第13話 盟約破棄!③

 にしても、だ。フンババの奴は何をしている? 普段なら捕まえた相手をすぐに握り潰すのに、抵抗するナイトを興味深げに凝視し続けている。何か考えているのか……?

 で、気がつけば、メアが駆けていた。朽ちかけたサクラの大木の幹へ手を添えて何かを呟いて、いや、詠唱している。フンババも動いたメアに気づき、折った木の枝を突風のようにメアへ投げつけたが、バフォが薙刀でそれを防ぐ。

 直後、サクラの木が若葉色の光に包まれ、枯れていた枝から萌芽。無数の蕾からサクラの花が吹き出し、新たに生えた数十の枝がフンババの両腕や他の部位に巻き付いた。

 メアの気技が引き起こしたこの現象は周囲の樹木にまで広がっていき、年老いた木々は若返り、若い木はさらに逞しくなり、伸びた枝がフンババに襲いかかっていく。


「メア! あと一呼吸で手を離しなさい!」


 叱責するようなバフォの声は届いているんだろうか。目が虚ろになり恍惚な横顔を見せるメアは、アレ完全に違う世界へ行ってないか?

 結局、締めつけに負けたフンババがナイトを離すと同時、バフォに頭を平手で叩かれたメアはハッとした顔で帰ってきたが、頭を指で抑え真っ青な顔で膝からくず折れた。

 操作式の気技は珍しくもないが、樹木操作は初見だ。たぶん使用できる環境は限定的だが、便利そうだな。まあ、見る限り、体への負担が大きいようだが。

 巻き付く多数の枝を力まかせに折り終え、フンババは胸を張って大きく息を吸い、叩きつけられた地面から起きあがったナイトへ深緑に輝く息を吐きつけた。ピッドに手を引かれ息から難を逃れたナイトが横たわっていた地面が、底なし沼のようにぐじゅりと腐っていく。駆け寄ったランがその際で左の槍を振り、引き寄せたフンババの頭を腐った地面に突っ込ませ、愉しげに嗤う。

 地面からフンババの首から下が生えている滑稽な光景をあと少し堪能したかったが、森を抜け出す絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。確か、前の世界で抜き足差し足と表現したと思うが、音をたてないようつま先から踏みしめ、静かに場を離れていく。……うん、情けないような気もするが、命と自由には代えられないからな。

 抜け出そうともがくフンババへ容赦なく斬りかかるナイトらを視界の端に置き、ゆっくりと森の出口へ。数十分ほど進んだ湖畔で水分補給、背後から爪を振りかざしてきた灰色熊の顔面へ“のーるっく”で紫雷をぶち込み、もんどり打って倒れた熊の分厚い脂肪と焦げた顔の上を歩く。

 なんだコイツ、やたら大きな熊だな。フンババくらいの体躯なんじゃないのか。

 群生が針葉樹へ変わってきた森を歩き、少し腹が減ってきたので何か動物を焦がして食べようとしたが、あの熊以来全く見あたらない。というより、匂いや気配を感じても近づくころには姿形もない……ああ、もしかしてあの熊がこの辺りの親分だったか? 足の裏を見れば、赤茶けた血だらけだ。汚いな、踏まなければよかった。

 結局、森の終わりまでに動く餌とは出くわさなかった。仕方なくオレは柑橘系の果物を焦がして齧りついたが、甘いものや酸っぱいものは好きじゃないからな。

 あとで何か焦がした肉を食べることにしよう。

 目の前には今の背丈をゆうに越える葦が群生している。そうそう、どこの森の終わりもこんな感じだったな、確か。ここまで高く見えるのは初めてだが。

 それにしても、やたら風が強いな……脇を疾り抜けた冷たい強風の行く先を振り返り、面白いことを思いついた。

 ナイトたちがどうなるか、あれを使って見てみよう。

 前の世界で流行っていた“げーむ”とかいう遊びに、自身の分身たる使い魔という便利な存在が出てきていた。自分の分身を作り色々な事をする。そんな概念を持っていなかったから、初めて見たときは感動したものだ。

 で、試しに光気を練ってみたところ、簡単に作れたんだった。結局のところは数回しか使わなかったが、今が使い時じゃないか。

 当時と同じように、光気を使い魔の形ーー猫という動物の姿へ練り上げていく。オレの光気ゆえに紫色の雷で組成されているので闇夜では目立つし、結構な割合の光気を継続消費する。自立思考で思いどおりには動かないうえに気まぐれだが、それなりに戦闘能力はあるし、視ているものをオレの頭の片隅に送り続けることだけは決してやめない。飯を食う必要もないし、顔を見ての命令は確実に従う。

 完成した猫はオレを見上げ、一言。


「ええ……? なんすか? めんどくさいっす」


 描き消してやろうかと思った。


 森の奥へ追い立てた猫の背中を見送り、葦へ向き直る。

 おお、早くも猫が映像を送ってきた。走ってるな。よし。

 で、この無駄に背が高い茂みの向こうにはオレの知らない土地が広がっているはず。

 さあ、三年続く自由の一歩を踏み出そう。左足にしようかな、右足がいいかな。逡巡し、両足を選んだオレは茂みを跳び越えーー悲鳴をあげて落下した。

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神獣が、七柱も喚ばれました。 群雲 文人(むらくも あやと) @murakumo_A

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