僕とクリスマス
よろしくま・ぺこり
僕とクリスマス
赤い、バランスボールが落ちているのかと思った。
僕は正月に行われるマラソン大会のために、夜のジョギングと
そうやって毎晩走っていたところに、見つけちゃったんだ。赤いバランスボールをさ。
近づいてみるとバランスボールじゃなかった。丸々と太ったおじいさんだった。卒中か何かで倒れちゃったのかもしれない。救急車、救急車と僕が慌てると、じいさんがこう言った。
「これこれ、騒ぐんじゃない。わしは平気だ」
じゃあなんで倒れているんだ。
「ちょっと予行練習をしていたらソリから落ちてしまった。歳じゃのう」
ソリ? いくら北国とはいえ、十月に雪は降らないだろう? 何言っちゃってるのじいさん。頭でも打ったかな?
「頭は打っとらんが腰をしたたかに打ってしまった。動けん」
「救急車を呼びますか? それとも、タクシーにしますか?」
僕が聞くと、じいさんは首を横に振って、
「ソリを呼び戻すから」
と言って口笛を吹いた。すると驚いたことに、八頭の鹿(鹿だよな? でも大きさから言うとトナカイなんだよな)が空からソリを引いて飛んできた。
「もうわかるよな?」
「何がです?」
「頭の出来が悪い子だ。わしの正体だよ」
「還暦のお祝いに赤いちゃんちゃんこをもらったおじいさんですか?」
「わしゃ、八十歳じゃ。還暦などとうに過ぎておる」
「じゃあ、誰なんですか?」
「サンタクロースじゃ」
「ははは、まだ十月ですよ。二ヶ月早い」
「だから、予行練習をしておったんじゃ。しかし、この歳になると一年でかなり衰える。カーブを曲がりきれずに、ソリから落ちてしもうた」
「それは災難でしたね」
「そろそろ、若い者に代わってほしいが、わしには息子も孫もいない。さみしいものじゃ」
「でもおじい……いや、サンタクロースさん。日本人ですよねえ。サンタクロースってフィンランド人なんじゃないですか?」
「この世にはな、世界サンタクロース協会があって、わしが日本代表をしておる。パラダイスなんとかと言うのが日本の公認となっておるが、あれはフェイクでな。実際はわしなの」
「へえ」
「なあお主、よかったらわしの後継者にならないか?」
「子供が喜ぶのは僕も嬉しいですけど、まだ僕十八歳ですよ」
「今すぐとは言わん。わしは百歳まで生きる。そなた三十八歳になるな。つけ髭をつけてお腹に枕を入れれば、様になる」
「そうですか?」
「間違いない。そうじゃ、本来はクリスマスプレゼントは小学生までじゃが、お主に何かプレゼントをやろう。何がいい?」
「別にいいですよ」
「遠慮するな」
「そうですねえ。じゃあ、最新鋭のマラソンシューズが欲しいです。この前はスニーカーで走ったから、瀬古井選手に負けちゃったんだ」
「そうか、任せなさい。ところで、わしをソリに乗せてくれるか?」
「いいですよ。よっこらしょ。案外軽いですね?」
「お腹に枕が入っておる。わしの体重は六十キロじゃ」
「ええ?」
「では、世話になったの。マラソンシューズ楽しみにな。はいやー」
ソリは空高く飛んで行った。たぶん、夢を見たのだろうと思った。
クリスマスの朝、枕元には見たことのないメーカーのマラソンシューズが置いてあった。早速、試し履きをすると、なんと体の軽いこと。いつまでも走っていたくなった。
そして正月のニューイヤーマラソンで僕は世界最高記録で優勝してしまった。世間は大騒ぎした。社会人チームからも誘われたが僕には決めた道があった。仏門に入ることだ。
四十年後。
北国にある、音雨山華麗宗仁王寺の境内で、和尚さんの
「お茶が入りましたよ」
奥さんのさくらさんが声をかける。
「もうすぐ、あの季節じゃな」
和尚さんがつぶやく。
「そうですねえ」
「あの役を引き継いで二十年。わしももう歳じゃ。後継者をどうするかなあ。わしには息子も孫もおらんし」
「きっと、いい出会いがありますよ」
「そうかのう」
その時、学校の終わった子供達がたくさん境内に遊びに来た。和尚さんとさくらさんはにこりと眼を細めた。
僕とクリスマス よろしくま・ぺこり @ak1969
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