第4話 爆誕! 料理探偵パゴ助!

 パゴ助の提案を受け入れて部室へ移動する4羽。中へ入るとパゴ助は食器棚へと直行した。


「ちょっとパゴ助君、何をするつもりなの。そこは高価な銀食器ばかりを置いてあるのよ。軽々しく近寄らないで」

「だからいいんだよ。ええっと……うん、これがいいや」


 パゴ助は厚手の銀プレートを2枚取り出した。心配顔のデリ子を尻目にそれを調理台の上に置き、薄く切ったマグロの切り身を銀のプレートで挟む。


「パゴ助君、それは何の真似?」

「解凍だよ。銀は熱伝導率が高いからね。こうしてマグロに接触させれば、冷たさもどんどん逃げていくんだ」


 その間にパゴ助はトマトや玉ねぎなどの野菜を切り、オリーブオイル、チーズ、塩コショウなどでドレッシングを作っている。どうやらマグロのサラダを作るつもりのようだ。


「さて、いい具合に柔らかくなってくれたかな」


 銀プレートに乗せたマグロは、先程まで凍っていたとは思えないほどくにゃりと曲がる。あっという間の解凍だ。それを切り分け、器に盛り、ドレッシングとレモン汁をかけて食卓に置く。


「パゴ助流マグロのサラダです。ご賞味あれ」


 フォークを手にして食べ始める3羽。その顔は一気に至福の表情へと変わる。無言だ。誰も何も言わない。天上に登るが如き美味の前では、誰であろうと沈黙してしまうのだ。


「うっうっ……」


 ルト代の様子が変だ。嗚咽しながら涙を流している。


「こんなものを食べさせられては本当のことを話さないわけにはいきません。そうです。ゲンさんをトボガンに乗せたのは私です」

「ええっ、な、何よ、いきなり自白!」


 驚くペラ美。その時、部室の入り口から野太い声が聞こえてきた。


「見事じゃ、パゴ助君。これぞ天才的料理ペンギンのみが為せる業!」

「が、学園長!」


 立っていたのは学園長だ。つかつかと食卓に歩み寄ると、まだ手を付けていないパゴ助のサラダを口にした。


「もぐもぐ……うむ、全てはモニターで見ておった。マグロも素晴らしいが特筆すべきはこのドレッシング。アボカドを使っておるな」

「はい。ルト代さんはペルー沖のフンボルト海流育ちのペンギン。そこはアボカドの原産地メキシコに近い場所。きっとこの味に親しんできたはずだと思ったのです」

「パゴ助君の言う通りです。おばあちゃんが作ってくれたお魚とアボカドのなます。小さい頃は毎日のように食べていました。久しく忘れていたこの味が、純朴で正直な幼い頃の私に引き戻してくれたの。ありがとうパゴ助君。全てをお話しします」

「こ、これがパゴ助君の料理の神髄なのね!」


 デリ子は悟った。パゴ助の料理は腹を満足させるのではない。心を満足させるのだ。対象者の中に宿る味と心の関連性を一瞬で読み取り、それに見合った至高の料理を作る。前回はオキアミで部員全員を感動させ、今回はアボカドによってルト代の心を撃ち抜き、遂に自白へと追い込んだのである。


「常人には決して真似できない天才のみが為し得る神業だわ。パゴ助君、なんて恐ろしいペンギンなの」


 デリ子の肝胆を寒からしめたパゴ助の料理。しかしペラ美はいつもと変わらない。高圧的な態度でルト代に臨む。


「ようやく喋る気になったようね、ルト代さん。では南極お料理クラブの評判を落とすために今回の事件を起こしたことを認めるのね」

「いいえ、ペラ美様。それは違います。私は単純に高級マグロをお腹いっぱい食べたかっただけなのです。入部を希望したのも高級マグロを食べたかったから。だって私のような貧乏暮らしでは高級マグロなんて決して口にはできないもの。ゲンさんがマグロを1匹運び込むという情報を得た時、チャンスは今日しかないと思ったの。ゲンさんはトボガンの存在すら知らなかった。廊下を歩くゲンさんに『こんな便利なモノがあるんです』と教えてあげた。そして体の大きなゲンさんはひとりでしか乗れないから、マグロは体の小さな私が運んであげると言ってマグロと一緒にトボガンに乗り込んだの。動き出すと私はすぐに嘴を突き刺した。美味しかった。凍っていても美味しかった」


 ルト代の表情は歓喜に満ちていた。高級マグロを口にできたのが余程嬉しかったのだろう。そんなルト代をペラ美は軽蔑の眼差しで眺めている。


「だからと言ってゲンさんの命を奪う必要はなかったのではなくて。あなた、やり過ぎですわ」

「違います。ブレーキを壊したのは私じゃありません。お腹を割いたのも私じゃない。私はただゲンさんとマグロを引き離しただけ」

「この期に及んで見苦しい嘘はおよしなさい」

「嘘じゃありません。本当です」

「ここまで来てまだシラを切るつもりなのね。デリ子さん、彼女を縛り上げなさい。それからすぐに身体検査を……」

「ちょっと待って、ペラ美さん」


 パゴ助にはわかっていた。ルト代が嘘をついてはいないことを。あの料理を食べて嘘をつけるはずがないことを。

 前回のハモ料理の時、ペラ美は本心を明かそうとしなかった。ペラ美だけでなく部員全員の心に響く料理だったからだ。しかし今回は違う。作ったのはルト代だけに捧げられた一品。これを食べて嘘などつけるはずがない。

 パゴ助は注意深くルト代を観察した。セーラー服のポケットが妙に膨らんでいる。


「ねえ、ルト代さん。まだ他においらたちに隠していることはない? どんな些細なことでもいいから話してくれないかな」


 パゴ助の言葉を聞いたルト代はポケットに右ひれを入れた。


「あ、はい。実はマグロに嘴を突き刺した時、こんな物が出てきたの」


 そう言ってポケットから出てきたのは大粒の黒真珠だった。かなり大きい。それを見た瞬間、ペラ美の目付きが変わった。


「ルト代さん、それ、もっと近くで見せていただけないかしら」


 ペラ美がルト代に歩み寄り、ひれを差し出す。そのひれに黒真珠を乗せようとした時、パゴ助が大声を張り上げた。


「駄目だ、渡しちゃいけない。みんな、ペラ美さんから離れるんだ」


 誰もが息を飲んだ。新入生で仮入部中の新米ペンギンの言葉とは思えなかった。


「パゴ助さん、なんて口の利き方なの。あなた、自分の立場を忘れてはいなくて。学園長の孫にして南極お料理クラブの部長であるこの私に向かってそんな言葉を吐いて、ただで済むと思っているの」

「あんたが本当にペラ美さんならただじゃ済まないだろうね。でも違う。あんたはペラ美さんじゃない。偽物だ。気付かないとでも思っているのかい。息絶えたゲンさんの横に立つあんたに近付いた時、その嘴からはオキアミの香りはしなかった。代わりに漂ってきたのはマグロの血の匂い。いくら食いしん坊だと言っても、ほんの数十分前においら謹製のご馳走を食べたばかりのあんたがマグロを口にするはずがない。つまりあんたはペラ美さんじゃない。どこかで入れ替わったんだ。そしてマグロの腹を割いたのもあんただ。嘴ナイフを使ったからマグロの血の匂いがした。その動機はわからなかったけど、今、ようやくわかった。大粒の黒真珠、それがあんたの狙いだったんだ」

「まさか、そんな……」


 絶句する学園長。誰もが驚いていた。パゴ助の言葉が真実だとは思えなかった。が、ペラ美の口元に不敵な笑みが浮かんだ時、それは確信に変わった。


「よく見抜いたな。そうだ、オレはペラ美じゃねえ。稀代の大怪盗、キング・ペンペン様よ」


 ペラ美の体からセーラー服が吹き飛んだ。その下から現れたのは黒マントと仮面を着けた1羽のキングペンギンだ。


「アメリカのとある大富豪から黒真珠を盗み出したまではいいが、隠し所に困ってな。うまい具合にカリフォルニア沖で漁をしているマグロ漁船に出会ったので、発信機と一緒にマグロの腹へ隠したのさ。その後、急いで築地へ向かったものの、一足違いで京都の魚屋にセリ落とされちまった。譲ってくれと交渉したが頑として首を縦に振らねえ。しかも直接京都の学園へ運び込むと言う。そこで一計を案じたのさ。トボガンのブレーキを壊して事故を起こし、気を失っている間に黒真珠を奪おうとな。そうさ、殺すつもりなんてなかったんだ。まあ、あれは魚屋の運が悪かったのさ」

「ところがとんだ邪魔者が入ってしまったというわけか」

「そうさ。本来なら生徒に化けたオレが魚屋をトボガンに乗せる予定だった。ところがこの姉ちゃんがしゃしゃり出てきて、おまけに黒真珠を奪いやがった。さすがに焦ったね。まあ、それでもこうして手にできたんだから結果オーライだ。さて長話はこれくらいにしてお暇するか。兄ちゃん、マグロのサラダ、美味かったぜ」

「ま、待て!」


 パゴ助がキング・ペンペンに飛びかかろうとした瞬間、大きな爆発音が起こった。真っ白な煙に包まれる部室。


「出入り口を固めるのじゃ。ここは5階、窓からは逃げられぬ」


 学園長の声が響く。同時に大きなファンの音が鳴り始める。デリ子が超強力モードで換気扇を回したのだ。


「晴れてきたわ」


 さすが南極お料理クラブの換気扇。部室に垂れ込めていた煙はたちまち排出されてしまった。が、


「い、いない!」


 キング・ペンペンの姿が見当たらない。慌てて窓に移動する4羽。その目に映ったのは、青空の中、綱をつけた無数のトウゾクカモメに運ばれていく1羽のキングペンギンだった。


「黒真珠は返してもらったぜ。またな~」


 トウゾクカモメに作らせた綱のブランコは、目玉を親爺に持つ妖怪の男子が使うカラスの乗り物にそっくりだ。きっと真似したのだろう。


「うむむむ、キング・ペンペン。許せぬ」


 遠ざかるトウゾクカモメの群れを睨み付けながら、学園長が唸り声を上げている。ここまで学園内をかき回されたのだから怒りも当然だ。


「我が学園の創始者であるエンペラー・ペンペン皇帝と同じ名を持つとは許しがたい」


 えっ、怒りの矛先はそっちなの、とツッコミたくなる3羽であったが、相手が学園長なので当然我慢である。


「みんな、大丈夫? ケガはない」


 パゴ助の問い掛けに頷くデリ子とルト代。ただルト代の表情は冴えない。どさくさに紛れて黒真珠を取られてしまったからだ。


「ごめんなさい。私が黒真珠のことを言い出さなければこんなことには……」

「それは仕方ないよ。あんなに執念深いヤツなんだ。持っていればずっと付きまとわれただろうし、これでよかったんだよ」


 パゴ助に慰められてルト代の顔はすぐに明るくなる。マグロサラダの効果はまだ残っているようだ。


「これにて一件落着じゃな。はっはっは」


 高笑いする学園長。3羽の顔にもようやく笑顔が戻ってきた。


 すっかり忘れられてしまったペラ美は、その後、家庭科室の備品置き場から見つかった。部室を出た後、搬入されたマグロを確認するために家庭科室に向かっている途中で、自分と同じ格好をしたキング・ペンペンがマグロの腹を割いて何か探している場面に遭遇し、叫び声を上げる間もなく縛り上げられて備品置き場に放り込まれたのだ。

 ゲンさんをトボガンに乗せたルト代は警察の取り調べを受けたが説教だけで放免された。学園の品位をこれ以上落としたくないという学園長の意向を受けてのものだった。


 * * *


「今回は本当にご迷惑をお掛けしました」


 月曜日の放課後、南極お料理クラブの部員を前にしてルト代は深々と頭を下げた。ペラ美は部員一同を見回した後、いつも通りの女王様気取りで返答する。


「まあ、いいですわ。あなたが何もしなくても事件は起きていたのですし、マグロが少々傷ついただけで済んだのですから。それよりもお料理の腕前、もっと頑張って上達なさい。今のままでは何百回試験を受けても決して合格しませんことよ」

「あ、はい。一層の精進に励みたいと思います」

「ルト代さん、よかったらおいらと一緒に料理の練習をしないかい。魚介類以外の素材はあんまり使ったことないから色々試してみたいんだ。ここには沢山食材があるからね」

「クラブの食材を使用した場合は、材料費を払っていただきますからね。お忘れなく」


 デリ子の一言で一気に意気消沈するパゴ助。それでもその表情は明るい。そしてペラ美を除く部員の誰もがパゴ助の入部を喜んでいた。デリ子もルト代も学園長も。


「うむうむ、これでこそ若者、これでこそ青春じゃ。パゴ助君、君の料理は底知れぬ力を秘めておる。ペンギンを、人を、そしてこの世を変える力さえある。善に使うか悪に使うか、それによって君は神にも悪魔にもなるのじゃ。くれぐれも道を踏み外さぬようにな」


 パゴ助はまだ知らなかった。これは単なる始まりに過ぎないことを。料理探偵……後にそう呼ばれることになる料理の天才パゴ助の、これが最初の事件となったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学園で発生した殺人事件を料理の天才ペンギンが解決する笑える青春ミステリー 沢田和早 @123456789

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ