3章 生み出す手

 朝。ここ最近は太陽が容赦なく照りつけている。寒いよりは幾らかマシか、とユウレンは考えながらベッドから抜け出した。トーストに目玉焼きとサラダと簡単な朝食を済ませて、片付けをする。洗濯機に洗濯物を放り込み、洗濯が終わるまでの間に今日の予定と今後の仕入れを確認する。ユウレンは趣味で、雑貨屋をやっている。元々手先が器用なのと、アクセサリー等のデザインを考えるのが好きだった為、始めた店だ。最初のうちは、接客慣れしていなくて苦労したが、今は漸く仕事も軌道に乗ってきたところである。何度も訪れてくれる人もおり、ユウレンはそういう人達に感謝をしていた。雑貨屋は市場の中に幾つもあるが、わざわざ自分の店を選んでくれるという事がどれだけ有り難い事か。今日は依頼を受けていたネックレスの修理が、最優先だ。それが終われば、新作のアクセサリーについて考えようとユウレンは頭の中で、今日の予定を組み立てて行く。洗濯が終わり、小さな庭に洗濯物を干す。小さいが庭があるだけで、随分と気持ちが落ち着くものだ。こうした自然物に囲まれる事が、好きな性分であるのでユウレンは読書なども庭のベンチでする事が多々あった。

 諸々の家事を済ませて、ユウレンは家を出て市場の店へと向かう。殆んど趣味でやっていると言っても、開店時間は守る。せっかちなお客が既に居たりする場合があるからだ。幸いな事に、今日はせっかちなお客はいないようだった。お客を待たせるのは、ユウレンの性分に合わない。それが例え、開店時間より前だったとしても、申し訳無い気持ちになる。店の鍵を開け、窓に掛けてある札をひっくり返して『営業中』とした。店内は、アクセサリーの他に雑貨も多い。ユウレンが独自に他の市場から買い付けを行っているからだ。店内のレジカウンターを挟んだ奥が、小さな工房となっている。ユウレンは営業中、この小さな工房で過ごしている事が多い。店と暖簾で仕切られただけの工房だが、ユウレンはこの場所が気に入っていた。狭い所の方がどこか落ち着いて作業が出来る気がするのである。

「さて、と。始めるか」

 依頼を受けていた、ネックレスの修理を始める事にした。ネックレスの金具を交換して欲しいとの事だった。依頼人は形見としてそのネックレスを手にしたらしいが、金具が劣化しているので直してから大事に使いたいという事らしい。そういった事情での依頼なので、自然と作業も慎重になる。ネックレスのパーツの位置を記憶し、一旦パーツを全て外してから新しく丈夫な金具やテグスに、先程のパーツを配置していく。写真を撮らなくても、ユウレンはどんなものでも一瞬で記憶する事が出来た。それがいつ役に立つか、本人も店を開くまでには疑問であったが、こういうときに役に立つもので、自分にこういった能力があって良かったとユウレンは思った。

「すみませんー」

 店の方から声が聞こえて、ユウレンは作業の手を止めた。ネックレスは、作業用のトレーにそっと置いておく。

「はい。お待たせしました。久し振りですね」

 店にいたのは、杖を持った初老近くの女性であった。柔らかく笑みを浮かべている。ユウレンの店の常連の一人である。女性は、ユウレンのアクセサリーが気に入っているようで月に一回は、何かしらの用事と共にやってくる。

「本当ね。先月振りだから、随分昔に感じるわ」

 ふふふ、と口元を隠しながら笑う様子は、上品であった。

「今日はどうされますか?」

「そうね、最近作ったものはあるかしら? 後、この指輪汚れてしまってね」

 ユウレンは、最近作ったものを棚の中から、幾つか見繕ってトレーに並べた。

「どうぞ、お掛けになって下さい」

 女性に椅子に座る様に促し、近くのテーブルにトレーを乗せた。女性が椅子に座るのを確認して、ユウレンはトレーに乗せたアクセサリーの説明を始めた。

「最近作ったのは、このトルコ石とアクアマリンを組み合わせたネックレスですね。次に、ガーネットを埋め込んだ指輪です。こちらはサイズが幾つかあるので、ご希望の物があればお出しします。あと、こちらは、ホワイトクォーツと水晶で作ったブレスレットになります。色がシンプルなので、洋服に合わせやすいかと」

 簡単にそう説明すると、女性はうんうんと頷きながらトレーの上のアクセサリー達を楽しそうに眺めていた。

「それと、先程指輪が汚れてきたと仰ってましたが、ご覧になっている間に掃除出来ますが如何しますか?」

「あら、本当? じゃあ、お願いしようかしら」

 女性は小さなハンドバッグから、布で包んだ指輪をユウレンへと手渡した。作業用のトレーに指輪を乗せ、クロスで丁寧に指輪を拭いていく。徐々に本来の輝きを取り戻しつつある指輪を見て、女性は嬉しそうにしている。

「まるで、魔法のようね」

「いえいえ、そんな」

 お互いにそう言った冗談も交わせる程、この女性とは店を通じた付き合いが長かった。女性が持ってきた指輪は、シンプルな指輪ではなく飾りが多く素人が幾ら気を使っていても汚れが取れにくいものである。いつか、この指輪についての話になり、その際に孫から初任給で貰ったものだと嬉しそうに語っていた。

「お気に召すものは、何かありましたか?」

「そうねえ、このブレスレット綺麗ね」

 トレーに乗せてあるブレスレットを手に取り、女性は重みや触り心地を確かめているようだ。

「指輪の掃除が終わりましたので、ご確認頂けますか?」

 女性はトレーにブレスレットを置き、指輪を受け取る。ユウレンは女性に指輪を手渡した。

「あら! やっぱり、あなたに任せて正解だったわ。こんなに綺麗にして貰って」

「ありがとうございます。ブレスレットは、他にも種類がありますがご覧になりますか?」

「そうね、折角来たのだから見せて頂こうかしら」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


〈続きは本にてお楽しみください〉

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