最強の正義は幼女のためにあり! ~デス・ゲームより幼女~
幼女
第1話 異世界
辺り一面に葉や茎まで真っ白な花が咲き乱れる草原で、背後の街を守るかのように冒険者が、前線には全身を鎧で身を固める騎士たちが陣形を組んでドラゴンと向かい合っていた。
鋭く見たものに恐怖を抱かせそるような眼孔に白銀の鱗、人間の数倍もある大きさのドラゴンが腕を振るうと、騎士たちの鎧がひしゃげ嫌な音を立てながら草原を真っ赤に染め上げる。
騎士団員の誰かがあきらめたような暗い声色で言う。
「無理だ、ドラゴンになんて勝てるわけがない」
その声が聞こえたのか、自らドラゴンの前に立ち剣を振るう騎士団長と思われる男が声を発した。
「我らがあきらめたら誰が街を守る! 恐れるな! 我らの盾は何のためにある防御に集中しろ! 思い出せ、英雄たちの話を、三人でドラゴンを退けた伝説を!」
大盾を構え守りに重点を置いているのだろう騎士たちを、ドラゴンは肉塊に変えていく。そして上を向き喉を膨らませたかと思うと炎を吐いた。
炎に包まれた者は、その瞬間に喉が焼き付くよう感じられたかもしれないが、蒸し焼きにされないだけ幸せなのだろう。炎は鎧が溶けるほど高温で、人間の髪の毛、皮膚、血が焦げる、プラスチックを焼いた時に近い臭いがし、一瞬で人が崩れ落ち消えた。灰すらも残さずに。
悲惨なのは直撃を受けなかった周りに居た騎士だ、肌は季節の過ぎた雪だるまが溶ける光景を思い起こさせる、焼けただれ、熱が冷めたら鎧に張り付く感覚を感じる事だろう。
もし仮に、自分の愛するものが奪われでもしたらあんな殺し方はしないだろう、自分なら鎧だけを徐々に熱して苦痛を味あわせてから殺すのだろう、と。そんな事を、見ている男は思った。
誰がどう見ても騎士団員たちに勝ち目はなかった。ドラゴンの一振で無残にもその命を散らしていく者たちを見ながら、後ろに控えている一つの冒険者パーティだろうか、女が黒髪黒目の男にすがるように近づき、話しかける。
「セイギならなんとかならないの!? ……ごめんなさい、さすがにドラゴンは、無理よね」
最初はもしかしたらとでも思ったのだろう、しかしその声はだんだんと言葉尻が小さくなっていき、目の前で起こっている絶望的な光景を再認識するだけの結果になってしまっただろう。
セイギと呼ばれた男は冷静に、戦況を見守っていた。
「騎士は街を守るのが仕事だろ? あいつ等が死んだら試す。それにあの騎士団長の男……」
セイギが言いかけた時、遠くに見える森から馬車が走ってくるのが見える、他の街からの移住だろうか、タイミングの悪いことに家族連れのようだ。怯えた様子の幼女が父親に抱きついている。
それをドラゴンは感じ取ったのだろう、顔を横に動かし視線が馬車に向く。騎士たちの剣は硬い鱗に阻まれ甲高い音を鳴らしている。
視線が馬車に向いた瞬間その四角から、セイギは一気に間合いを詰めドラゴンの下半身に蹴りを放つ、白銀の鱗が何枚か剥がれ落ちドラゴンは馬車を通り越して遠くの、森よりもはるか遠くの山に吹き飛ばされ、そのまま翼を広げて飛び立っていった。
騎士や冒険者が一瞬固まる、何が起こったのか理解が追いつかない、といった表情で目を見開き、口はだらしなく半開きになっていた。しかし何人かが呟くように小さな声が漏れる。
「ありえない、奇跡が起こったのか?」
「大……英雄?」
その後、セイギはドラゴンの飛び立った方に向け吠える。
「幼女に手出しするんじゃねー!」
セイギはイエスロリータ、ノータッチを信条とするロリコンだった。そしてその叫びは騎士や冒険者たちの歓喜の声によりかき消された。
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セイギは目を覚ました。見知らぬ天井を目にし寝返りを打つ、手に伝わるザラザラとした感触に不快感を覚えながらまた目を閉じる。
うん、これは夢だ。セイギはそう思った。
まぶたを閉じるとまったく知らない幼女が二人、こちらを覗き込むように微笑んでいる姿が見える。これがきっとまぶたに焼き付くと言うことなのだろう。
いやいやいやいや待って欲しい、まったく知らない子だよ! 可愛いよ、まったく知らないけど可愛い子だよ! 何だよこれ、もしかして俺は夢遊病だったのか? それで知らない人の家に? ……え? もしかしてさ、部屋の中に鎖に繋がれた幼女とかいたりするの?
セイギは恐る恐る目を開けて壁を見る、また寝返りを打ち、部屋の中を確認することにした。
右に頭を向けると、木で出来た簡素なテーブルと椅子、それとドアがあった。かなり狭い部屋だ。
左を見ると壁と窓がある。すべて木を素材として使っており、ログハウスのなかにいるようにセイギには思えた。
うん一人だ、どうやら幼女監禁とかはしてないらしい。しかしこのベットを触った質感や思考のクリアさ、感覚からすると夢ではない気がする。
藁の上に麻の布を敷いただけの簡素なベットの上で眠っていたせいか、背中をさすりながら身を起こした所で、腰に付いている麻袋に違和感を覚えた。
「そもそも服が違うし!」
思わず声に出してしまうくらい驚いた。
え? 確か昨日は普通に自分の家で寝てたよね? パジャマは? 誰かに着替えさせられたの!? 監禁されてるの俺じゃねーのか!? やばいやばい夢遊病とか言ってる場合じゃねー! 逃げよう!
窓にある窪みに手をかけ押す、開かない。引く、開かない。
監禁されてるぅううううううう!
ベットから立ち上がり急いでドアに向かう。
開け……開かない! 開かない! あぁどうしようどうしよう………………。
涙目になり頭を抱えてしばらく考えた。そしてドアノブを見て気がついた。
「鍵、かかってんじゃん」
鍵を回すとすんなりとドアが開き、セイギは脱出に成功した。
あー、これたぶん監禁されてねーな。そもそも俺みたいなブサイク監禁してなんになるって話だよな。なんだろう誰かが助けてくれた的な? いや家で寝てからの記憶がないわけだから意味わからんな。
冷静になり何かほんの少し違和感を感じた。
他の部屋は七つあり、下へと続く階段をすぐに見つけた。階段からは木のきしむ音がし降りきる頃に一人の若い女と目があう。カウンター席だろうか、複数の椅子の前に長いテーブルがあり、その上に突っ伏した格好で顔だけこちらを見ている。
「あ、イケメンさん。もうすぐお昼ですよ。……あれ昨日泊まりましたっけ? こんなにイケメンなのに顔を覚えていないんですが、不思議ですね」
それは聞いたことのない言語だった、しかしなぜかセイギにはその言葉がわかる。そして母国語のように耳にすんなりと馴染むその言葉に違和感は感じない。なぜここにいるのか、敵意を感じない言葉にも疑問だ。ただ女性にイケメンと言われた記憶は近所に住んでいるおばさんくらいにしか言われたことはなかった。
イケメンじゃない、確かに特徴的な顔をしていると理解はしている。ヒキガエルより醜い顔をしているだろう。神様がいたとしたらきっと俺は失敗作だ、すべての業を背負わされて生まれてきたような気さえする。
「は? あの何言ってるんですか?」
「はい?」
この人は何を言っているんだろうか、あ、お世辞か。自己解決したわ、納得した。それよりここはどこなんだ?
「えーっと、ここどこですかね?」
一階にはいくつかのテーブルと椅子があり、食堂か酒場でもやっているように見える。
周りを見渡しながら困惑した表情のセイギに女は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました! ここはチアイの国で最も栄えている宿屋アーンド酒場! 招き猫屋です! なぜ最も栄えていると断言するかですか? それは! 目の前に! 冒険者ギルドがあるからです! この立地! そしてこの看板娘であるかわゆい私!」
「あ、ちょっと顔洗ってきていいですか?」
ちょっと何言ってるかわからない、状況もわからない、きっと頭のおかしい人だ。
「こっちですよー」
女のいるカウンター裏を指され移動した。今までの場所と区切ってある部屋に行くとそこにはどこから持ってきたのだろうか桶に水が溜まっている。
え? 蛇口ないの? 汚い! それにやっぱり監禁されてるとかではない気がする。というかここどこって質問おかしかったな、記憶喪失みたいな質問して不審がられなかっただけましか、俺のことを知らないみたいだったし。呑気な人で良かった。記憶喪失……か。
顔を洗うことも、歯を磨くこともあきらめたが、水面に映る自分の顔を見てあることに気がついた。顔が違っていたのだ。
「ふぁ!?」
見慣れていた顔とあまりにも違うため、一度素っ頓狂な声を上げた。水面に映る顔も驚いたような顔をしている。手で自分の頬を触ると水面に映る顔も頬を触った。
これが……俺!? 目も鼻も口も輪郭も違う、スカした泣きぼくろ、そしてなにより髪がある! ……イケメンだ。さっき感じた違和感、もしかして。
セイギは水面を覗き込むのをやめ、姿勢を正した。
背が高い! これが高身長の見る世界か! こんなに風景が違うなんて。
手で顔を覆い隠した、そして気がつく。
それに口からはフルーティな良い匂い。まさか!
脇に顔を近づけ臭いを嗅いだ。
ワキガもしない……。
「う、うぅ」
泣いた。顔をくしゃくしゃにして泣いた。頬を伝う一筋の涙が床に落ちた頃、女の声が聞こえる。
「イケメンさーん、いつまで顔洗ってるんですかー? 冒険者になりに来たんじゃないんですかー? 働きに行かなくていいんですかー?」
セイギは頭を振り、一度冷静に考える事にした。自らの記憶を思い出そうと。
確か寝る前は、あ……れ? 寝る前の記憶も確かにある、けどなんだろう、他の、人の記憶?
頭の中には九十七人の記憶と自分の記憶。その時なにを感じたのか、感情まではわからなかったが人生が、その人物一人一人の辿った結末までわかる。そして一人だけモヤがかかったように思い出せない、確かに存在した人、しかし何度試してみても、思い出せなかった。
この人の記憶とまぶたに焼き付いた幼女の顔、関係があるのかもしれない。……探してみるか。俺は……だれなんだろう、俺、なんだよな?
少しの恐怖と気持ち悪さは感じたが、このままでは何も進まないと思った。知らない場所、知らない言語、知らない顔、おそらく先ほどの女も自分のことは知らないだろう。なら探すしかない。
もしかしたら俺は、生まれ変わったのかもしれない。チビデブハゲ、不登校の最終学歴ほぼホイ卒、オタクロリコンニートだった俺とは決別しよう。コンビニに出かけるだけの生活は終わりだ。
セイギは女の元へ行くとお礼を言った。
「ありがとうございます」
「――? どういたしまして。宿代は金貨一枚になります」
「……」
金、持ってない。 ん? 金貨?
「その腰に下げているものは飾りですか? もしかして手持ちが足りないですか? なら体でも売りますか?」
女の目は本気だった。このイケメンはいくらで売れるだろうかという目をしていた。
イケメンって大変なんだな。元の顔ならボコボコに殴られるだけですんだ気がする。
腰に下げている袋に手をいれると。一枚掴み取って取り出す。金貨だった。それを女に手渡すと満足した表情をしている。これが本物の金貨なのだろう。
宿代を払って街へと続くドアに手をかけた。
「行ってきます」
そしてドアを勢いよく開け旅立つ。
真夏のような外の熱気がセイギの体を覆った、最初に目に入って来たのはレンガ作りの大きく立派な建物。入口は大きく、解放されっぱなしだ。その上にある看板は見たことのない文字で冒険者ギルドと書かれており、中には屈強そうな上半身裸の男や魔法使い風のローブを羽織った女などがいた。冒険者ギルドの横には武器屋と書かれた建物があり刃物を持った者がほとんどだ。
セイギのいる場所と冒険者ギルドの間には、踏みならされた砂の地面があり、その上を馬が馬車を引き、行き交っている。所々には露店だろうか、苺を膨らませたように見える赤い果物らしき物を売っている人たちもいた。もちろん露店商人も立派な刃物を携えている。
「……」
セイギは勢いよく開けたドアをゆっくりと閉めた。
群馬か!? え? ここ何処? 銃刀法違反は? これもしかして日本じゃない? 違う世界的な? 俺、トラックに轢かれてないよ? 寝てただけだよ? ゲームは? 漫画は? アニメは?
ネットもねぇ! テレビもねぇ! そんな人生つまんねぇ!
「行かないんですか?」
女の半開きの目は早く働けよ、とでも言いたげな冷たい目線だった、だが耐える……、耐える、耐える、耐える。
セイギは引きこもりではなかった、だがこんなに引きこもりたいと思ったのは初めてだった。
いや待てよ? 何とかの国だったか、もしかしたら俺が知らないだけかもしれない、もしかしたら、魔女風のコスプレイヤーかもしれない。例えばアメリカ人なら銃くらい持っていても不思議じゃない。
冷静になろう。言葉が違うかも知れない、文字が違うかも知れない、俺の外見が変わってるかもしれない。そうつまりだ、寝ている間に整形されて脳内をいじられて、海外に売り飛ばされた。これか? これだな! もしくは群馬県だ。
「行ってきます」
セイギは意を決して、自分を騙して一歩を踏み出した。ポケットに手を突っ込んで歩く。
あぁ、愛用のオナホもない。
もちろんポケットに持ち歩いていたわけではないが、自分の部屋を少しだけ思い出し、浸った。
そして冒険者ギルド……を通り越して裏路地の方向へ進む。
一泊で金貨一枚、俺のもっていた袋には後二枚の金貨がある。これは大事に使わなければ。
セイギには見えていた、冒険者ギルドの西に位置する看板が。その看板には幼女の休息所と書かれていた、近づくにつれいかがわしそうな感じがヒシヒシと伝わってくる。目的地にたどり着いたセイギは意を決して入口に入りすぐそばに待機しているのお姉さんに声をかけた。
大丈夫、もうヒキガエル以下の顔じゃない。
「あ、あのー」
お姉さんは足の先から頭の上まで確認するようにセイギを観察した。
「二十歳以下は立ち入り禁止だよ?」
なんでそこは守られてんだよ!
「あ、いやその、入れなくてもいいんですけど、ここのお店ってその、幼女とか働いてるんですか?」
「いや? 幼女に見せかけた女が働いてるんだよ」
「そ、そうですか、ちょっと気になって」
「でもそうね、あなたくらいのイケメンならお姉さんが相手してあげても――」
「いえ、結構です」
十二を超えた女に興味はない。
ここは幼女が苦しんでる場所じゃなかった。よかった。だがあてもないし、冒険者ギルド行ってみるか。幼女を探すのだって金がいるし、どこにいるかもわからない。情報が足りない。
セイギは冒険者ギルドへと足を踏み入れた。すでに依頼へと出かけているのだろう昼間だからかあまり多くの人はいない。酒場としてもやっているようで飲んだくれている者もいる。奥には依頼が張り出されているであろう掲示板、その横にはカウンターがあり男の受付と受付嬢らしき者がいた。
さっきいた宿屋、儲かってんのか? ギルドで酒が飲めるなら誰も行かないような気がする。正直ボッタくられた気がする。この金貨の価値もわからない。さて、これからどうしようか。
テーブルを横切り依頼が張り出されているであろう掲示板へと歩を進める。木の板に釘で紙が貼り付けられており、薬草採取、モンスターの討伐、荷運び護衛。さまざまな依頼があり報酬金が書かれていた。
薬草採取で金貨一枚!? めっちゃイージーやんけ、草千切るだけで日給稼げるのか! よし、最初はこれだな、これを受付嬢さんに持っていけば依頼が受けられるのだろうか。いや違うな、その前にまずは冒険者登録だ。オタクはゲーム知識だけはあるんだ。
そうゲームのようなアニメのような二次元のような、金髪やピンク色の髪をした人物などが多数いる。
これが中世ヨーロッパというものなんだな。
セイギに中世ヨーロッパという知識はない、もちろん働く大変さも知らない。
セイギは、書類になにかを書き込んでいる受付嬢の元へ向かった。男性受付は素通りだ。
「あの、初めてなんですけど」
「あ、ハイ」
受付嬢は書類から顔を上げ横にいる男性受付をチラッと見た。暇そうにしている男性を見て少しだけ首を傾げているように見える。
いや、良いじゃん別に。せっかくイケメンになったんだから女の人と話してみたいんだよ。
「それでえっと、どうしたらいいんですか? 田舎から冒険者に憧れて来たんですけど」
ここに来た記憶がない、などとは言わない、絶対に不審がられるだろうと思ってだ。
「えっと、そ、そうですか、ではまずこの測定器に手をかざしてください。このメーターの上がり具合によって今の気力と魔力がどれほどのものかわかるはずです」
そう言って、銀のお皿に二本古い体温計のようなものが刺さっている物を取り出し、カウンター上に置いた。
気力、魔力、どちらもゲームなどでしか聞いたことはない、やはりここは異世界のようなものなのだろうか、とセイギは思った。黙ってそれに手をかざすと、メーターが跳ね上がり徐々に赤く染まっていき最後には爆発した。
「「えぇ!?」」
セイギは驚き手を引っ込める。受付嬢は体を仰け反らせて座っている椅子から転げ落ちた。他の冒険者から視線を受けつつ声をかけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あわわわわ、す、すいません、今予備を出しますから。すいませんすいません」
痛みは感じていないのか慌てた様子で新しいお皿みたいなものと体温計みたいなものを取り出し、差し込んでいる。そしてまた差し出された。
「すいませんもう一度、お、お願いします」
受付嬢さんの言葉にセイギは再度お皿に手をかざし、そして爆発した。
「あの……」
セイギの困惑した表情と言葉に受付嬢は隣にいる男性の受付に視線を送ったようだが無視されていた。一度俯いてからぶつぶつとなにか呟いた。
「確かにメーターは一度上がったはず、見間違い?」
それから顔を上げてセイギを見てニッコリと微笑んだ。
「…………次は職業ですね。えっと、たぶんなんでもなれます、選んでください」
そう言い、なにやら書いてある紙を差し出してきた。
そこには職業なのだろう。ソードマン、ナイト、アーチャー、スカウト、ウィッチ、などが書いてあったが、セイギの目に止まったのはモンスターテイマーだった。
これはまさかモンスターを使役できるのでは? これで幼女が探しやすくなる!
「テイマーでお願いします!」
後ろの方から他の冒険者たちの笑いをこらえるような声が聞こえた気がした。
「うぇ!? は、はいではその、冒険者カードに記入します」
あたふたと忙しなく動き受付嬢から茶色のカードを手渡された。
「これをおでこに当ててテイマーになると願ってください、それで、なんか神様との契約ができるみたいです」
神様ね、そんなものはいない。そう考えつつも言われた通りにすると脳内に何かが流れ込んでくるような感覚がした。スキル、テイム、それは己よりはるかに劣るモンスターを使役する力。そして気力と魔力の存在を認識した時から体から力がみなぎって来ている気がする。
なるほどな。
そして後ろから笑い声が聞こえた。
「ぶひゃひゃひゃひゃ、こいつ本当にテイマーになりやがったぜ。新人受付が新人を、ぶひゃひゃひゃひゃ」
受付嬢さん新人だったの!?
振り返ると服の上からでもわかる筋肉隆々の男がこちらを指差して笑っている。ハゲ頭に昔モンスターにやられたのか大きな傷があった。その男は椅子から立ち上がると二人の取り巻きを連れ、近づいてくる。取り巻きの二人が銀色の冒険者カードをかざしニヤニヤと笑っているのが見える。
「先輩冒険者が指導してやるよ、いけ好かない顔だなぁおい。まずはその顔を苦痛に歪ませてやる。お前はこれから、冒険者だ」
男は指をバキバキと鳴らしなおも距離を詰めてきていた。
冒険者は守ってもらえない的な意味だろうか、確かに指導してもらえた。しかしなぜだろうかまったく恐怖を感じない、昔なら足が震えて逃げることすら出来なかったのに。というかイケメンってだけで殴られるのだろうか。イケメン、なんか思ってたのと違う。
男は手の届く距離で足を止め、拳を握りいきなりセイギに殴りかかった。力を込めているのだろう口からは声が漏れている。
「う……おぉ……お……りぃ……やぁ……あ……ああ」
え? 遅い?
前の体でも相手の振りかぶる予備動作から動きをある程度察し、顔を背けることや手で顔を守ることくらいはできただろうが、あきらかに違った。殴られることに集中すると相手がひどく遅く感じられたのだ。思考が出来るほどに。
腰に下げている剣を使わないところを見ると恐らく命までは取らない気なのだろう。
人は顔に近づく物を認識したとき無意識に目を閉じガードするために手で覆うらしい、もちろんそれが速ければ。
しかしセイギにはその動きがひどく遅く感じられた。リーチ差があった、それゆえに十分に拳を引きつけ、当たる寸前に左手を相手の二の腕に向かって振り抜いた。
骨が折れる音がしたかと思うとすぐに吹き飛んだ腕が壁に叩きつけられ床に落ちる音がした。
「あん? あぁああああああああああああ!」
男は一度唖然とし、自らの腕のあった場所、そこから付け根へと視線を動かした後に起きたことを理解したのだろう、血が流れ落ちる腕を抑えてうずくまる。男の下には血だまりができていた。
軽く殴っただけですごい力だ。これが気力なり魔力なりといったものなのだろうか。やはりここは違う世界なのかもしれない。
「これくらいで勘弁してやるよ先輩」
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