最終話 そして君もここにいる 

 その後和己は一通り説明等を確認した。


 取り敢えず7月に社会そのものがスタートするまでは、食料も交通機関も全てが無料らしい。

 なおその後の措置については決定次第広報するとの事。


 なお用意されていた物には預金通帳らしき物もあり、それなりの金額が入っていた。

 物価水準が仮想世界と同じなら、国立なら院4年へ行っても奨学金がいらない程度だ。

 まあその辺の生活設計は、社会が起動してからだろうけれど。


 次に和己が確認したのはこのニュータウンの地図。

 それぞれのニュータウンにはかつての市町村等の名前がついているらしい。

 和己がいるのは相模大和市34号棟。


 相模大和市を構成する約70棟の建物群の地図を和己は蛍光ペン片手に確認する。

 まず公園に相当するのは120箇所。


 うち某城址公園と同程度以上の広さのもの6箇所。

 この6箇所には付属施設がある。

 歴史記念館、自然博物館、図書館本館、市民ホール、室内型児童遊園、温水プールと体育館等だ。


 和己はそのうち歴史資料館を蛍光ペンでチェックする。

 大型公園の施設の中でも比較的市の中心に近く、かつ歴史を扱っているというのが和己の選定理由だ。


 そして6日までに買い出し等当座に必要な事を済ませた後。

 7日朝から和己は毎日歴史資料館に通い詰めた。


 資料館そのものはまだオープンしていない。

 一応一部の展示は見られるようにはなっているが、本格オープンは社会が動き出す7月になってからである。


 和己が陣取ったのは資料館の受付の近くの簡素なベンチ。

 朝8時から夜7時まで、和己はトイレに中座する以外はそこに陣取っている。

 食事も家から持ってきたサンドイッチ等だ。


 7日は資料館には他に誰も訪れなかった。

 お尻が痛くなったので8日は座布団持参。

 持ってきたタブレットでニュース等を読んで居座り続けたがやはり訪問者は無し。

 9日も同様。


 そして今日は10日である。


 どうも世間は地上移住の関係で色々忙しいらしく、オープン前の歴史資料館を訪れる主好きは和己以外にはいない。

 暇つぶしにタブレットでニュースを見てみると、まだ招集前の議会は早くも混乱が予想されるとの事だ。


 以前の生活環境を無視して完全平等に居住資源や資産等を配分せよ!だの、仮想世界生活時に比べて資産が目減りしているから補填せよだの、まあ色々な動きもあるらしい。


 まあ議会再開は6月20日以降だし、いざとなればネットワークを利用した住民による直接投票も可能との事だけれども。


「でもどうせ、思い通りにならなければ制度が悪いとか不正選挙とか言うのだろうな……」

 そう独り言を和己が言って、次のニュースを見ようとする。


 と、和己の意識が何かを感じた。

 それが何かを確認する間も惜しむように素早く和己は感じた方向を見る。

 歴史資料館の2人目の訪問者が入ってくるところだった。


 和己の知っている姿だった。

 かつてゲーム内仮想空間で時間を掛けて選んだ洋服そのものだ。


 絶対これはシステムの陰謀だな。

 全くコンピューターの癖に随分と人間くさい事をする。

 そう思いつつ和己は立ち上がった。


「ごめん、だいぶ遅くなっちゃった」

 そう聞こえた声は記憶と同じ。


「ああ、ちょっと待ったかな」

 和己はそう言って、彼女に向かって一歩踏み出した。

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私とあなたはここにいる 於田縫紀 @otanuki

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