョンには手を出すな。ここはソードマンや、ウィッチなどの集まりを作った偉大な創始者たちが全員で探索しても全貌を把握する前に逃げ帰ったとされている。次にドラゴン、遥か昔に各国を立ち上げた三英雄が完璧な連携を組んでも追い返すのがやっとだったらしい。最後はセルビンだな、真正面から正々堂々とを心情にしているらしいが、人殺しだ。人を殺すことに関してのエキスパートと言ってもいい、こいつにも絶対に手は出すな。……最近子供が姿を消している、もしかしたらこいつのせいかもしれない、いや、珍しいことではないんだ、外に出たのかもしれない。しかし孤児院の子供たちは、いや何でもない……後は女だ」

「は?」


 セイギは子供の話のほうが気になった、街を出る前に明日一通り調べようと考える。

 そして真面目な口調のままウッディは言い切った。


「アルは子供の頃はすごく可愛らしかった。俺の袖を掴んで後ろからついてきて。だが今はな」


 声を落とし、テーブルにそっと手を乗せると耳元に顔を近づける。


「剣を片手に後ろから追い回してくる。女は、怖いぞ。セイギも気を付け――」


 その時奥の部屋から包丁が飛んできた。それはウッディの指の間に綺麗に突き立てられ、奥からはアルの顔だけが覗き込んでいる。口元は笑っているが目が笑っていない。


「ん? ウッディ何か言った?」

「なんでもありません」


 ウッディの敬語を初めて聞いた瞬間だった。そしてイースは震えていた。


「アアア、アルは優しいですよ? 私が一人でこの国に来た時も最初に話しかけてきてくれたのはアルなんです、ね? 優しいですよねセイギさん」

「おう」

「そう、ありがと」


 アルが顔を引っ込めると同時に玄関のドアが勢いよく音を立てて開いた。


「ふわ!?」


 イースの驚きの声が聞こえ、十人ほどの子供が中に流れ込んできた。


「ただいまー!」

「あれ? 知らない人がいるよ?」

「だれだれー?」


 子供たちの声に応えるようにウッディがセイギの事を紹介した。


「この人はな、セイギと言ってとても強くカッコイイ俺たちの命の恩人だ! 俺たちでもかなわない敵を一瞬で倒したんだぞ? それはもうすごかった。殴れば敵が吹き飛び、魔法を使えば敵が掻き消えたんだ!」

「お兄ちゃんすごーい!」


 幼女たちがセイギに飛びついた。


「んほほほほ」


 セイギの顔はだらしなくニヤケた。しかしイエスロリータノータッチ、その手は高く挙げられ降参のポーズをとっている。

 続いて男の子たちがセイギに抱きつく。


「触るなクソガキ」


 セイギの表情が一変し、冷たいものへと変わった。


「え? もしかしてセイギさん、え? ロリ、コン? ……き、騎士さーん!」


 やめるんだ! おまわりさんを呼ぶんじゃない! 


「あ」


 目があった、開けっ放しのドアから先にいる騎士と。


「ち、違う! 俺は無実だこの手を見ろ、今上げたんじゃない最初からだ!」


 騎士は顔をしかめた、何を言っているんだコイツ、と目で語っている。玄関からは子供たちに続いて巫女服の女が入ってきていた。おそらく、その付き添いか何かで来ていただけだろう。


「ここの院長はいらっしゃいますか?」


 その女の表情は読み取れなかったが、知性を感じさせる振る舞いと顔をしていた。


「おばさんなら奥にいる案内しよう、そろそろ仕事もやめさせないとな働きすぎるんだおばさんは。セイギも順番は逆になってしまったが挨拶に来てくれないか?」


 腰を上げるウッディの後に続き、セイギも立ち上がり奥の部屋へと向かう。巫女はイースと少し会話をしていたようでまた後に続くようだ。

 立て付けの悪い木が擦れる音のする扉を開けると、奥には孤児院の院長だろうおばさんが一心不乱に裁縫をしている後ろ姿があり、机の上にはこの孤児院とは不釣りあいに見える高そうな、表面を精巧な模様でかたどった空の小瓶が大事そうに置かれていた。

 ウッディに紹介され、簡単な挨拶を済ますと巫女を残し元の場所へと戻った。

 しばらく子供たちや二人と談笑していると、話が終わったのか巫女服の女が部屋から出てきて子供の頭を撫でる。


「可愛いわね」


 そしてセイギの耳に口を近づけ囁いた。


「あの小瓶、中身はとても高価な人魚の血ですよ、飲むと寿命が延びるんだとか」


 そう言って女は去っていった。

 なぜ俺にそんな事を? ……子供が消える事件か、それに高価な一品。ここのおばさんが関係しているとでも言うのか?

 セイギが考え事をしているとウッディがアルに聞こえないよう耳元に口を寄せてきて言った。


「優しそうな人だったな」


 こいつ何言ってんだ? 包丁が怖くないとでも?

 女が帰るとアルはおばさんを呼びに行ったようだった。どうやら聞こえてはいないらしい。子供たちもテーブルの席に着きおばさんの登場を心待ちにしている様子だ。食事が始まるらしい。

 おばさんが奥の部屋から出てくると目には濃いクマができており、疲れているのだろうどっかりと座った。一人の子供がおばさんへと抱きつき、おばさんはそれを優しく包み込む。その顔はとても大事なものを手放さないといったような覚悟が感じられた。

 アルが大きな鍋を運び一人一人に白色の豆、藻のようなものが入ったスープを配り終えると最後におばさんの前に置かれた。


「「「いただきまーす!」」」


 子供たちの大合唱が鎮まり。我さきにとスープを掬い口に運ぶ。セイギもスープを口にしたが豆は苦く、浮いている藻のようなものもドロッとした舌触りがするだけで味はしない、正直美味しくはない。それでいてスープの味は白湯のようにほぼ感じない。セイギの味覚がおかしいわけではないだろう、苦味は感じたのだから。この世界ではこれが普通なのだろうか。


「アルは料理が下手なのか?」


 ボソッと口に出してしまった。 


「え!? どこが!? ねぇどこが!」


 アルはテーブルに両手をつき迫ってくるような勢いだった。


「普通このような物ですが、お口に合いませんでしたか?」

「そうか、いやなんでもないよ」


 これが普通なのか、そうか。


「どこが!? ねぇ!」

「いや、すまない何でもないんだ。ところで金髪碧眼の女の子を見たことはないか?」

「いえ、私は見たことがありませんが、その子がセイギさんの探している人ですか?」

「あぁ、もしかしたらここにいないかと思ったんだが」


 アルは孤児院で料理を担当しているのかもしれない、プライドでも傷ついたのだろう、やっと落ち着いたのか腰を下ろした。


「見たことなーい!」

「私もみたことがないねぇ、この街に長く住んでいるが聞いたこともないよ、大事な人なのかい?」


 子供たちもおばさんも見たことはないらしい、この街にはいないようだった。


「大事な人……だ」


 その幼女の事は知らなかった、自分にとって大事かどうかもわからない。だがそのまま答えるわけにもいかないだろうと思った。


「そうかい、探しておくよ」

「ありがとうございます」


 セイギは深く頭を下げた。そして味のしないスープを胃の中に流し込む。腹が減っているわけでもなく、まったく空腹感も感じなかったが、幼女の前で残すのはよろしくない、教育的に。

 食事が終わった者から階段へと駆けていった。


「寝るか?」


 はやない!?

 セイギの思いを感じ取ったのかウッディは呆れた顔をしていた。


「どこの街から来たんだ? 普通は日が沈んだら寝るだろう? 案内しよう」


 ウッディに連れられ二階に上がるといくつかの部屋があり、セイギの部屋は一番奥だという。覗き込むとベットが一つ置いてあった。


「子供は?」

「セイギ、……まさか本当にロリコンなのか?」


 若干距離を取られた。襲うとかでも思われたのだろうか。


「違うぞただの疑問だ! 俺はロリコンじゃない! ちょっとだけ小さい子が好きなだけだ!」

「……そうか、いやいいんだ、例えロリコンでも。……セイギ、イースを連れて行ってくれないか? あいつは幸せというものを知らないんだ」


 急に真面目な声色でウッディは頭を下げた、仲間のために。

 それには沈黙で答える。

 ウッディは顔を上げた、とても悲しそうに眉毛が下がっている。それでも笑顔を作ろうとしているのだろう。口元は無理をして笑いの形をとっている。


「そうか、忘れてくれ。セイギが負い目を感じる必要はないんだ。すまない。おやすみ」

「お休み」


 ウッディのトボトボとした足取りと悲しげな後ろ姿を見送った後、セイギは部屋の中へ入った。

 気になって眠れなかった。子供が消える話し、これを知るまでは街を出られないかもしれない。

 セイギは窓から外に出ると屋根の縁を掴み上へと登った。

 しばらくそうして夜風に当たっていると孤児院からおばさんがゆっくりと出ていくのが見える。

 マジか。

 いつの間にか月明かりがあたりを照らしている。セイギは屋根から飛び降り、おばさんに気がつかれないように距離を保ちつつ、隠れながら後をつけた。

 壁の方向へと向かっていく、まったく迷いのない足取りだ、誰かと待ち合わせでもしているのかもしれない。壁が見える位置にまで来たとき壁にもたれ掛かっている一人の騎士がいた、さきほど見た騎士とは違い少し豪華な鎧を来ているといった程度だ。特に怪しいわけではない一般人のおばさんと、少し目立つ鎧を着た騎士が話すだけだ。


「どういうことだい!?」

「しっ、声が大きい」


 おばさんが騎士の男に歩み寄ると開口一番疑問をぶつけた。騎士は口元に指を当てて声を抑えるように言っている。おばさんは興奮していたのかふーふーと息を吐くと落ち着いたのか声を抑えて話しだした。


「手紙が届かない、子供たちからの手紙が届かなくなったんだ、なぜだい? 東の国に送った子達ばかり、ここよりもいい環境の街、仕事、子供を引き取りたいと言う人に送ってるんじゃなかったのかい?」

「そう……だ、手紙が届かないのはわからない」

「な! 話にならない! あたしゃ女王様に進言するよ! もう子供は渡さない!」

「おい待て! 金はいいのか!」

「そんなものもっと働けばいいだけさ!」 


 踵を返し孤児院に向かっていくおばさんを騎士は呼び止めるように手を出し走り出した。


「待て。待ってくれ! それでは困るんだ!」


 セイギは騎士とおばさんの間を通るように石を投げた。それが民家の壁に当たり、騎士はそれに気がついたのだろう、警戒したように辺りを見回した。

 おばさんが帰るのを見送り、セイギも孤児院へと戻った。

 横になりながら考える。

 子供が消える話はこれでなくなるだろう。東の国、強欲な王か。手紙も送れないほど過酷な訓練でも強要しているのだろうか、潰すか? いやオールだったか。……おばさんもおばさんだ、金のために子供を他の街に送っていたのだろうか、確かに生活は厳しそうだが、あの人魚の血が入っていたという空の小瓶。あの騎士もだ。なんにしてもこの世界はロクでもない、英雄は国を作った、こんな不完全で幼女に優しくない国を、か。

 セイギは体を起こして拳を握った。それをぼんやりと眺める。


「この力、幼女が幸せに暮らせる国のために振るおう。新しい国をつくる、……俺に出来るのか?」 


 セイギの自問自答は部屋に虚しく響いた。

 よし、幼女の国をつくり幼女を集める、そうしたらこのまぶたに焼き付いている幼女も見つかるかも知れない、闇雲に街を回るより効率がいいかも知れない。これが最終目標だな。

 まずは東の国という驚異をなくそう。届かない手紙に、強欲な王か。幼女の敵だな。あぁしかしセルビンとかいう奴も殺しておきたいな。手が足りない。いやそもそも。


「モンスターのテイム、試してねぇ」


 セイギの声はまた虚しく部屋に響いた。


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