第2話 冒険者ギルド

 男の声に冒険者ギルドの前では人だかりが出来ていた。それをかき分けて三人の男女が中に入ってきた。


「何があったの!?」


 第一声を発したのはピンク色の長い髪をしたきつそうなつり上がった目をした少女だった。歳は高校生くらいだろうか。主要な部分、胸、肘、膝を銀色の鎧で包んだ軽装に革のブーツと革のグローブをしている。腰には一般的だろうブロードソードらしき物を下げていた。

 受付嬢さんが事の顛末を説明し、聴き終わったあと悲しそうな少し眉と目が下がっているように見える。


「それは仕方のないことでしょう、私もそこの男達に絡まれたことがあります」


 冷静な口調で話しかけてきたのは水色の髪をショートに切りそろえた少女だ。黒のとんがり帽子に黒のマントを羽織ったいかにもな魔法使い、ウィッチだった。


「まぁ気にすることはない! よくあることだ!」 


 ガハハと豪胆に笑いながら、第一声を発した少女の肩に手を置きながらこちらを見て笑いかける男。茶色の短髪にモミアゲと髭がつながった男は全身をプレートメイルで固め、背中には大きな金属製の盾を背負っていた。

 よくあることか、この世界ではどうやら人間の命は軽そうだな。

 腕のなくなった男は腕を抑えながら無言で出て行った。

 掃除どうするんだろう。と思いながらセイギが軽く頭を下げると受付嬢さんがおずおずと話しかけてきた。


「あの、登録料を頂いてないのですが」


 金かかるのか! いや普通かかるよな。

 セイギは納得し袋に手を突っ込みながら振り返った。


「いくらですか?」

「金貨三枚になります」

「…………」


 ……どうしよう。

 出していた手を広げた、その手には二枚の金貨しかなかった。セイギが黙ったまま固まっていると受付嬢さんは続けた。


「あの、お金。本当は最初に説明することなんですけど、その、すいません。でもその、お金を頂けないと、困ります」


 やってしまったという絶望的な顔をしながら、どうしようどうしようと声に出している受付嬢さんはもうすぐ泣き出すだろう。目がウルウルとしだし、目尻に少しだけ涙が溜まってきている。

 新人だったか。俺が悪いのだろうか。

 困り果てるセイギと受付嬢さん。それを見ていたのか水色の髪をした少女が提案した。


「お金、貸しましょうか?」


 受付嬢さんは二人を見比べおどおどとしていた。

 それしかない、ありがてぇ、ありがてぇ。


「お願いします」


 お金を受け取った受付嬢さんは安堵したのだろう、ふぅとため息を漏らし、ついでとばかりに人の良さそうな水色の髪をした少女にお願いを切り出した。


「あのー、この方に冒険者について教えてあげてくれませんか? シルバー級冒険者ですよね? 私ではちょっと色々とわからないことがあるので」


 こいつなんもできねぇな!


「いいですよ、元々パーティを組めたらなと思いお金を貸したわけですから、話を聞いた限り強そうですし」

「ありがとうございます! 助かります!」


 ペコペコと頭を下げる受付嬢さんを見て疑問に感じた。


「いや、俺も金を借りてるわけなのでもちろん良いのですが、隣の方は?」

「寝てます、起きたらきっと怒られます!」


 こいつダメな子だ! そして起きないこいつもダメなやつだ!


「あぁ、ところで血だまりの掃除とかはどうなるんですか?」

「私がやって後でお金請求します、もちろんさっきいた方たちですよ。臨時収入です!」


 ピースサインをして嬉しそうに臨時収入を語る受付嬢さん、この世界の人はたくましい。

 セイギたちはモンスター討伐の依頼を受け冒険者ギルドの外へ出た。


「君は、えーっとまずなんと呼べばいいのかしら? 私はソードマンのアルよ!」

「私はウィッチのイースです」

「俺はナイトのウッディだ」


 ピンク髪の少女に続き水色の髪をした少女、短髪の男は名乗った。


「あ、俺はテイマーのまさよ――セイギです」


 正義まさよしと言おうとしたセイギはそれをやめた。

 俺は生まれ変わったんだ、別に元の世界に帰りたいとも思わない。ゲームもない世界かもしれないがそれはそれだろう。ゲームをやっていてもいつかは現実に戻る瞬間というものはやってくる。俺の人生、何があっただろうか。友達もいない仕事もない、ただただ消費されていくだけの人生、生きがいがなかった。姿が変わったんだ俺を知っている人もいない、なら名前も変えて、俺は生きたいように生きよう。幼女を守るセイギのヒーローに。


「セイギか、いい名前じゃないか、確かこの国を作ったという英雄の名前もそんなような響きの名前だったな」

「そうなんですか?」

「あぁ、ところでその敬語やめないか? イースは敬語の方が好きだと言っているから良いんだが。命をかけてモンスターと戦うんだ信頼し合いたい」

「そ、そうか? なら、やめようかな」

「あぁ、そうするといい、セイギはなんの武器を使う?」 


 そう言うウッディの足は武器屋の前で止まっていた。


「いくらするんだ?」

「安いもので十金貨くらいですね、また貸しましょうか?」


 初期投資は必要なんだろうが、それにしても高い、いや安いのか? 正直借金をするのは避けたい。


「まだどうするかまったく決めていないんだ、このまま行ってみてもいいか?」

「間違いなく、死ぬぞ? 冒険者の半分は最初に出会うモンスターに殺される」

「え……」


 目を細めて言うウッディに若干の不安を覚えた。が、イースが助け舟を出すように人差し指を立てて提案した。


「魔法を使ったらいいんですよ、才能があるかはわかりませんが初めてのようですし、私と一緒に後ろから攻撃しましょう」

「そうね、シルバーの冒険者を一撃で吹き飛ばしたらしいし、ちょっと信じられないけどね。少しモンスターと対峙してみて、ダメだったら石でも投げてもらうってことでどうかしら?」

「俺はこいつのことを心配して言ってるんだが、なぜ責められるような感じに。まぁ行ってみるか」


 アルとウッディは肩を並べ歩きだした。その後ろにイースとセイギが付いていく。

 いい連中だな、とセイギは思った。そしてこれが基本的な陣形なのだろうともなんとなく感じた。

 歩いている内にもイースが冒険者について説明してくれる。


「冒険者とはその職業によって腕力だったり速さだったりに補正がかかります、その系統にあったスキルも覚えやすくなります。テイマーは……ないですが。ソードマンならソードマンの集う場所に行きスキルを学ぶ事が必要でしょう、テイマーは……いないですが」


 イースは下を向き目をそらすように話した。


「――? なんでだ?」

「……冒険者は一度決めた職業に一生縛られます。テイマーになった人も過去にはいるのですが、生涯をかけてモンスターを倒して強くなっていっても従えられたのはスライムの中でもかなり小さい手乗りスライムのみだったと聞きます。本来は冒険者ギルドで絶対に説明されるものなのですが」

「……マジか?」

「マジです」

「……」


 街の外に向かっているのだろう徐々に人通りが少なくなっていく。飲食店や服屋、他の武器屋の前を通り過ぎだんだんと街を覆っている壁に近づいていく。

 イースは顔を上げて苦笑いをしながら両手をセイギに向けて左右に振った。慰めるように。


「だ、大丈夫ですよきっと!? スキルも魔法も才能があれば覚えられますし、補正がないだけで頑張ればなんとか使えるようにもなるらしいですよ!?」

「……」


 セイギたちの向かう反対側には遠くからでも見える冒険者ギルドよりも大きな城があった。

 壁はかなり高く堀と掘りの間にそびえ立っている。外側の堀には水が溜まっており川につながっていた。門をくぐり、外と街を繋ぐ一本の橋の上を通っていく。

 イースはなおも続ける。


「目的を同じにするモンスター討伐専門の集まりがあったりもしますし、本来はそこでパーティを組んで依頼を受けるんですが、……聞いてますか?」

「……」

「あとあと、スキルは例えば縦切りスキルと横切りスキルを覚えないと出来ないクロスラッシュなどがあってですね。あの、聞いてますか? 大丈夫ですか? 大丈夫ですよ? きっと覚えられますよ、落ち込んでますか? 私はその、テイマーでも良いと思いますよ!? 弱くてもいつかは強くなれますよ、私もその、協力しますよ?」

「……」 


 セイギは外の世界を見た、そこは一面が真っ白い花で覆われており、どこまでも続くかのような広い草原、遠くには広大な森が、見たこともないような高く太い幹の大樹が目に飛び込んだ。草原を割って通る街道、その街道は森に続いており、未知の世界を連想させた。

 すっげぇ。

 セイギの感想はただただその世界に圧倒されたものだった。


「アル~! 助けてください~、セイギさんが放心してます~」


 イースはアルに後ろから飛びついて助けを求めていた。


「セイギ? どうかしたの?」

「いや、なんでもない、頭の片隅で話も聞いていた」

「片隅!? 私が、真剣に、パーティに誘っていたのに……ははは」


 イースを背負った状態でクルリと振り返り疑問投げかけて来たアルに応えた、イースの乾いた笑いが聞こえ、肩に顎を乗せて地面を眺めているイースが目に入った。


「あれが討伐依頼を受けたモンスターだ。お前も見たことくらいはあるだろう」


 ウッディの視線を追うとそこには子犬が三匹いた。どう見てもチワワだ。少し歯が出ている気がしたがチワワが草原の上でヒクヒクと鼻を動かしてなにかしている。


「見たことあるぞ」

「そうか、この街ではあのモンスター一匹で金貨一枚だ。気をつけろよ? 正体を現す前に後ろからこっそり近づいて確実に一匹は仕留める。まぁ見ていろ、シルバー冒険者の力を見せてやる」


 得意げにニヤリと笑い大盾を構え近づいていくウッディに、アルが後ろから周りを見渡しながら、警戒しているようについていった。

 いや小型犬だし、チワワだし異世界イージーすぎないか?


「んんぁあ!」


 ウッディの掛け声が聞こえ大盾が振り下ろされた。ウッディたちの接近に気がついていなかったのであろうチワワの命が押しつぶされる。胴体の後ろ半分がグチャグチャの血にまみれ、白にかなり近い茶色の毛皮が赤黒く染まる。大盾が持ち上げられ構え直されるとべったりと血が張り付き、少しづつ下に流れ落ちた。チワワからは内臓だろうか、腸のようなものがはみ出していた。

 残り二匹のチワワがウッディに振り返る、その顔は目が充血していき、剥き出しの犬歯が二本大きく伸びだした。そしてウッディの後ろからアルが飛び出した。


「竜巻旋風剣!」


 おまそのスキル名!

 アルがスキルだろうか、叫ぶと体が通常ありえない速さで一回転する。右から左に、眼前にいる二匹のチワワの顔が鼻の位置でパックリと二つに切り裂かれた、それは骨の硬さを感じさせない滑らかな動きであり、抜き放たれた剣が通り過ぎた。

 三匹のチワワが地に伏し、動かないのを確認していたのだろうアルがこちらを向き手招きするのが目に入る。

「行きましょう」

「あ、あぁ」


 ……いやグロくね!? モンスターってもっとこう光の粒子になって消えたりするもんじゃないのか!? もしくはクリスタル的ななにかになれよ!

 セイギはそんなことを思いながらもイースの後に続いた。


「これがスキルよ! ウッディのは気力を練っただけの攻撃ね、モンスターは止めを刺した人の冒険者カードに勝手に記録されるからこれで私は金貨二枚!」

「もちろんパーティを組んでいるので基本的にはあとで精算します」

「……セイギは、どうしようかしら?」

「いや、気を使わなくていいよ俺の借りた金は俺が稼ぐ」


 特に強そうには見えなかった。これがセイギの抱いた感想だ。

 武器や防具がなかったら死ぬなんてウッディの脅しだったのだろうか。


「次は私の魔法をお見せしましょう、セイギさんに素質があるかはわかりませんが。私が使えるのです私を頼ってくれても良いんですからね!」

「魔法は限られた者だけが使える物だ、そうはいない。見ておくに越したことはないだろう、使うにしろ使われるにしてもな」


 あぁ、使われるか、やっぱり人に対しても使われるよな。


「魔法は遠距離攻撃を得意とします、アーチャーなんて遠距離のまがい物とは威力も速度も違いますよ。魔法はなんでもできます、もちろん相性のある属性しか使えませんが、それに武器もいらないので安上がりですよ見ててください!」


 イースは一匹だけのチワワに手のひらを向けるとぶつぶつと小声で呟きだした。


「汝は氷の女王、契約に基づきその力を示せ、凍てつく氷の槍よ、永久に汝の敵を貫き、討ち滅ぼせ! アイスランス!」


 手の前に幾何学模様が浮かび上がりそこから氷でできているのだろうほぼ透明な水色の、先が尖った無骨なランスが飛び出し、チワワを貫いた。チワワから飛び出している部分は赤く濡れそぼり血が滴り落ちチワワが倒れると同時に消えた。


「これが魔法です、詠唱は個人が勝手に付けますが、長ければ長いほど、思いを込めれば込めるほど強くなるらしいですよ。ただ詠唱が長いと敵に気がつかれて避けられたり、あと手から――」


 イースが話している間に森の方角から地鳴りが迫ってくるように聞こえた、そして妙に腕の太い一匹の熊が姿を見せ、こちらに向かって走ってきている。


「グォオオオオオオオオオオオ」


 そのクマの咆哮はイースに恐怖の表情を抱かせ、その咆哮一つで足を震わせた。それを見たセイギが口を開こうとしたとき、ウッディが三人の前に立ち大盾を構えた。


「なんでこんなところに……、アームベアーだ、お前ら逃げろ!」

「ウッディ!」


 アルが一緒に戦おうとしているのか駆け寄ろうとするもウッディはそれを声で制した。


「行け! 逃げろ! 俺が絶対に食い止めてみせる、街で待ってろ! 鉄壁!」


 こいつ、死ぬのか?

 何が起きているか少し理解に苦しむセイギの袖をイースが引っ張り、走り出した。


「アームベアーには勝てません! 速く街に行って応援を呼ぶんです! ゴールド冒険者を、もしくは騎士たちを呼ばないと」


 そう言って走るイースの後ろをセイギはついていった。遅れて走り出したアルはそのさらに後を走る。少し走り、後ろからはもうすでにアームベアーとウッディが戦っているのだろうか、金属音がした。

 そしてアルがセイギたちと並んだ頃に横から何か大きい物が地面に落ちる音とちょっとした声が聞こえた。それは仕方のないことなのかも知れない。勝てない相手に追われ、仲間を一人残し走る、恐怖と不安があるのだろう、モンスターと戦ったばかりだ注意力や観察力が落ちているのかもしれない。草原に穴があっても不思議ではない。


「キャ」


 こんな時に転んでんじゃねー!

 セイギは立ち止まり少し後ろに転がるアルを見た。それにアームベアーも気がついたのかウッディから離れアルに向かって一直線に走り出した。


「アルー!」


 ウッディが叫ぶ、手を伸ばし懸命に駆け出そうとしているのだろうが、スキルのせいかゆっくりとしか足は動いていなかった、もちろんモンスターよりも遅い。 

 アルは立ち上がろうとし、そしてアームベアーが迫っているのが足音からかウッディの叫びからかわかったのだろう対峙しようとした。だが足が縺れ次は仰向けになって尻餅をつく。

 アームベアーが目前まで迫っていた。アルの手は震え、まともに剣が握られていないようにセイギには見えた。アルはあきらめたのかもしれない目を閉じた。


「はぁ」


 アルにはため息が聞こえたかもしれない。

 アームベアーが四足歩行をやめ、拳を振り上げ、そして振り下ろした。その振るう拳に合わせセイギの拳と拳がぶつかった。

 次の瞬間アームベアーの左肩から右脇腹にかけてが吹き飛んだ。血も肉もセイギの拳から放たれた風圧でこちらには降りかかってこない。少しの間がありアームベアーは倒れた。

 モンスターも気力を使っているのだろうか体が吹き飛んだにも関わらず下半身は残っていた。 

 その間にウッディとイースがこちらに駆けていた。


「おい! 大丈夫なのか!?」


 ウッディの近くから聞こえる声に、アルは不思議に思っただろう、未だに攻撃が来ない、意識が途切れいないと。そして目をゆっくりとあけ、倒れたアームベアーを目にしただろう。


「え? 何が起こったの?」

「こいつが、セイギがやりやがった! あのアームベアーを拳で吹っ飛ばしたんだよ!」

「そんなこと、できるわけが――」

「ま、まだです!」


 見つめ合っている二人は気がつかなかったようだが、イースの声と指差す方向に二人が視線を送るとアームベアーの集団が土煙を上げこちらに来ているのが見えるだろう。


「街に逃げるぞ!」

「そ、そうね!」


 三人が駆け出そうとし、そして足を止めた。


「おいセイギ! 早くしろ!」

「セイギさん!」 


 その声はセイギに聞こえていた。

 弱い、とてつもなく弱い、なぜ逃げるのか理解できない。でもなぁ、これできなかったら恥ずかしいなぁ。

 セイギはゆっくりと手をアームベアーの集団に向けた。

 魔法はなんでも出来る、か。


「ブラックホール」


 控えめな声で呟いた。そして自分で詠唱を決めて発するなんて恥ずかしかった。

 威力弱いのかな? いやでも発動しなかったらそっちのほうが恥ずかしいし。

 セイギのかざした手に幾何学模様は現れなかった。だがアームベアーの集団を半分の球体がすっぽりと覆うようにその模様は現れた。そしてその中心に出現した黒い球体が瞬く間に膨らみ、幾何学模様と同じ大きさになるとそこにあった全てのものが消えた。残ったのは半円状に削り取られたような地面のみだった。


「え? 魔法、ですか?」


 イースはポカンとした顔をしながら信じられないモノを見たといった感じで困惑しているのだろう、質問を繰り返した。 


「あぁ、出来て良かった」

「え? 魔法ですよね?」

「あぁ、魔法だろ?」

「え? 魔法は普通手からしか出ないのですが、え? いえ確か英雄が複合魔法を使ったと聞いたことがありますが、え? 複合なのですか?」

「……知らない」

「え? え? ……え?」


 繰り返し自問自答でもしているのだろう体操座りを始めたイースの前に出たウッディが詰め寄ってきた。


「助かった。ありがどうセイギ。ありがどう。アルを守ってくれて、ありがどう」


 危機が去り安心したのか涙声でお礼を言われ、気がついた。アームベアーは他の人にとって本当に驚異の対象なのだろうと。それに一人で立ち向かい、仲間を先に逃がしたウッディにセイギは、純粋に好意を抱いた。


「いや、良いよ。それよりさ、気力を練るってやつや、スキルについてもっと教えてくれないか?」


 パーティメンバーにお礼はいらない、助け合いだ。負い目を感じて欲しくない。少しでも俺から聞くことによって軽減できたらいいのだが。


「あぁ、あぁ! もちろんだ! なんでも教えるぞ! 気力を練るのはな、こう、ガッと拳に乗せる感じだ」

「そうそう、グッって感じよ!」


 ……つっかえねぇなこいつら!

 二人はお互いに向き合い拳を出し合っている。教えてくれているつもりなのだろう。

 なんだ? 付き合ってるってか? どっかで見たぞそのギャグ!


「はぁ、こうか?」


 一つため息をつき、そんな教え方でわかったら苦労はしない、と思いつつもセイギは森に向かって拳を突き出した。

 突き出した拳の風圧で直線上にある花が散り、巻き上げられて森に届く。地面は少しだけ抉れていた。

 俺も感覚派の人間だったのか!


「マジかよできたわ! ん? なんか溢れ出してた力みたいなのがなくなったぞ」


 すぐにまた溢れ出した力を確認していると、回復したのかイースが顔を上げて答えてくれた。


「気力も魔力も容量を超えたものは毎秒溢れ出します、……え? それだけでアームベアーを倒したんですか? え? え?」


 そしてまた体操座りになり自問自答が始まった。


「スキル、試してみる?」


 アルから剣を手渡されながらも説明を受ける。


「スキルは気力を使って自分の限界を超える動きができるの、もちろん込める量によって強くもなるわよ」 

「わかった、……スキル名は叫ばないといけないのか?」

「えぇそうよ」

「そうか」


 セイギは三人と距離をとり、叫んだ。


「竜巻旋風剣!」


 あぁああああああああああ恥ずかしぃいいいいいいい!

 セイギが回転して周り、竜巻が起きた、セイギを中心に花が舞い上がり覆い隠す。

 舞い上がった花が上空に行き隠すものがなくなると恥ずかしさに丸まった。


「帰ろう?」


 セイギの言葉を聞いているのかいないのかアルは興奮を隠せないといった声色でせがんで来た。


「すごいわ! 私でも一ヶ月かかったのに、天才だと思ってたのに! そんな竜巻旋風剣みたことないわ! すごい! もう一回やって!」

「アルも凄いはずだが、セイギは元々練習したのだろう。しかもあれだけすごいんだ相当の気力を込めたんじゃないか? 疲れたはずだ無茶を言うな、なぁセイギ」

「……あぁ、うん」


 また溢れ出してくる力を感じるがセイギはいとも容易く嘘をついた。

 そして背中にいしつぶて程の大きさの何かが当たる感覚がした。まったく痛くはなく、感覚だけだ。


「魔法を弾きましたね、魔力はあるということです、もう一度見せてください」

「……帰ろう?」


 無言で三人に近づき小さな声で抵抗した。


「だったら私たちのところに来ない? アームベアーもいっぱい倒したし一匹百金貨くらい貰えると思うわよ?」

「いえ、消し飛んだので半分の五十金貨ですね、半分は素材代でもありますから」


 即座に反論されていたがアルは名案が浮かんだといったように手を叩き顔を輝かせていた。

 一匹五十金貨か。もう十分だな。別に動物愛護精神などは持っていないし金のためや敵意のあるものを殺すのに躊躇いはないが、わざわざ進んで殺したいとも思わない。


「いや、ごめん、俺は冒険者になる気はあんまりないんだ、人を探している。明日にはたぶんこの街を出ると思う」

「え」


 イースの声が聞こえた気がした。下を向き何かを考えているのだろう。


「明日か、なら今日はいいじゃないか、泊まっていったらどうだ?」

「いや、遠慮するよ。なんだろう、これ以上一緒にいるとさ、出て行く時に決心が鈍りそうな気がするんだ」

「タダよ? ご飯も出すわよ?」

「なんだよそれ、遠慮するよ」


 アルの提案には少し笑ってしまった。金と飯で釣ろうとしているのだろうか。そして二人は寂しそうな顔をしていた。


「二人はこの街の孤児院出身なんです、子供たちにも今日の、英雄のような話をしてくれませんか? きっと喜びます」

「行こう」


 いや、幼女探してるんだ、当然行くわ。

 血で染まっていた花はいつの間にか真っ白に戻っていた。魔法やスキルで抉れた地面にもまた同じ花が咲き何事もなかったかのようになっている。アームベアーもチワワも自分が運ぶと言い譲らないウッディたちと共に一度冒険者ギルドに寄り金を受け取ると孤児院に向かった。ここで見つかればいいのだが。そしてふと思う。見たことがない強さのスキルと魔法、ギルドで人の腕を吹き飛ばしても、モンスターを殺しても感じない罪悪感。俺は俺じゃなくなったのか? と。

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