第12話 盟約破棄!②
かくして、二柱を失ったナイトらの顔は曇っている。まあ、元は十三柱も喚ぼうとしていたのに対し、成果は五柱のみ。当然と言えば当然。
一行は闇が落ちる森の外へ向け、慎重に歩き出した。大地のように分厚い雲が月を覆い、彼らが頼りにできる光源はナイトの騎士剣のみ。風は木々の間を颯爽と吹き抜け、フンババを警戒するナイトらの神経をすり減らしているだろう。
だが、奴らにも救いはあるようだった。あの靴底眼鏡女のリンタンだ。怖ず怖ずしながら進む道を示しているのは、仲間に囲まれたあの女の特性ーーあれ何だっけ、とにかくそれが影響しているようで、三十分経った今でもフンババと遭遇していない。奴の速さならとっくに襲われているはず。
フンババは動く物に反応し襲う習性だが、基本的にはより多くの数が動いたほうを優先する。
要はナイトらが襲撃されている間に単独でするりと森を出てしまえばいいんだが……この感じだと、彼らから離れた途端、標的にされそうな予感もするな。うーむ。
単独行動を開始してから二時間、森の出口まではあと一時間ほどの位置で、ナイトらの足が止まった。しきりに謝意を告げるリンタン以外の人間は武器に手をかけ、何かを探るように周囲を見回している。意気投合でもしたのか、ダハーカとベヒモスは互いの可動域の端で背中を預け合う。
乾いた夜の風が吹けば、当然のように木々は揺れる。だが、そうじゃない場所があった。
「い、い、います……」
リンタンが怯えきった声を出したのを皮切りに、恐らくは陣形を展開せんとしたナイトらが素早く広がったが、光鎖で繋がっているダハーカたちはそれに追随できず、人間たちが大きく体勢を崩してしまう。
賢しいフンババはこの機を逃さなかった。
「陣形は無理だ! 個別散開!」
いち早く天高いフンババの跳躍に気づいたナイトの号令虚しく、反応が遅れたバフォの頭蓋めがけてフンババの両足が迫る。と、バフォの盟約相手であるファヴニルが変化。強靱で不釣り合いに長い尾で宙のフンババを叩き、わずかに軌道を逸らす。バフォは命を失わなかった。
「ーー貴様!」
バフォが、あれれ? とばかりに可愛らしく首を捻るフンババへ薙刀を振るが、その刃の手前、フンババは口を洞窟のように開き、落雷のような叫びを轟かせる。耳から血を流し倒れたバフォの頭を砕くべく、拳を振り上げたことで空いたフンババの胴へ、ファヴニルが角を立てて突進。
フンババは角に拳を当てて回避。次いでファヴニルは凍りつく息を吐きつけたが、フンババは兎のごとく横に大きく跳び、これも回避。読んでいたか、回避先でイオンが大剣を振る。放たれた黒い光気はフンババの胸元を切り裂いたが、奴は意に介さずイオンを大きな拳で打ち払い、飛ばされたイオンをフレースヴェルグが気技で起こした風で受け止める。
バフォの頭部を包むピッドの両手がふさふさした黄金色の毛を纏う獣の手になり、三倍の大きさに。指の間から茜色の輝きが漏れ、ピッドが手を離すとバフォの耳から血が止まっていた。奴は治癒系の気技を使うのか。
自分の胸の裂傷が黒い煙を出して塞がる間、三つ眼で三白眼、巨人型でどことなく前世界の鬼に近いような風貌のフンババは愉しげに薄ら笑いを浮かべ、六柱の神獣らをなめ回すように見て、嬉しそうに跳びはねた。
治癒能力の高さ、気技の多彩さ。五メートルほどの体高さで筋肉の塊のような体躯を小石のごとき軽々しさで動かし、こと戦闘においては知能も優れている。そして、不死。
獣界の奴と比すれば三分の一ほどの大きさだが、この世界でもじゅうぶん過ぎるほどに厄介な奴だ。
と、身を乗り出しすぎていた。改めて古木の後ろに姿を隠し、ふと思った。なんか、オレ情けないな……?
……まあ、それでも今はチャンスだ。
脇を抜けるタイミングを見つけるべく、顔だけを出す。
ダハーカとランが奮闘していた。ダハーカがお得意の衝撃波を撃ち、フンババが避けた先でランが……おお何だあいつの気技は。左手の槍を振るえばフンババを自分側へ引き寄せ、右手の槍は逆に弾き飛ばしている。しかも、槍には非接触で効果があるのか。見たところ数メートル範囲内での引力と斥力なんだろうが、仲間たちとの連携には効果てきめんで、フンババは前後左右に振られ攻撃を浴び続けている。
厄介な組み合わせじゃないか、あいつら。
だが、フンババはまだ嗤っていて、振るった拳が斬りかかったナイトの騎士剣を弾き飛ばした。体制を崩したナイトをもう片方の手で掴んだフンババが跳躍、後方の枯れた大木の枝へ鳥のように止まった。
あれはサクラの木だろうが、あの体で細い枝に止まる。やはり奴には重みがない、もしくは気技で軽くしているんだろうな。
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