第25話「正しく、“冥界の迷子霊”だね」


 何か大きな事件があったとしても、時間は変わらずに流れていく。

 生命がある限り、グリムリーパーやスレイヤーの仕事に終わりはない。


「――今回の回収はこれで最後ね。帰りましょうか」

「うん。分かっ――」

「ゼロ! 後ろ後ろ!」

「え? わ、ちょ、うわぁぁぁ!?」


 クロに言われて振り返ったゼロは、目の前に飛んできた一羽の鳶に悲鳴を上げた。ちなみに、ゼロの隣にいたシルキーは既に避難している。

 鳥と衝突したゼロは後ろに倒れ込み、不運にも地面に頭をぶつけて気を失った。

 




「ってててて……」

「いやー、悪いな。鳥類だから、本能なのか全力で嫌がられるんだよ」


 アンダーテイカーの治療室で軽い手当てを受けたゼロは、未だ痛む頭を押さえる。謝るクロは軽い調子だ。

 まさか、頭を打って気を失うとは思わず、シルキーも「現世の物で怪我するなんて、新発見だわ」と帰ってくるなりオルクスのもとに報告に行った。

 ゼロもオルクスから、「様子を見るためにも、回収後は毎回、僕の所に来てね」と言われている。

 雑談をしながら、二人は報告のためにオルクスの部屋に向かおうと治療室を出た。


「転生の門をくぐれなくて、一時はどうなるかと思ったけどな」

「本当にね。まぁ、オルクスさんの機転で、なんとか首の皮は繋がったから良かったよ……」


 カルマによって狩られそうになったゼロだったが、結局、オルクスが「今のゼロ君はグリムリーパーでもないしストレイでもないから、狩っていいかどうか判断がつかないや」と言ったことで止まった。

 そして、ゼロが触れたことで形を変えたランタンは、オルクスが少し力を込めて小さくした。グリムリーパー達がつけているのと同じペンダントのサイズにまで。

 今、ゼロの首からペンダントとして下げられている八面体の結晶を見れば、中に水色がかった液体が少しだけ溜まっている。


「とりあえず、シルキーの回収にこれからも同行するようにって言われたけど、やっぱり中の水が増えてる気がするんだ」

「何なんだろうな。それ」

「うーん? オルクスさんも気になってはいるみたいだけど……」


 回収から帰ってきたときに、ペンダントの異変に気づいた。

 蓋などはないため、誰かが意図的に水を入れることはできない。ただ、回収のたびに中の水は暈を僅かずつ増やしている。

 これが何であるかは、オルクスも調査中だ。

 ホールに着くと、クロがいつもの流れで扉に行き先と訪問者を告げる。少しの間を置いて扉を開き、中に現れた螺旋階段を上った。


「オルクス。クロとゼロだ。入るぞ」

「はーい」


 階段の先にある扉をノックし、返事があってから扉を開く。中の散らかり具合はもはや見慣れたものだ。

 部屋のソファーに対面して座っていたオルクスとシルキーは、間のテーブルに本を広げていた。

 びっしりと文字が書かれた本だが、ゼロには何と書かれているのか読めなかった。


「お疲れ様。二人とも」

「まったくだ。誰だよ、俺に鳥のストレイを回したの」

「ごめんね? ちょうど鳥の子達が出払ってたから」


 猫であったクロではなく、鳥のグリムリーパーならば、まだスムーズに回収できただろう。動物相手はやはり骨が折れるようだ。

 オルクスはソファーから立ち上がると、足もとに気をつけながらゼロ達に歩み寄る。

 そして、ゼロのペンダントに触れると中身を確認した。


「うーん……。少し変わった?」

「はい。……ほんの少しだけ」

「中身はマナっぽいんだよねぇ。液体化してるのは初めて見たけど」


 増えてきたことで微細に感じるようになった力から察するに、中の液体はマナと同じものと見ていい。

 本来は固体で現れるマナだが、ゼロのペンダントに入っているのは液体だ。

 顎に片手を添えて考えるオルクスはいつになく真剣で、ペンダントを持たれていることもあってゼロは下手に動けなかった。

 すると、ペンダントを様々な角度から見ていたオルクスは独り言のように呟いた。


「これが一杯になったら、何が起こるのかなぁ……」

「もしかして、実験台にされてます?」

「え? うん」

「取り繕う素振りすらないとか……」


 言い訳をすることなく、あっさりと頷いたオルクスはいっそ清々しい。

 彼はがっくりと項垂れるゼロを見て、ペンダントから手を離すと柔らかく笑った。


「あはは。君は本当、前例にないことをしてきてくれるからね。僕もそれが起こってみないと分からないんだ。ごめんね?」


 グリムリーパーやスレイヤーばかりの冥界で、ストレイは滞在したことがなかったのだ。最も、今のゼロは転生の門にも拒まれ、オルクスの手を借りながらもランタンを形成し、ストレイでもない存在になったが。

 再びペンダントへと視線を落としたオルクスは、現時点で分かったことを述べた。


「んー……。僅かずつしか増えないっていうことは、これもマナみたいだし、シルキーとの回収によってマナを得て、それを自然と摂取しているのかもしれないね」

「あり得るわね。ペンダントが出て以来、私からマナは渡していないもの。それでも動けているっていうことは、その可能性もあるわ」


 オルクスの探求心の強さが移ったのか、それとも元々そうだったのか、今やシルキーまでゼロのペンダントの解析に熱心だ。

 シルキーは少しの間だけ顎に手を当てて黙考すると、突然、顔を上げてゼロの手を取った。


「書庫に行ってみましょう」

「え?」

「片っ端から文献を読めば、何かあるかもしれないわ」

「ええ!?」


 雰囲気から察するに、読むのはシルキーだけでなくゼロも含まれている。

 しかし、テーブルに広げられた本はゼロの読める字ではない。現世の何処かの国で使われていた字かどうかさえも怪しい。

 シルキーの案に賛成したのはオルクスだ。


「いいんじゃないかな。僕はカルマの力を取り戻すことしか調べてなかったし、見落としていた可能性もあるしね」

「でも、俺、文字読めないと思うんだけど……」

「大丈夫よ。現世で文字は読めたんでしょ?」

「日本語ならね!」


 本に書かれているのは、遠目での判断だが、どう見ても日本語からは程遠い形をしている。

 すると、シルキーはテーブルの本を手に取るとゼロの眼前に突き出した。


「読もうと思えばそれに変換されるから。……ほら」

「…………うわぁ、ホントだ……」


 距離が近すぎてぼやけたが、下がって見ると文字の形がゆっくりと変形した。

 不思議な現象に気味の悪さを感じるが、これも様々な種族だったグリムリーパーが暮らす冥界だからこそのものだろう。

 クロは「俺は本読むの得意じゃないからパスな」と逃げる気満々だったが、シルキーが「そうね。あなたの頭じゃ理解できないでしょうし」と挑発したことで顔色を変えた。


「ああ? ならやってやんよ。俺のほうが読むの速ぇから」

「内容を理解しなきゃ意味ないって言ってるの。……あ、ごめんなさい。この言葉も分かりにくかったかしら?」

「表に出ろクソババア」

「良い度胸ねクソネコ」

「ふ、二人とも、暴力沙汰はやめよう! ほら、どっちが早く手掛かりを見つけられるかで勝負しようよ!」


 最初こそ火花を散らすことはないと思っていたが、まさかこんなことが切っ掛けになるとは思わなかった。

 慌てて止めに入るゼロだったが、オルクスから「すっかり仲裁に慣れたねぇ」とあまり嬉しくない言葉を掛けられた。


「あら、いいわねそれ。一石二鳥ね」

「マジか。二羽も鳥食えるのか」

「馬鹿じゃないの? あ、馬鹿なのね」

「ああ!?」

「ほら、行くよ二人とも!」


 このままではオルクスの部屋がさらに荒れる。片付けをする者がいるかは定かではないが、苦労は最小限に留めたい。

 今にも噛みつきそうなクロの背を押し、ゼロは「失礼しました」と言って部屋を出る。

 シルキーもその後に続いたため、部屋に残ったオルクスは急に静かになった部屋で小さく息を吐いた。疲れを感じたわけではなく、微笑ましい姿をもっと見ていたかったからだ。

 そこに、ホールの扉の前から入室の許可を取る声が聞こえ、オルクスはこの部屋と繋いでやる。

 少しの間を置いてから部屋に入ってきたのは、討伐から帰ったカルマだ。


「ゼロは?」

「入れ違いで書庫に向かったよ。それと、ペンダントに溜まっているのはマナみたいだ。……僕も、古い文献をひっくり返してみようかなぁ」

「……ほどほどにな」


 部屋を見渡したカルマは、これ以上、散らかるのを阻止しようと言った。片付けるのはカルマか、事務作業をしているグリムリーパーの誰かだ。

 だが、オルクスには別の意味で伝わった。


「大丈夫。適度に休憩は取るよ」

「いや、そういう意味じゃないんだが」


 ただでさえ、作業に集中したオルクスは、よほどのことがない限り部屋の惨状に気づかない。後で困るのは彼自身なのだが。

 これは定期的に見に来る必要がありそうだ、と思っていると、オルクスが最初のカルマの問いに首を傾げた。


「ゼロ君に何か用事だったの?」

「……大した事じゃない。アイツがグラッジ化の兆候を出していないか気になっただけだ」

「仕事熱心だねぇ」

「前例がないからな。注意して当然だろう」

「ふふっ。そうだね」


 知り合った相手にも容赦しない辺り、やはり、カルマはスレイヤーに向いていると思った。同情をすれば、自分が痛い目に遭うとよく分かっている。

 床に散らばった本を拾うカルマに気づいているのかいないのか、オルクスは窓辺に歩み寄って外を眺めた。

 アンダーテイカーの裏手に、四階建ての書庫がある。書物が多すぎて、オルクスも未だすべて読めていないほどだ。

 その入口に向かうゼロ達の姿を見つけると、オルクスは小さく微笑みを浮かべた。


「行く宛もない、自分が何者かすらも曖昧な存在。まさしく、“冥界の迷子霊ストレイゴースト”だね」






〜『冥界のストレイゴースト』 完〜



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冥界のストレイゴースト 村瀬香 @k_m12

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