第四話「結」

 てがしびれてうごかないんです、と彼は震える声で言った。彼の口から発せられる言葉は、震えてしまって鮮明には聞き取ることができない。

 事件のあと、花崎は数か月入院し、実家に戻り自宅療養となった。集団自殺事件と称された、団体の団長である幸田美由紀による毒ガス殺人は、同時期に起こったどんな事件よりも長時間を割いて報道された。そして、唯一の生存者と称された彼の元には、元アルコール中毒者の教師だったということも相まって多数のマスコミが訪れたが、彼が取材を受け入れることはなかった。否、受け入れられる状態ではなかったと言った方が正しかったかもしれない。呼気を発するばかりだった喉も回復し、言葉を発せられるようになったがそれもおぼつかず、手も足もまともに動かないのだ。知人の来訪ですら拒否をしているのに、好奇心だけの取材など受けられるわけがなかった。

 そんなこともあって、警察の取り調べは彼の体調を考慮し慎重に行われた。声が不明瞭になってしまった彼の供述は、ICレコーダーに少しずつおさめられていく。

「ありがとうございました。今日はここまでということで、」

そう言って、荷物をまとめ始めた女性警察官に、花崎はたどたどしい声で尋ねた。

「……みえ、は、どこ、へ、いった、ん、で、しょう、ね」

その問いに、女性警察官は返事をすることなく微笑んだ。



 ―――新緑の季節。緑が眩しい公園に、一人のホームレスが寝転んでいた。敷いていたのは通勤するサラリーマンが捨てて行く新聞紙だ。独特の灰色の紙に、黒い文字。使われることなく傍にストックされた新聞紙の一枚が、ぶわり、と風に吹かれて飛んでいった。しかし、寝ているホームレスはそれに気づかない。風に乗った新聞紙は、凧のように舞い上がり、木に当たって地面に落ちた。

 その新聞紙の一面。真黒に塗りつぶされたそこに、白抜きで書かれた文字。



 我々は、少女を信仰する。

 我々は、決して少女に恋慕を抱いてはいけない。



それを見た通りがかりの男性の一人が、「大事な広告なんだけどなぁ」と微笑みながら新聞紙を拾い上げる。ホームレスの男性は眠ったままだ。


「そっちの天気はどうだい」

 そう呟いた男に返事をする者はなく、彼が吸っていた高タールの煙草の煙だけが、雲一つない空に昇って、消えた。

(了)

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