メ
赤井 葵
メ
【さあ、始めよう】
今日も僕の絵に合うモデルを探す。純真無垢で綺麗な子がいい。
モデル探しは比較的簡単だ。一目見るだけで情景が浮かぶ。そして、鉛筆を持たずとも頭の中で絵を描ける。そういう子がいい。
そしてやっぱり、女性が一番映える。
一般的な女性はカフェにいることが多い。モデル探しにはもってこいだ。
早速、適当なカフェに立ち寄る。メニューを流し読みし、適当にチョイスする。注文を受け取った店員も良かったが、店内の客を見渡す。じっくりと。絵を描くように。
すごい良い子を見つけた。僕の絵に一番ぴったりだ。
【さあ、始めよう】
男の人が近づいてきた。あまりにも堂々と近づいてくるものだから、一瞬、知り合いだと思ったが、そうではないと気づき、では、同じ学校で一緒に遊んだことが1回でもあった人なのか、と記憶を辿らせたが、顔を見る限り、私の記憶にはない。しかし、相手の顔を見ると気付いた。これは平均以上の、所謂イケメンという部類に達すると。相手は私の目の前に立つと、確信したかのように一度頷く。……やはりどこかで会ったのだろうか?それならば会釈されたわけなのだから会釈し返さなければならない。いや、別にそうだと法律で決められたわけではないんだけど。これが日本人の性か。
男の人は最初に丁寧に挨拶をしてきた。
「初めまして。僕は絵描きをしている
そう言い、名刺を取り出し、私に差し出す。珍しい苗字にびっくりした。
「絵描きさんなのに、さっかなんですね」
少しおかしく感じ、本人の前で小さく笑ってしまった。
「す、すみません」
「いえ、僕の友達もそう言って笑います。しかし、本当に綺麗ですね……。もしよろしければ、こちらの連絡先に了承の旨を……」
「ええ、是非ともお願いします」
「え?」
「モデルなんて経験できないでしょう?私で良ければ。というより、興味半分ですけど…」
「そ、それは光栄です!えっと、あなたのお名前は?」
「
「田爪さん、ですね。空いてる時間や曜日はございますか?その日にまたここへ、待ち合いましょう」
私達は待ち合う時間と日にちを決め、カフェを後にした。
それにしても…本当にイケメンだった。
【球体】
デッサンにおいて、球体を描くのは一番難しい。
みんなも一度、紙の上に鉛筆やペンで一回だけ円を描いてみて。それは、正円ではなく、右側が少し平たくなっていたり、左側が少し膨らんでいたり。又は、線の描き始めと終わりが繋がっていなかったりはみ出したり。正円のそれとかけ離れ、言ってみれば楕円形。ただの線。となる。
それくらい円を描くのは難しい。さらに、線で立体を象る。鉛筆を数本使い、時には横に持ち、柔らかく塗り込み、そして時には縦に持ち強く擦り付けていく。
この積み重ねで紙の上に球体が浮き上がる。達成感だ。
彼女は椅子に大人しく座り、こちらを向いている。
僕は彼女の目を見ながら紙に鉛筆を走らせる。ゆっくりと。着実に出来上がっていく。
【目】
目だった。どこをどう見ても目だった。
数時間座っていただろうか。ポーズは特に要求せず、彼を見続けるだけ。それで良いようだ。
モデルに呼ばれたことに浮き足立っていたせいで、ヌードの可能性を考えていなかった。だが、それもなかった。きちんと椅子に座ってお行儀よく大人しくしていた。
時々、暇になって部屋をチラチラと見回したりしていただけだった。
この部屋は
そして彼が出来上がったと、スケッチブックを持ち、私の目の前に、今さっき描いたページを見せる。
目だった。どこをどう見ても目だった。
気持ち悪いほどリアルで、白目のハイライトも輝いて見え、本当にそこにあるかのようだった。思わず、綺麗と口から漏れ出しそうな危険な匂いがその絵から溢れ出ていた。
「えっと、これは…」
「君だよ。
彼の笑顔は影が落ち、表情が読み取れない。
「私は目じゃありません。
こういう状況でも冗談が言えるのはせめてもの取り繕いだろうか。
「君の目は澄んでいて美しい。だから君を選んだんだ。君の目。純真無垢。一目見た時に確信したよ。これは最高の作品になる。そして……『本物』の作品にもなる」
「本物……?」
見てみるかい? と言って、返事も待たずに右側の扉に進んでいく。
ここから先は行ってはいけない、と頭の中で警告が鳴る。
頭の中の警報機がうるさく喚いても、足は一歩二歩と動く。頭と足が切り離された感じだ。
部屋に足を踏み入れると、壁一面に人形なのかマネキンなのかが置いてあった。
近づいて見ると、すぐに異常を感じる。人間だった。しかも過去形の。
思わず、口と鼻を手で覆い、込み上げてくる何かを必死で抑えた。
「彼女たちはかつて、君のようにモデルになってくれた人たちだ。敬意を評して、作品にしたんだ」
もう死体となったそれは、人形扱いだった。ただ、それ以上に不自然なのが、目がないことだった。くり抜かれている。綺麗に。
「ああ、安心して。この子たちの目はここにあるんだ。大切に保管してるよ」
死体と死体の隙間に手を伸ばし、戸棚から瓶を取り出す。専用の液体なのか、透明の液体の中に数個の目玉が浮遊していた。
堪えられずに床に吐く。
「ど、どうかしてる!! ここから出して。今すぐに」
「もう逃げられないよ。いや、逃がさない」
「今度は私なんでしょ。こんなことして何になるの。理解できない!!」
「今更遅いんだよ。……ああ、でも、君の目。怒ってても泣いてても美しいよ。目は表情。心を表すんだ。ほら、この子たちも君の目を見て、美しいって言ってるよ」
彼は、瓶を自分の耳元に当てがい、興奮しきった様子で、うっとりとした声色で言う。
「君には最高の舞台に案内しよう。『作品』にするにはその後だ」
強引に腕を引かれ、また次の扉に入る。
彼の力は強く、女性の私では力が及ばず、その部屋に放り出された。
壁一面には目が埋め込まれ、まるで私たちを監視しているかのようだ。天井からは目がぶら下がり、それも下に、床に転ぶ私を見下ろすかのように飾られていた。
「感動しただろう? 第2の作品だ。この部屋に来ると、ゾクゾクするね。ねえ、君の目も……ここに参加したいだろう?」
頭を掴まれ、至近距離に顔が近づく。恐怖だった。彼の目が。声が。
「うんうん、やっぱり参加したいんだね。それじゃあ、目をくり抜かないと。……の前に」
彼は、恐怖で震え上がる私の心臓あたりに、どこから持ってきたのか包丁の切っ先を軽く突く。
「殺さないとね」
【爪】
『えー、大変だったんじゃない!? ねえ、本当に大丈夫? 病院とか行った? そういうので精神壊れるからさ』
「大丈夫大丈夫。ちょっとは怖かったけどさ。でも、ほんと、格闘技習っててよかったよ」
『うんうん、それなかったらヌードデッサンされた上にヤられてたかもしれないしねー』
友達と二言三言電話で会話しながら爪を塗る。
丁寧に。この爪はこの色。隣の色は白が似合う。
『あ、でもさ、気をつけなよー? 最近本当に物騒だから』
一枚の爪を塗り終わると、息を吹きかけて乾かす。
乾かしてる間にも別の爪を塗る。
『さっきニュースで見たけどさ、手と足の爪を剥がされた死体が数体見つかったみたい。毒殺らしいよ。しかも、被害者全員、名字が一文字らしいね。何でだろう…意味があるのかな? でもとりあえず、怖ーい』
「あんた、怖がってないでしょ」
20枚の爪全てを塗り終える。塗っている間に乾いていた1枚目の爪に「目」と小さく書く。一文字の方が小さな面積に書きやすい。
こうやって保存しておけば、誰の爪かがわかる。記念品にもなる。
爪の裏にボンドを塗り込み、壁に貼り付ける。
この部屋は爪のコレクションだらけだ。私が綺麗に塗ってあげてる。そして永久保存。壁には色とりどりの小さな爪が敷き詰められている。
……男の爪は短いから、ちょっと塗りにくい。
だが、爪は男女関係なく、色を塗ったり飾ったりすれば綺麗になる。
私の目を愛したこの男でも。
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