軀に捧ぐ
坂本千尋
砂を巻く二畳半
地平線のずっと先まで砂を巻く砂漠。しかし、全く人が足を踏み入れないというわけではなく、ときどき旅人や商人の車が足跡をつけては砂に埋もれていった。
女ヒッチハイカーのやしろもまた、そこを旅する一人だった。二畳半ほどの軽トラが、荷台をゴトゴトと揺らしながら砂漠を進んでいく。
「どこまで行くんだ?」
「砂漠を越えたら栄えた市場があるんだ。そこの酒が格別だと聞いてね」
「ああ、そっちの方なら着くまで送ってやれる。揺れるから気をつけろよ」
ありがとう、と会釈をして、談笑しながら車を走らせた。助手席には荷物が置いてあったから後ろの席に座り、荷物を抱える。運転手の遠い遠い出身地の話に相槌を打ちながら、車窓を眺めていると、煙の中に何か人影が見えてきた。
「窓を開けてくれ」
運転手は不審そうな顔をしながらも開けてくれた。目を凝らすと砂が目に入ったが、やはり人がいる。
「おうい」
人は顔を上げた。
「あんたもヒッチハイカーなのかい?」
人がこちらに駆けてくると、運転手は車を止めた。ぼんやりだか人の顔が見えてくる。砂煙の中から出てきたのは、かわいい顔立ちのよい少年だった。
少年は慌ててトラックに乗り込んできた。ただでさえ狭かった車内は、もはやすし詰め状態だ。なぜか少し気恥ずかしくなって、車窓の奥の方を眺める。
「あの」
気まずい沈黙を破ったのは少年だった。声もきれいで透き通っている。
「ありがとうございます。
あなたに声をかけて頂けなければ約束の時間に遅れているところでした」
少年はあどけない笑顔を見せた。どこか奥の深い宝石のような目をしている少年は、名をはぐれと名乗った。
「はぐれ、さっき約束と言っていたが、どこに行くんだ?」
「砂漠を抜けた市場で、約束をしているんです。大事な約束なので、遅れたら怒られてしまいます」
はぐれは可愛らしいところがある。私に息子ができたらこんな感じか、となんとなく思ってから、その違和感に気付いて考えを撤回した。
それはあまりにも突然だった。
車内がガタンと大きく傾いた。と、思えば、まばゆい閃光に目を眇める。私は咄嗟にはぐれを守るように自分の体で覆った。はぐれが小刻みに震えてるのに気付き、強く抱きしめた。何が起こったのか、と考える隙もなく気を失いながら、かすかに臭った火薬の匂い、耳をつんざくような轟音を背中に痛いほど感じていた。
瞼が重い。いや、瞼だけではない。何か上に重いものがのしかかっている。砂を払って重いものを押しのけ、ゆっくりと起き上がる。辺りを見渡すと、トラックは半壊し砂に埋もれ、運転手は見当たらない。あとはいつもと変わらない砂漠があるだけだ。
──ん…?
手足に砂がこべり付いているのに気が付き、簡単に落とす。しかしその手足は私のものよりずっと華奢だし、何より白い。跡ひとつ見当たらない。
──んん…!?
急いで砂を被りながら落ちている私のリュックを漁り、手鏡で自分を見る。
──もしかして…
そして、私やしろはその見覚えのある宝石のような奥の深い目と目が合ってしまったのだったーー。
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