第11話 盟約破棄!①
「我、汝との……盟約を破棄する」
光鎖が灰色に変わり、砕かれた陶器のごとくひび割れ、粉雪のように夜風に乗り飛び去っていった。
ーーああ、この開放感、最高。あとは三年を遊んで過ごすのみ。たとえ面白味のない世界だったとしても、それくらいの時間なら無聊に過ごしても構わない。寝て過ごせばいい。
「まあ、あれだ。もし天使とかってのがオレの邪魔をしてきたら、その時は殺しておくわ。そうなるように願っているんだなーーで、約束は守るからな」
忸怩たる思いなんだろう。身長差にやや手間どったが、激しく顔を紅潮させて俯くナイトを担ぎ、斜めに傾いた山肌に触れる両の脚に胆力を込め、駆け上がる。小動物にとれば城壁のように思えるだろう木の根を三つまとめて跳び越え、悠久を経て緩い土に変わりかけている腐葉が多い場所では周りの樹を足場に跳躍し、崖の縁を跨ぐ。
「あっーー」
目の前の光景に短い声を漏らしたナイトを放り投げ、オレは五人五柱と向き合うティアマトの背中を眺める。
おお、竜の腕が三本に増えているじゃないか。だいぶお怒りのご様子で。ダハーカとベヒモスが人間らを庇っているようだが、人権派だな本当。気持ち悪い。
他の神獣は、何とも迷惑げな顔をオレに向けた。
「ナイト、良かったじゃないか。メアはまだ生きているよ」
とはいえ、いつまで保つかわからないが。体の重傷も厭わずに駆け出そうとしたナイトの肩を掴み、オレは望む自由のため、もう一つ手を打っておくことにした。
「全員で当たればティアマトを止められるだろうけど、実現しないだろうから、ひとつだけ助言しておく。ただの勘だが、奴の怒りを鎮めるには自由にするしかないかもな。たぶんあいつ、存在しない自分の子を捜し始めると思うよ。自由にする、の意味はわかるな?」
目一杯に背伸びをし、青ざめた顔のナイトの肩を軽く叩く。ナイトは何も言わず、既に噛み切られている唇を強く噛みしめ、何かを考えーー走り出した。
フンババが守るこの森を楽に抜けるためには、ティアマトが奴らの仲間でいてくれたほうが都合良い。そう思って助言はしたが、従えるのはまず無理だろう。
奴らの不運さは触れるまでもないが、ダハーカを呼べたことは唯一の幸運と言えるかもな。幾度となく戦ってきて、奴の高い戦闘力は理解している。実に鬱陶しいが。
奴と他の神獣が協力すれば、一時的にでもフンババを倒して森を抜けられるかも知れない。で、ナイトたちが長く戦えば戦うほど、オレにもチャンスが来る。
ティアマトと仲間の間で少し待ってくれと叫ぶナイトを視界の端に追いやり、オレは颯爽と争いの場から離れていく。
まあ、とりあえずはこの茂みに身を潜めるか。
逃げたことをティアマトに気づかれたら厄介だったが、奴は目の前の敵に夢中なようだった。
ーーさて、あの子育て獣の目覚ましい活躍でここまでは上手くいったが、難しいのはこの先だ。ナイトたちから身を隠しながら、つかず離れずの距離を保たなければ。
叶わない場合は単独でフンババと相対することになるが、それは避けなければならない。
攻撃をしていない時だけだが、あいつは体を周囲の景色と同化させられる。何より厄介なのが、不死であること。老化しているかどうかは知らんが、殺して息が止まったのを確認しても、しばらく経てば傷が癒え、息を吹き返す。
強い挙げ句にそれじゃあ、戦う気にもならないわ。
そもそも、力を失っている今、単独では絶対に勝てない。
鎮守の森の構造はどこの世界でも同じで、今は森の南にいて、あと3時間も歩けば森は終わる。
ナイトらがフンババを殺してきたとしても、奴は森の入り口付近で襲ってきたはずだから、もう復活しているだろう。
と、思考を巡らせているうちに、メアの震える声が。
「わ、我、な、汝との……盟約を破棄、する」
光鎖が溶けていく。そうだな、正しい判断だよ、ナイト。メアを救うにはそれしかなかった。恐らくは自由にすることを条件に見逃してもらえたんだろう、憤怒から寂しそうな顔に変わったティアマトは、何かぶつぶつと呟きながらオレのほうへ近づいてきた。
おわ、見つかりたくない。地面に腹這いになり、空虚な目のティアマトをやり過ごし、ふと思った。そういや、フンババがあいつを先に攻撃する可能性もあるな。あいつ、予想もつかない騒動を引き起こしそうで期待していたが、この森で生涯を終える可能性もあるか。
まあ……何だかんだと長い付き合いだけど、何ひとつ良い思い出はないし、どうでもいいな。
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