突然始まったルーナとの生活2/2
〈ノーラ視点2〉
ライアちゃん…ああ、ヘレナの親戚の子だったか。
「あの子ねぇ、ここからすぐの、あの孤児院の院長先生をしてるのよ!」って彼女が自慢げに語っていたのは記憶に新しい。
「じゃあ、あの子の体にある傷…あれは一体どう説明するつもりなのさ。
明らかに日常生活でついた傷では無いだろう?
孤児院は、いつから…あんな酷い状態の人間を放置しておくようなポンコツ施設になったんだい?」
はぁ、ついカッとなって言ってしまったけど、アタシがこんなにヘレナに突っかかるなんて…。
自分で思うのも何だか馬鹿らしいが、全く以てアタシらしくないね。
ーーそのくらいアタシはあの子に惹きつけられている、ってことか?
自分が持つ全てを使って、あの子を苦しめるものから守ってあげるたいと、そう願ってしまうのも…。
「ノーラ!孤児院のことを悪く言わないで頂戴、ちゃんとその事もライアちゃんが言っていたから。
アレはね実は、かなりの問題児らしいのよ。
ライアちゃんが幾ら口で叱ったって全く聞く耳を持たないから、やむなし手を出すことにしたらしいわ。
私だって本当はそんなことしたくないのに…って、今にも泣き出しそうなライアちゃん見たら、もう頭に来ちゃって。
その勢いであちらこちらに言って回ってやったのよ。
「孤児院一の問題児が街にやってくるけれど、決して話しかけたり、近付いたりしちゃあ駄目よ」ってね。
だからすっかり知らない人なんていないと思っていたわ、ノルコットの皆の情報網って凄いものだから。うふふっ。」
一切の悪気を持たず、始終上機嫌に、鬱陶しいほど長々と…孤児院について語るヘレナ。
それこそ相手が男性なら、普段の姿より増して愛らしい、と赤く頬を染め上げるかもしれない。
だけど、アタシはその姿を見て…ただただ怒りの感情が募るだけだった。
「あんなに全身傷だらけの見てくれになるまでするなんて、もう躾なんて優しいもんじゃ済んでないだろうに!」
とうとう大声で怒鳴ってしまったアタシに、ヘレナはその容姿らしくびくびく怯える訳でもなくーーただ小馬鹿にしたような視線をこっちへ向けてくる。
「あらぁそんなに感情的になってどうしたの?
そんなの愛のムチってものよ。
ライアちゃんは、例えどんな子であっても愛を与えられるなんて素晴らしい子よね。そう思わない、ノーラ?」
プチン、と何かが切れる音が鳴ったーーような気がした。
そもそも、アタシが随分前にノルコット孤児院長ライアについて聞いた噂は、お世辞にもあまり良いものでは無かった。
いや、あまり良くないどころか…かなりの酷評だ、と言えるかもしれない。
確か、ライアは男には媚を売っておきながらも、一旦下に見た女は散々に貶めるとんでもない悪女、とかそんなものだったはず。
その噂を十二分に信じれば、ヘレナはライアの外面だけを見せられている、という事になる。
まあ当然だけど、ただ単にその噂が全くの嘘っぱちだった可能性もあるから、ヘレナ言う「ライアちゃん」が本物の姿がであるのかもしれないが。
あとついでにぶっちゃけると、アタシはヘレナにずっと前から苛ついてはいたのだ。
彼女は自分の思っていることの全部が正しいと信じて疑わない。
しかも、その考えもさして出来上がったものでは無く、親に散々甘やかされてここまで生きて来たのだろう、世間知らずな娘っ子のそれ。
簡潔に言ってしまえば、自己中心的なのである。
あぁもう、アタシにはこんな色々と疲れる人間に使える気なんてないね。
ヘレナの両親も、娘の言う事は何でも聞く甘々で盲目的な人間だから、彼女の不興を買うということは…それ即ち店の利益が減るということだろう。
それを思うとカイルには少し申し訳ない気持ちになるけど…こればっかりは仕方ないだろう?
アタシが、腹の中で蠢く怒りの炎になみなみと油を注いでいる間にも、彼女はずっとアタシに返事を求めているようでーー顔をじいっと覗き込んでこっちの様子を伺ってくる。
何だい、アタシが馬鹿にされたから怒っているとでも?
ふん、お生憎様だね。
そんな事したってーーそれが例え、普段なら気にも留まらない何気ない態度であったとしも、心が憤りで満ち溢れている今なら…ただ腹が立ってしまうだけ。
「ねぇノーラ、あなた本当にどうしたの?
さっきまで、やけにヒステリックになっていたと思えば、今度はすっかり黙り込んじゃって…。
アレを視界に入れ続けた所為で、何かおかしな病気にでも感染したのかしら。
うふふ、全く困ったものね。」
この期に及んで…どうしてそう、アンタはアタシを苛つかせることばっかり言うんだ…!
もうここまで来てしまえば、アタシは誰にも止められないーー自分自身であっても、ね。
「アンタこそさっきから何なんだい、口を開けば巫山戯たことばっかりベラベラと。
自分の考えを自分本位に擦り付けて、何でそんな能天気な面してヘラヘラ笑っていられるのか…アタシにゃさっぱり理解出来ないよ!
まあもし仮に理解が出来たとしてもーーそんなの、こっちから願い下げだけどね!」
アタシはそれだけ言い捨て、身を翻してその場を早急に立ち去った。
ーーヘレナと無駄話をしている間に、随分と遠くへ進んでしまったあの子に向かって一直線に。
ーーあの子に、何て声を掛けようか。
唐突に話を進めすぎても、ただ困るだけだろうし…もしかしたらアタシを怖がって逃げてしまうかもしれない。
そんな悲惨な事態は、何としても避けたいものだ。
ここで突然、ふっと新婚の時にカイルが言っていたある言葉が頭に大きく響き渡る。
『商売は、店の誠意を見せて商品を売り込んでこそ成り立たつものだ、と俺は思っている。』
もしかしたらーーそれは人間同士のやりとりでも同じなんじゃないか。
良く考えれば、説得したい相手に自分の誠意を表すのは至って常識的なことだ。
頭を下げる、気持ちを言葉にする…それら全てが。
それなら、無駄に計算高く話しかけるのはアタシの誠意?ーー否。
アタシの思うままに、この口から言葉を編み出していけばいい。
それが正しいことなんだ、と信じているよ。
アタシが、傷つける全てのものから守ってあげたいと、そう心の底から願うあの子の目前に立つ。
すっ、と軽く息を吸って、アタシは口を開いた。
「お嬢ちゃん、迷子かい?」
こんな世界の片隅で。 戯華とと @Toto_kuma
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