第10話 盟約実行!④
「メア……」
おいおい、嘘だろあいつ。あの叫びをまともに聴けば、人間はひとたまりもないはず。なのに、蒼白な顔でメアの名を呼び、速度を上げて迫る三本の腕へ騎士剣を構える。
これは見物だ。次撃を用意しつつ、どうなるか楽しみにしていたオレは、ナイトが振り抜いた騎士剣の軌道に残る、視界の端から端まで伸びる光の帯に目を奪われた。
光気での一撃に手応えがあったんだろう、力なく倒れ込んだナイトが耳を塞いだ。慌ててオレも倣って警戒するも、ナイトの前方の闇から近づく者はいないようだった。
触れたわけじゃないので感覚だが、あの腕は決して柔くないはずだ。なのに一刀両断とは、やるもんだな。
少しの好意と共に、ナイトを助け起こす。
「メアを助けたいか?」
問いに肯いたナイトの肩を軽く叩き、オレは大切なメアを救えるかも知れない、唯一の方法をナイトへ説く。
「なら、今ここでオレとの盟約を破棄しろ」
「ーーえ?」
「聞こえただろ。盟約を捨てて、自由になれ。そうしなければお前はここから動けない」
人間にしてはずいぶんと聡いようだし、意味は理解できるだろう。さてどうする、ナイト。
「意味が、わかりません」
「いやいや、わかるだろ。とどのつまり、オレは大迷惑してるんだ。天使だが何だか知らんが、そんな奴らとの戦いに巻き込まれたくない。まあ……この世界はかなり特殊なようだから、一人で見て回るぶんには楽しめそうだが」
精悍な顔が唖然から憤怒へ変わっていく。騎士剣の柄を握る手に力が入っているじゃないか、ナイトくん。それでオレをどうするのかな。怒っただけでオレに届く力を持っているなら、そもそも喚ぶ必要あったかな?
「早く決めたほうがいいな。ティアマトは簡単に諦める奴じゃない。次撃が来ないってことは、上の人間たちに襲いかかっている可能性もある」
ナイトは何も応えずに隆起した腕で光鎖を引くが、留まろうとするオレを引き寄せるほどの力はない。当然の結果だが、それは人間からはかけ離れた膂力でもあった。
「ふざけるのも大概にしてくださいーー」
おお、騎士剣を上段に構えたな。で、オレはじゅうぶんに殺傷圏内。さて、奈落の者を斬り伏せたその切れ味がいかほどか知らないが。
「撤回して、早くついてきてください」
「しねえよ。陳腐な言い方だけどな、オレは何かに縛られるのが大嫌いなんだ。今まで喚ばれた世界でも光鎖に繋がれたままだったことはない。それは、これからも変わらない」
「ーーいい加減にしろッ!!」
ナイトの斬撃に斬雷を合わせたが、速さと重さにおいてそれはオレの予想を大幅に上回っていた。何より、オレの雷に触れても騎士剣が砕けていないことが予想外。
騎士剣ごとナイトを仰け反らせ、がらあきになった胴体との間に
ナイトは騎士剣の重みを捨て、後方へ跳んだ。未知の攻撃への対応としては褒められるものだが、今は光鎖がある。光鎖を掴まれ引き寄せられる寸前、ナイトはブーツの側面に仕込んであった伸縮可能な細身の長い剣抜き、引き寄せられる力に乗せてオレの顔を斬りつけようとした。
切っ先は笑みを湛えたオレの鼻先を掠めた。直後に球雷が崩壊。ちょうど今、わずかに首を反らして避けた剣くらいの幅の紫雷が四方八方に飛び散り、左肩と右腕に直撃を受けたナイトは鋭い悲鳴をあげて崩れ落ちた。
「これでわかったろ? かなり加減しているよ」
殺せば、後の禍根になり仲間たちに狙われるかも知れない。まあ、追っ手も根こそぎ殺してしまえば良いだけの話だが、何よりもそんなことに時間を取られるのが嫌だ。
「とは言え、正直なところ驚かされたわ。まさかそこまでやるとは思わなかった。前に喚ばれた世界の人間らは貧弱を通り越した病人みたいな奴らだったが、少なくともお前は違うらしい。が、考えを変えるつもりはねえ」
判断を迫るべく、オレは取引を持ちかけることにした。
思った以上のものを見せてくれたナイトへの賛辞も込められているが、最大の目的は別にある。
「その体でこの斜面を登るのは時間がかかるな。どうだナイト、我、汝との盟約を破棄する。と言えば、メアの元までは連れて行ってやる。そのあとは知らんが、まあ、死力を尽くして守ることだな。まだ生きていれば」
この仕草の意味が伝わるか不明だが、何となく“ういんく”をしてみたオレに対し、ナイトは皮膚に穿たれた二つの穴から流れ出る鮮血を手で抑えつつ、恥辱と怒りにまみれた顔でオレを睨みつけていた。が、ぷつっという何かを切るような短い音のあと、オレの目を睨めつけたまま、険しい表情でゆっくりと肯いた。
おお、豪快に唇を噛み切ったようだ。悔しいんだろうな。
運が悪かったな、オレを喚ぶなんて。
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