第4話 俺の名は

 小母さんも小娘も、そして俺も黙々と食事を続けていた。

 ただ、テレビから流れる音声だけが、だけがーっ

「中東、シリア問題に関して、ロシアのプーチン大統領は如何いかなる協議にも応じないとの強い姿勢を……」

「はぁーっ! ロシア? 何でロシア何だ? ソ連の間違いだろ。それに大統領だあ? スターリンだろ、書記長は。馬鹿が」

「お母さん、それんってなあに?」

「ええっと、ロシアの古い、以前の国名よ」

「ふーん」

 と、親子して頓珍漢な会話をしている。

 俺は唖然とした。時代が未来に飛んでいるかのような設定だ。浦島太郎か、俺は?

「では、次のニュースです。昨日、天皇陛下が水稲お手まきを行われました。皇居内生物学研究所で……」

「おいおいおい。陛下がこんな御老人な訳ないだろう? よわい四十三歳でいらっしゃるはずだ。それに何だー? ひげがないぞ、髭が。口髭っ! しかも、こんなに長々と御姿を世間にさらす事など有り得ん。奇異だ。可笑しすぎるっ!」

「お願いだから、座って。ご飯を食べて」

 と、背後に居た小母さんは今にも泣き出さんばかりの表情で、懇願する。

 俺はテレビの両脇から手を離すと、席に戻って、大人しく朝餉あさげを続けた。

 まぁ、良い。夢だからな。もう何もかもグチャグチャだ。その内、めもしよう。いや、もしかして、此処ここは天国だったりするのか? 俺はやはり死んで、成仏したのか? う~ん。

 俺は小母さんを一瞥いちべつしたが、その顔色は暗く、此処が天国なのかと聞く勇気が

流石さすがに出なかった。

 小娘の方は一早く食べ終わると、食器を片付けて部屋を出て行く。

「七海、体操服忘れないでね」

「はーい」

 と、娘は何ともだらしない返事をした。

 そうか。ななみというのか。しかし、少しな名前だな。谷崎潤一郎の小説に出て来る痴女みたいな名だ。だから、あんな口の訊き方をするのか?

「大樹も学校遅れるわよ」

 たいき? 俺の事か? 学校? 学校に行くのか? なら、早く食べないと。

 俺は一気に平らげた。

「御馳走様でした。美味しかったです」

「あら、有難う」

 と、小母さんにやっと明るい表情が出た。

 部屋に戻ってみると、大きめのバックに教科書やらノートが詰めて置いてあったので。今日は木曜日。壁にピンで留めてある時間割とも一致する。

 服は……ハンガーで掛けてあるのを着ていけばいいのか?

 学生服の左胸の名札には、多摩南中学校、二年二組、出水大樹とある。

 多摩? 此処ここは東京の多摩村なのか?

 窓から外を見たが、町並みはどう見ても町、あるいは市の規模だ。

 ん? 学校の場所は? 何処どこに行けば良い?

 向かいの部屋の戸の開け閉めの音がした。続いて、小刻みに軽く階段を駆け降りる。

 俺は急いで、戸を開けた。

「ななみ、待て! 一緒に行こう」

「良いけど。じゃあ、早く着替えてよ」

 と、ななみは少し御機嫌斜め気味に答えた。

 中学校も小学校と同じ方向のようだ。良し良しとうなずき、俺は急いで着替えに取り掛かった。

 学生服に袖を通す。もう着る事はないと思っていた。何とも言えない喜びを感じた。

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君は青い空を見たことがあるか? 訳/HUECO @Hueco_k

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