学園で発生した殺人事件を料理の天才ペンギンが解決する笑える青春ミステリー

沢田和早

第1話 パゴ助、絶体絶命!

 パゴすけは立ち尽くしていた。

 己の前に置かれたまな板、その上に横たわる茶褐色の魚、いや、これは魚と呼べるのだろうか、蛇のように細長く体表には鱗がない。故郷のガラパゴス諸島では一度も見たことのない生き物だった。


「ふふふ、面食らっているようですわね」


 戸惑うパゴ助を馬鹿にするように1羽のエンペラーペンギンの声が部室に響く。南極お料理クラブ部長のペラ(人間換算17才)だ。

 ガラパゴスペンギンとは一味違う麗しい声を聞かされ、パゴ助は頭を上げると、今、己が立たされている部屋をグルリと見回した。広い。生徒が使用する部室とは思えぬほどの広さだ。普段授業を受けている教室の4倍はあるだろう。

 その中央に厨房が設置され、その周囲を取り巻くように約50羽のセーラー服姿のペンギンたち――これはきっと部員なのだろう――がパゴ助の一挙手一投足に熱い視線を注いでいる。


「パゴ助さん、早く調理を開始したほうが良いのではなくて。制限時間を1秒でも過ぎれば入部は認められないことをお忘れなく」


 ペラ美の声で我に返るパゴ助。そうだ、今はこの魚の調理に全神経を集中させなくてはならないのだ。


「とにかくやってみよう。魚ならいつも通りにさばけば問題ないはず」


 パゴ助は鞄から包丁を取り出した。故郷から持参した愛用の包丁だ。柄の部分は筒状になっている。それをくちばしにはめ込む。ペンギンの手はヒレ、包丁は握れても細かい動きはできない。ペンギン用に作られた特別製の器具を使い、頭の動きによって調理をするのだ。


「ペーン、ペペーンのペーン!」


 小気味よい掛け声を発しながら魚を捌いていくパゴ助。その見事さに圧倒されたのか、ペラ美の横に立っているアデリーペンギンの口から感嘆の声が漏れた。


「こ、この手際の良さ、なんて素晴らしい……」

「あら、この程度で感心なさっているの。あなた、まだまだ修行が足りないのではないですか、デリ子さん」

「も、申し訳ありません。ペラ美様」


 南極お料理クラブ副部長のデリ子(人間換算17才)は深々と頭を下げた。

 アデリーペンギンでありながら副部長を務めているのは卓越した味覚を買われてのことである。もちろん料理の腕もそれなりにある。が、デリ子は一目でわかった。自分の腕などパゴ助に比べればママゴト遊びに過ぎぬのだ、と。


 ――大丈夫、いける。おいら、絶対に合格してやるんだ。


 魚を捌くパゴ助の脳裏に浮かぶのは1年前の劇的な出会いだった。


 * * *


 ガラパゴス諸島最大の島、イザベラ島にある小料理屋、それがパゴ助の実家だ。両親と1才年下の妹との4羽で観光客を相手に忙しく働く日々。

 メイン料理は地元魚介類をふんだんに使った海鮮料理。物心ついた時から父親にみっちりと仕込まれたおかげで、人間換算12才になる頃には、パゴ助の料理の腕は三ツ星和風料亭の板前と引けをとらないほど上達していた。


 そんなある日、日本から団体の観光客(人間)が訪れた。普段通り、刺身を主体にした料理を出すパゴ助。


「はあ~、これは美味しいどすなあ。こんな僻地でこんなええもんを味わえるとは、思いもしませんでしたわ」

「オソレイリマス、マダム」


 ちなみにこの頃のパゴ助はスペイン語を喋っている。カタカナはスペイン語だと考えていただきたい。通訳を介して会話しているのだ。


「これだけの腕がおありなら日本のペングィン学園に入学してみてはいかがどすか。なんなら紹介状を書いてあげてもかましまへんどすえ」


 私立ペングィン学園は日本の京都にあるペンギン専門の教育機関である。人間とペンギンが仲良く社会生活を営むために、350年前に時の南極大陸帝国皇帝であるエンペラー・ペンペンによって創立された。どうして日本の京都に作られたかというと、エンペラー・ペンペンは京料理が大好きだったからである。


「オ、オイラガ、ペングィンガクエンニ!」


 思ってもみなかった申し出に度肝を抜かれるパゴ助。どうせ観光客の気紛れに過ぎないと適当に返事をしておいたのだが、後日、日本から入学案内だの、日本語学習セットだの、入試対策万全シリーズ書籍などが宅配便で送られてきたので、パゴ助はすっかりその気になってしまい、それから必死に受験勉強と日本語習得に取り組んだおかげで、無事入学試験に合格。しかも特待生で入学金と授業料は免除。晴れて名門ペングィン学園の新入生となったのである。


 ――ふっ、さすがは副学園長が目を付けたペンギンだけのことはありますわね。


 胸の内でつぶやくペラ美。何を隠そうあの時の親切で世話焼きな観光客は副学園長だったのだ。ペングィン学園は基本的に一般的な高校と同じカリキュラムであるが、専門科が異常なまでに充実しており、専門課程の在籍生徒数は普通課程の10倍である。

 中でも料理関係はペングィン学園が最も力を入れている部門であり、古今東西の料理界に優秀なペンギンを輩出し続けている。そのため学園関係者は毎日世界を飛び回って優秀なペンギンのスカウトに励んでいるのだ。


 ――さりとて魚を捌くくらい、他のペンギンでもできること。ここからが見ものですわ、ふふふ。


 胸の内で密かにほくそ笑むペラ美。その笑い声が聞こえたかのように、パゴ助の動きがピタリと止まった。捌き終わった魚を凝視したまま、パゴ助の嘴包丁は微動だにしない。


「こ、この魚、小骨が多すぎる……」


 与えられた課題はお造り。しかし開き終わった白身の肉にはギッチリと骨が並んでいる。このままではとてもお造りとして出せない。かといって一本一本小骨を抜いていては時間切れになってしまう。


「ど、どうしよう。こんな魚でお造りなんて……」

「おーほっほっほ。万策尽きたようですわね。所詮はガラパゴスペンギン。いくら特待生だと言っても、この南極お料理クラブの敷居は高すぎたのですわ。おーほっほっほ」


 勝ち誇ったように高笑いするペラ美。その横で副部長のデリ子は眉をひそめていた。


 ――やはりペラ美様は最初からパゴ助君を入部させる気はなかったのだわ。


 デリ子は部室を見回した。部員は全てエンペラーペンギンとアデリーペンギン。南極に生息するペンギンだけである。以前は様々な種類のペンギンが在籍していたが、南極至上主義のペラ美が部長になるや、この2種類以外のペンギンは全て追い出されてしまった。そんなペラ美のやり方にデリ子は以前から胸を痛めていたのだ。堪らず口を出す。


「ペラ美様、どうして今回だけ入部試験の食材にハモを使ったのですか。いつもはアジやサバなのに、よりによってあんな魚を。ハモを完璧に調理できる部員など3年生の中にだっているかどうか……」

「お黙りなさい。伝統ある南極お料理クラブにガラパゴスの生暖かい風を吹かせたいのですか。私に任せておけばよろしいのです」

「……わかりました」


 副部長と言っても口答えはできない。ペラ美は他の生徒とは違うのだ。そうこうしているうちに制限時間は刻々と迫ってくる。絶体絶命のパゴ助に活路はあるのか!

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