消えた私

駄目だ。どう考えても、駄目だ。


もし私がいるこの状況を上から全て見下ろしている第三者がいるならば、説明してくれとしつこく問い合せたいほどだ。

腰痛もなく、良く言えば華奢、悪く言えば軟弱な脚を使ってもう一度立ち上がる。


発覚したことその一。

運転手はおそらく消えていた。おそらくというのも、軽トラはこの白い肢体でしかも半壊しているのに動かせるわけもなく、運転手は既に自分の目的地に向かっているか、またはもう取り返しがつかないかと推測された。

発覚したことその二。

私の体がなくなっていた。


これに関しては訳が分からない。目が覚めて、一通り辺りを探しても私の体は見つからなかった。探して見つかったのは、私のリュックとただただいっぱいの砂だけだ。私がはぐれの体の中に入っているなら、必然的に私の体にはぐれが入る筈だ。

つまりは…「入れ替わり」?


自分で考えておいて、はは、と苦い笑みが零れた。そんな漫画みたいな話、と疑りを通り越して呆れてしまった。

しかし…何度確認しても、自分の腕や足を動かしてみても、私は紛れもなくはぐれだった。

あのとき、そんなにじっくり観察したというわけでもない。ただ、あの白くまぶしい肌は、シャッターが切られ頭の中に焦げつくように印刷されている。

いつの間にか、その砂漠の上に座り込んでしまっていた。白い腿にぽたり、と透明な雫が落ちる。


「私の体、一体どこに行ったんだよ...」


ただ項垂れるしかなかった。立ち上がっても結局何もできることなんてないと思ったから。

しかしそのとき、漠然と何か、前を探っていた手がとっかかりを掴めた気がした。


『約束の時間に遅れてしまいます』


はぐれの声が頭の中でゆっくりと、私の涙腺までも冒していきながら滲むように再生された。


そうだ…はぐれは、約束があると言っていた。

とても重要そうな割にはあまり気が進まないようだったが、もしかするとはぐれは私の体を使ってでも目的を果たそうとしているのだと、そう汲み取った。

それなら全て説明がつく。思えばはぐれが大事そうに抱えていた荷物もなくなっている。

けれど、それならなぜ私に行かせなかった?

もしはぐれが私の姿のまま約束を果たしに行き「僕実はこんな姿してるけどはぐれだよ」と言われても、待たせている相手は何が何だか分からず頭がおかしくなったとでも思われるだろう。

それでも果たさなければならない約束だった?

...きっと気が動転していたんだろう。まだ幼い、私でさえこんな状況に陥って冷静でいられないのにはぐれが冷静でいられるわけがない。

はぐれは私の体を使って、自分の荷物も持ちながら、慌てて大事な約束を果たしに行ったのだ。

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軀に捧ぐ 坂本千尋 @6Magic-girl9

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