第3話 平成の朝食

俺は夢遊病者のような足取りで、右手のドアを開けた。

先程の娘が椅子に座って食事をしている。向かいの席には、三十代位の母親らしき女性がやはり食事を取っていた。

「お早う。早く食べて」

と、早口で促す。

「お早う御座います」

と、俺は頭を下げた。

「んふふ、何よ。急にどうしたの?」

ん? 何か可笑しいのだ? 分からない。

ふと、左に目を遣ると、得体の知れない物体が頓挫していた。

「な、何だ、この箱は?」

「テレビがどうかした?」

と、小娘が問うて来た。

「テレビ……そうだ。聞いた事があるぞ。動く映像を電波で送って、箱に据え付けた硝子板に映し出すと。将かそれがれかっ! 丸で小さい活動映画館ではないかっ! ん? 嗚呼ああ、もしや外地でこっそり試験運用していたという訳か? そうに違いない」

「お母さん、大変。お兄ちゃんが中二病に掛かっちゃった」

チューニ病? チューニ病とは何だ? 此方こちらの風土病なのか? 俺は感染しているのか?

「はいはい、早く座って」

と、御婦人は意に介せず、御飯を勧める。

俺は取り敢えず席に着いた。ふとみると、新聞が置いてある。

ほう、旭日あさひ新聞か。どれどれ……

「何だ、この紙面は?」

「ん、何?」

と、娘が問い質す。

「戦争の事が何処にも載っていないじゃないか! どうなっている、ん? 平成?動く映像を電波で送って、箱に据え付けた硝子板に映し出すと。将 平成二十九年だと? 何だ、この可笑しな年号は? 昭和はどうした? 西暦2017年四月十三日木曜日ーっ? おいおい、印刷ミスか?」

「いい加減にしなさい!」

と、御婦人が怒鳴った。

「学校に遅刻するわよ。もう早く食べて」

「はい」

いかん。怒らせてしまった。取り敢えず、食べよう。第一、夢だしな。そうだそうだ。辻褄が合わないのも道理だ。はははっ。

俺は黙って箸を進めたが、しかし、夢の中で此処まで現実的な食事をするのは初めての経験だった。

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