第13話 流出するシルエット

 どすどすどす…と言う足音を立てて、とても年頃の女性とは思えない足取りで部屋の前まで来ると、

「何を考えている!」

 と言う怒鳴り声と共に部屋に乗り込んで来た早乙女の形相を見て、大森はひっ…と無言の悲鳴を上げて、背後に居る倉持に視線を送った。

「本を回収するって、正気か⁉︎」

 今にも胸ぐらを掴みかかりそうな勢いで詰め寄る早乙女に、すかさず人差し指を上には向けて答えた。

「上の決定だよ」

 辛うじて怒りの矛先から免れる、ふぅ…と息を吐いた。

「これ以上、学校周辺で事件が起きて貰っては困る…と言う理由らしい」

 らしい…に引っかかったらしい早乙女がピクリと反応した。

「圧力?」

 倉持は何も発言しなかったが、表情が雄弁に語っていた。

「アホが!」

 怒りのぶつけ先を失った早乙女にデスクの足をがん!と蹴られ、大森はひっ…と縮こまった。

「あの本が、唯一の犯人からの接触だって言うのに」

「犯人かどうかはまだ…」

 と言いかけた倉持は早乙女に睨まれ言葉を引っ込めた。

「共犯者だとしても、唯一の手掛かりだろう!」

「確かに、犯行現場も、凶器も見つかっていない。突き刺さっていたのも、元々そこにあった物だったし」

 倉持も同感だった。

 彼らは何処かで殺され、あの場所に突き立てられていた。

「あと、子供たちに動揺が出ている」

 倉持は、押され気味な姿勢のまま静かな付け加えた。流石の早乙女も動きが止まった。

「大森」

 倉持に指でちょいちょいと呼ばれた大森は、早乙女の前に、PCの画面を向けた。

 そこには、学校敷地内…と言う事でイラストしか公開されていなかった、第一の遺体らしいシルエット写真が載っていた。

「プール裏の方は、敷地外だったから、規制力が甘かったんだろうな、そっちがネットニュースに出たら、あっと言う間に群がってきて、コレだ」

「本物か?」

「あぁ。分かりずらいが恐らく」

「あり得るのか?」

「少年が発見する前に見た人がいた可能性はある。通報しなかった理由は分からんが。もしくは、少年が通報し、我々が到着する前か。居合わせた学校関係者とか…」

「もしくは、犯人か?」

 早乙女がモニターから目を離さず言ったが、倉持は横に首を振った。

「投稿者は、身元が割れている。隠してない。こんな事件起こす犯人ならそんな粗忽じゃないだろう。勿論話は聞く手筈だが」


 桃色ネズミ…早乙女の脳裏に、その本の挿絵が浮かんだ。

 実際の現場写真より、その挿絵に酷似している気がする。

 感情が想像し辛い少女の顔が浮かんだ。

 いやいや、あの子じゃない。

 あの子は、自ら賑やかしたいタイプじゃない。

 他の子たちは?

 それ以外の読者?

 その可能性もある。

 どちらにせよ…

「立ち合う」

 早乙女の言葉を受け、

 言うと思った…倉持と大森は目を合わせて、やれやれと言う顔をした。


「咲樹!」

 図書室の戸が開くと同時に、小さく叫んで美春が足速に入って来て、咲樹を包んでいた古からの思考が渦巻いた世界が崩れた。

 咲樹は、大きく古い木の机に置かれた新聞に目を落とした。

「美春、こんなの何処で手に入れた?」

 光陽が手に取って、広げる。

「バスで。前に座ってたおじさんが読んでて、降りる時に脇から抜き取ったわ」

「やるぅ」

 英志が言うと、美春は可愛く睨んだ。

 女子に配慮し小さくページをめくって行く光陽の手を桃華の

「あっ!」

 と言う声が止めた。

 新聞に指を挟んだ桃華に従いページを開くと、

「嘘だろ…」

 光陽が、ばっと顔を上げて咲樹を見る。

 美春も見つめている。

「これ、本物?」

 美春は見ていない。だから、確信は無かった。だけどそうだと分かっていた。

 詩音が、ひっと声を上げて桃華の肩に顔を埋めた。

 咲樹の目が、爛と光る。

「間違い無い。誰が撮ったんだ…」

「俺たちは撮ってないよな…そんな余裕無かった。要人は…?」

「要人はまだ来てないのか?海斗も…」

 咲樹は朝から本に没頭していて、今初めて周囲に図書委員たちが集まっていたことに気が付いた。

「まだみたいね。今は朝練はない筈だけど」

 美春に言われて不安がよぎった時、美春が開け放したままだった入り口に、人影が現れた。

「相変わらず、揃ってるな」

 そんな軽口と共に要人が姿を表した。

「要人…海斗」

 要人の後ろから、海斗が現れ、皆ホッとする。

「要人、これ、撮った?」

 咲樹がずいと新聞の記事が見えるように突き出した。

 海斗の表情は曇ったが、要人は顔色も変えずに、

「いや?撮ってたら見せるぞ?」

 そう言った。

 それはそうだろうと皆納得する。

「本物?」

 要人が顔を近づけたので、美春は顔を顰めた。

「角度としては、音楽室の裏あたりから撮ってる」

 咲樹はあの日、あちこち歩いて色々な角度から桃色ネズミを観察していた。

 咲樹がそう言うならそうなのだろう…と皆納得出来る。

「誰が撮ったんだろう…」

 英志が呟くと

「犯人か、それ以外か」

 咲樹か目を光らせた。

「犯人だったら、もっとはっきりした写真撮ってひけらかさないか?」

 光陽の言葉はいつも説得力がある。

「どちらにせよ…」

(早く帰って、騒がし森のメンバーに見せたい)

 そう思って身震いした。

 何故シルエットなのか。そこに意味が有るのか。誰かが読み解いてくれるかもしれない。

「咲樹、予鈴」

 美春に言われて、我に帰る。

 授業、出ないとダメかな…ダメだろうな…

 子供は不自由だ…と舌打ちした。


 立ち上がり、チラと海斗に視線を送る。

 曖昧に視線を逸らされ、深追いはしなかった。

「昼休みに」

 それだけ言って図書室の戸を閉めた。












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図書室で殺さないで 月島 @bloom

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