僕とクリスマス

よろしくま・ぺこり

僕とクリスマス

 赤い、バランスボールが落ちているのかと思った。


 僕は正月に行われるマラソン大会のために、夜のジョギングとかこつけていた。去年は惜しくも二位。クルリントの瀬古井せこい選手に負けてしまった。でもね、僕は高校生だからしょうがないよね。よく健闘したと思うよ。報道の人とか、テレビの人がこぞって「新星現る」って記事を書いたり、スポーツニュースで特集を組んだりしてくれたしね。僕もちょっと鼻高々だったよ。でも天狗になる程、鼻は高くならなかった。僕はシャイなんだ。社会人選手は仕事もそこそこに一日中走ってられるけど、僕には高校生としての本分、勉強があるから、練習は授業が終わる三時過ぎまで出来ない。それに、ウチの高校は県内有数の進学校だったから、定期考査で、ある程度の成績をおさめないと、部活動禁止になっちゃうんだ。だから学力はあっても、ウチの陸上部は大したことなかった。そんな中に僕はいたのさ。学校関係者も、校長先生も、もちろん、担任の田中先生(女性)もびっくりしちゃって大騒ぎさ。うるさくって練習に身が入らないよ。仕方ないから、塾が終わって、宿題をこなしてやっと夜の十二時から自主練をしているんだ。おまわりさんに何度も見つかって、最初は注意されてたんだけど、僕がマラソンで二位になった高校生だと知ってからは「おーい、夜道は暗いから気をつけるんだよ」って声をかけてくれた。でもさあ、残業帰りのOLさんじゃないんだから、痴漢にあうわけじゃないしね。もうちょっとかける言葉を選んでよって感じ。それに僕、柔道と空手の黒帯、言うなればスーパー高校生なんだな。またちょっと鼻が高くなったな。ヨーロッパ人みたいでちょうどいいか。ここ笑うところ。


 そうやって毎晩走っていたところに、見つけちゃったんだ。赤いバランスボールをさ。

 近づいてみるとバランスボールじゃなかった。丸々と太ったおじいさんだった。卒中か何かで倒れちゃったのかもしれない。救急車、救急車と僕が慌てると、じいさんがこう言った。

「これこれ、騒ぐんじゃない。わしは平気だ」

 じゃあなんで倒れているんだ。

「ちょっと予行練習をしていたらソリから落ちてしまった。歳じゃのう」

 ソリ? いくら北国とはいえ、十月に雪は降らないだろう? 何言っちゃってるのじいさん。頭でも打ったかな?

「頭は打っとらんが腰をしたたかに打ってしまった。動けん」

「救急車を呼びますか? それとも、タクシーにしますか?」

 僕が聞くと、じいさんは首を横に振って、

「ソリを呼び戻すから」

と言って口笛を吹いた。すると驚いたことに、八頭の鹿(鹿だよな? でも大きさから言うとトナカイなんだよな)が空からソリを引いて飛んできた。

「もうわかるよな?」

「何がです?」

「頭の出来が悪い子だ。わしの正体だよ」

「還暦のお祝いに赤いちゃんちゃんこをもらったおじいさんですか?」

「わしゃ、八十歳じゃ。還暦などとうに過ぎておる」

「じゃあ、誰なんですか?」

「サンタクロースじゃ」

「ははは、まだ十月ですよ。二ヶ月早い」

「だから、予行練習をしておったんじゃ。しかし、この歳になると一年でかなり衰える。カーブを曲がりきれずに、ソリから落ちてしもうた」

「それは災難でしたね」

「そろそろ、若い者に代わってほしいが、わしには息子も孫もいない。さみしいものじゃ」

「でもおじい……いや、サンタクロースさん。日本人ですよねえ。サンタクロースってフィンランド人なんじゃないですか?」

「この世にはな、世界サンタクロース協会があって、わしが日本代表をしておる。パラダイスなんとかと言うのが日本の公認となっておるが、あれはフェイクでな。実際はわしなの」

「へえ」

「なあお主、よかったらわしの後継者にならないか?」

「子供が喜ぶのは僕も嬉しいですけど、まだ僕十八歳ですよ」

「今すぐとは言わん。わしは百歳まで生きる。そなた三十八歳になるな。つけ髭をつけてお腹に枕を入れれば、様になる」

「そうですか?」

「間違いない。そうじゃ、本来はクリスマスプレゼントは小学生までじゃが、お主に何かプレゼントをやろう。何がいい?」

「別にいいですよ」

「遠慮するな」

「そうですねえ。じゃあ、最新鋭のマラソンシューズが欲しいです。この前はスニーカーで走ったから、瀬古井選手に負けちゃったんだ」

「そうか、任せなさい。ところで、わしをソリに乗せてくれるか?」

「いいですよ。よっこらしょ。案外軽いですね?」

「お腹に枕が入っておる。わしの体重は六十キロじゃ」

「ええ?」

「では、世話になったの。マラソンシューズ楽しみにな。はいやー」

 ソリは空高く飛んで行った。たぶん、夢を見たのだろうと思った。


 クリスマスの朝、枕元には見たことのないメーカーのマラソンシューズが置いてあった。早速、試し履きをすると、なんと体の軽いこと。いつまでも走っていたくなった。

 そして正月のニューイヤーマラソンで僕は世界最高記録で優勝してしまった。世間は大騒ぎした。社会人チームからも誘われたが僕には決めた道があった。仏門に入ることだ。


 四十年後。

 北国にある、音雨山華麗宗仁王寺の境内で、和尚さんの覚詠カクヨムは境内の枯葉を掃除していた。

「お茶が入りましたよ」

 奥さんのさくらさんが声をかける。

「もうすぐ、あの季節じゃな」

 和尚さんがつぶやく。

「そうですねえ」

「あの役を引き継いで二十年。わしももう歳じゃ。後継者をどうするかなあ。わしには息子も孫もおらんし」

「きっと、いい出会いがありますよ」

「そうかのう」

 その時、学校の終わった子供達がたくさん境内に遊びに来た。和尚さんとさくらさんはにこりと眼を細めた。

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