第16話

 午後の授業は全て終わった。

 長い。周りの動きが気になる、喋り声が気になる。

 集中するが頭に入っているか、わからない。


 そんな今日というこの日の学校生活はは終わった。

 そして明日、また苦しい学校生活を送ることになる。そんな毎日。


「森高くん?」

 小森が呼び掛けてくる。

「ああ……」

「ぼーっとしてたようだけど、どうしたの?」

「いや、何でもないよ。それより昼休みは違うところで過ごしたようだけど、大丈夫だった?」

「うん! あの人達がちょうど居なかったから、教室で食べたよ。ちょっと視線が痛かったかな……」

「そうなんだ。危ない毎日だから気をつけないと。クラスが違うっていうハンデがあるから」

「うん」


「そういえば、今日のあれらはどうだった?」

「あれら? ああ、なにもしてこなかったよ。森高くんのおかげかな?」

 森高は首を横に振る。

「違うと思うよ」

「そうかな? 私はね、とても嬉しいよ? あんなことができる森高くんはすごいと思う」

「いや、あの手段は悪い。脅しなんて……」

 森高は顔をゆっくりと下げた。

 小森はその動きに人を思う心が見えた。

「森高くんはあの人たちをどう思うの?」

「そっちに悪いことをした人に見える。だけど同じ人間なんだ。心からの……いや、そもそもしない、そんな大人な考えを持たせないと、自分達がしたことの重大さには気づかない」

 小森は感心した。

 森高はを助けるんだと、そう言っているように見える。

 森高くんが何を考えているかはわからない。そう見えるのは感覚的で受けたものだから。

 森高くんの考えは、私たちのような普通の人には辿り着けない、より良い未来を考えているのだろうと思った。


「だから――」

 言いかけた。

 小森を自殺に追いやろうとした集団が向かいから歩いてくる。

 リーダー格の女に目を見られる。

 だが森高は顔を変えない。変えずに彼女達の顔を見る。

 すると突然、小声で用件を言われた。

 やがて通りすぎ、その背を森高は見ていた。

「ねぇ……」

 緊張から解放され震えぎみに聞いてくる小森。

「……ああ。何となくだけど……もう大丈夫だと思うよ」

「いきなり……どういうこと?」

「もう、怯える必要が無くなったよ」

 小森は意味がわからないのか困った顔をする。

「? 森高くんが言うなら……」

「今日はもう帰ろう」

「うん……」


 リーダー格からとある場所に来るよう言われた。

 森高は指定の場所に行く。

 ここは人気のない場所で廃工場。

 森高は身に危険が及ばないよう、保険として逃げる道を確認し、自衛に小さい木刀を携えている。

 この場所で叫んでも人はいない、警察に電話しても用件を言っている暇はない。

 自らが危険を感じたら逃げるよう構えるのみだった。


 夕暮れ時。

 暗くなり始めてきた。

 森高の目の前には人影ができた。

「来てくれたんだ……」

 今のところリーダー格の一人しか見えない。

 探すように遠い場所を見たり、背後を警戒している。

「私一人よ。警戒しすぎで変に見えるよ」

「何のために呼んだ?」

「もちろん、話をするため……」

 リーダーは四角の木箱に座った。

「あたしはね……楽しい生活がしたいの。弱い人間をいじめるのは、楽しかったよ」

 悪びれた様子もない。話を聞いているのが違う人だったら、女でも殴る。

 しかし、森高は冷静だ。

「いじめるのが楽しいとは……頭がおかしいだろうが?」

「そうね。いじめるのが楽しいのは最初だけ……あの子が一方的にやられているのを見るのはとても楽しくなかった」

 どういうことだ?


「そっち達全員の意志があっていじめをしていたんじゃないのか?」

 リーダーは首を振った。

「そう見えた? そっかぁ……」

「どういう――」

 リーダーは突然何かを思い付いたかのように顔を上げた。

「何だ……?」

「そう。君、森高が見つけてみなよ。私たちの誰がいじめをしようって言ってるのかを」

「どうして? その前にそっちはいじめたいのか、そうではないのか?」

「楽しかったらしてた。でもしても楽しくない。だけど……」

 森高の前まで歩いてきた。

 森高は後ろに下がった。

「下がらなくてもいいのに……。まあいいよ。そう思われてもおかしくないからね」

「おい、話をそらすな」

 蠱惑的な笑みに上目遣いで森高を覗く。

 しかし、リーダーは首をかしげる。

「あれ、おかしいなぁ?」

「おかしい? 話をそらすな。で、いじめ、したいかしたくないのか」


 リーダーは困り顔を浮かべた。

「はぁ……。いじめ、いじめねぇ。あたしは楽しいことのためにするの。あたし達があの子を追い詰めた時、あたし達の日常は大きく変わったの」

「日常……」

 思うところはあったが、リーダーの話を黙って聞く。

「森高があの子を助けたこと……。身を挺して守る姿を見て、あたしは変われると思ったよ。あたしの今を楽しませてくれるのは、森高だなって」

 リーダーを楽しませられるのは自分だということを言われてしまった。

「なら、もういじめをするのはやめろ。それでもって周りに言って止めろ」

「嫌よ!」

 目付きはあまり変わっていないが、それでも強い意思を感じる。

「なんで……」

「あたしはこれまで通り、人をいじめる」

「自分の愉悦に人を巻き込むな」

「そうだね……でも、もう遅いよ? あたし達はあの子だけをいじめてたわけじゃないから」

 ちっ。他にもいるのか……。

「あたしは、あなたからどう見える?」

「そっちらのリーダーで、いじめの内容はそっちが考えているのだろうと……」

「あってるよ。いつも単調じゃあ面白くないと思って……やり方を変えてるよ。それを暴いて止める。楽しいね」

「全然楽しくない。そっちらは下手すれば人を殺す、そうだろう」

「それをあなたが止めればいいの」

 まさか……!

「人の命をかけて、楽しんでるか?」

「いや、命をかけるのは楽しくない。だからかけてない」

「どういうことだ?」

「いじめなんて、些細な出来事が大きくなったもの。最初は嫌いだからが理由で殺意なんてない、最後まで」

 殺意がないのが質が悪い。彼らに欠如しているのは人を思う心だ。

「あたしがしたいのは、楽しい日々を過ごすこと。あなたはあたしを楽しませて欲しい。あたしはあたしのグループであなたに挑戦する。あなたはそれを阻止するの」

 命のかけについて問おうとしたが、言ってくれた。

「命はかけてない。無くなることは本望じゃない。もしそうなったら……何てことは考えないよ」

「はぁ。悪いと思うか?」

「思うよ。でも人を巻き込まないと楽しめない。それに、あなたに助けられたあの子、とてもいきいきしてるよ」

「もし、そっちのやることを無視したら、そのときはどうなんだ?」

 リーダーは考える。

「そのときは……さあ? わからないよ。楽しくない、つまらないが大きくなったら……死ぬかも」

 冗談に聞こえないことが腹が立つ。

「わかったわかった……」

「本当に?」

 顔を覗いてくる。

「仕方ないから。そっちも死なれちゃまずいし」

「ありがとう!」

 手を出して握ろうとしたが、森高はかるた競技の選手のような速さでかわした。

「……む、なんで?」

「悪いやつには触れたくないし、触れられたくない。あと……」

「あと?」

「究極を目指す。そっちを満足させるんじゃない。その仲間の思考を変えて、いじめを無くすこと」

「ふふっ。できるといいね」

「まるで他人事だな。そっちもだ。その歪んだ思考を正す」


「あと、私の名前は松村まつむら 高嶺たかね。よろしくね」

「森高 真地。よろしくされたくない」

 森高は嫌な顔を表に出して、関わるのだった。



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素直に生きていたならば…… 中口 端 @otagunzi

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