例え話

梓柚水

第1話

昔、私の家に薬売りの旅人さんを泊めたことがあるんです。その人は色々な薬を詰めた大きな鞄を背負って、国々を渡り歩いていました。彼が私に語ったことを、ふと思い出したので聞いてくれますか。


白の国

他のどの国よりも科学が発達していたここでは、いかなる病気も薬で治すことができました。科学者たちの努力によって生み出された数々の薬のおかげで、人々は病に苦しむことはほとんどありません。この国で生まれたある少年は、素晴らしき薬を他の国々にも広めたいと願い、薬売りになりました。


橙の国

彼が最初に訪れたこの国は、 何処もかしこも煙っていて、道行く人々は皆咳き込んでいました。早速彼は道端で咳止めの薬を売り始めますが、ちっとも売れません。誰一人として立ち止まることなく、まるで変なものを見るような目つきで通り過ぎていきます。

「お母さん、この人が言うクスリってなんのこと?ぼくたちびょうきなの?」

「しっ、この人がおかしいんだよ、私たちは病気なんかじゃない、みんな咳をしているでしょう、普通のことよ。」


緑の国

薬がさっぱり売れず、宿代に困りって疲れ果てた彼を、あるおかみさんが家に泊めてくれました。

「おかみさんありがとう。お礼になんでもひとつ薬を差し上げます。」

「困った時はお互い様さ。でもね、私たちは薬は必要としていないんだ。」

「必要としてないって…病気にかかったらどうするんです。」

おかみさんはあごをしゃくって窓の外を示しました。

「子供は駆けずり回り、大人は汗を流して働く。そうして色々気をつけながら健康に暮らせば、大抵の病気なんてへっちゃらだよ。それでも避けられない病気は、まあその人に与えられた運命なんだろう。」


紫の国

この国も、病気の人はたくさんいるのに、誰も薬を買いません。道端で何回か日が昇って落ちたのを見た末に、彼は一人の男の家に招かれました。

「商人さん、この国では病にかかっても誰も薬を買えないのです。王様が認めた聖水しか病に効くものとして認められないのです。王様に捕まらないうちに早くこの国を出なさい。」

彼が男に感謝して去ろうとすると、男はしばらく逡巡したのちに彼を小さな部屋に連れて行きました。

「この国はいずれ病で滅ぶでしょうね。それでも、この息子だけでも救ってやりたい。商人さん、薬を売ってください。」


その後彼に会うことはありませんでしたが、なんでも薬で財を成した後、突然緑の国に家を建てて余生を過ごしたという噂です。

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例え話 梓柚水 @azusa_yumi

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