@andy-t

第1話


 ようやく自由に飛び回れるようになり、少したった頃、今までは飛ぶ事の楽しさに夢中で気付かなかった事が、眼に映るようになってきた。


 ある者は、土から今にも顔を出そうと、もがいている。

 ある者は、昨日の自分の様に力の限り飛び回り鳴いている。

 ある者は、風に吹かれるがまま転がっている。

 ある者は、鳥たちに啄ばまれ、小さな姿に変わり果てた。


 ・・・「いったい自分は、今、何処にいて、今から何処へ行くんのろう。」・・・



「すごい、すごい!」少し興奮気味な、少年の声が公園に鳴り響く。得意げな顔で父親に差し出した手の中には、一匹の蝉が握られていた。

「持って帰ってもいい?」少年は、父親の顔を覗き込んだ。父親は「でも、今日で動かなくなってしまうかもしれないから、逃してあげようよ。」と優しく少年に問いかけた。少年は不思議そうな表情を浮かべ、父親に問いかける「お父さんは、蝉さんがいつ死んじゃうのか知っているの?」父親は、そっと少年の肩に手を置くとゆっくりと話し始めた。

「いいや、分からないよ。でもね、一週間、七回朝が来ると・・。」

 そう言いかけたが、少年の傍にしゃがみ、地面を指差して、「見てごらん。」と言い、再び、ゆっくりと話し始めた。


 あの蝉は、土から出てきて、飛ぶ準備をしているところだよ。

 あの蝉は、よく飛んでいるけど、いつ生まれたのかな。

 あの蝉は、あの蝉たちは、昨日は飛び回っていたのかな。

 あの蝉は、鳥に追いかけられて・・

「頑張れ!逃げろ!」傍にいた少年が必死に叫んでいた。「あっ!」その瞬間、蝉は、鳥のくちばしに収まってしまった。


 少年と父親は、少しの時間、眼を合わせると少年は手を優しく開いた。

 勢いよく飛び出した蝉に「頑張れ!逃げろ!」少年は、そう言うと少し、はにかみながらも、晴れ晴れとした表情で父親を見つめた。



・・・ 「ありがとう、今からもう一度、精一杯飛ぶよ。」・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

@andy-t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ