第12話 才能の壁
伏見椿という女の子は、文芸部の、後輩は。未知数の塊で、私にとって彼女は、唯一、私の存在を許してくれる都合の良い存在で。……だけど、そんなの私の身勝手な妄想で、願望で。現実の彼女はただ一人、自分の作品一本で勝負しようとしている作家さんだった。
……だなんて、言っても私にはその大変さも、苦悩も分かりはしないのだけど。目の前で伏見さんが苦しんでいるのは現実で。やっぱりそれを見過ごすのは、なんだか違うなって思っていた。
友達になりたい。
言葉にしてみればとても簡単なことなんだろうけど、上辺だけじゃない。ちゃんと、向き合って、友達になりたい。
曖昧な、離れるのが怖くて、近づけない、そんな距離感じゃなくて。……そんな風に思っているのはやっぱり私のわがままで、それに巻き込まれる伏見さんは良い迷惑なんだろうなって思っていた。
「けど、私、伏見さんの友達になりたいんだ」
恥は何処かに忘れて来た。
「伏見さん、私、どうしたら良いかなっ……?」
嘘。顔は真っ赤だった。火照っているのが自分でもわかるほどに暑かった。
だけど伏見さんは真剣な顔で、けれどやっぱり少し困ったように、私の想いを受け止めて、
「どうって……私は別に良いよ? 友達。……だと思ってたけど」
衝撃の事実だった。友達だったんだってポカーンって間抜けな顔になるけど、そうじゃなくて。
「私、出版取りやめてもらった方がいい? 伏見さんが頑張るならその邪魔したくない。しちゃいけないよ。だって私は作家になりたいとか思ってるわけじゃないし、伏見さん見たく本気で書いたわけじゃにのにそんなの失礼だよね……?!」
どうにか、彼女に元気になってもらいたいんだ。私は。
だからこそ思いついたままに提案してみるけど、伏見さんは何も言わず、ただ目を釣り上げた。
口元は笑ってるけど、それは作り笑い……? けど、えっと……、
「なに……?」
わかんなくてもう聞いてしまえ!
なりふり構ってられないとはこのことで、分からないなら分からないなりに聞いてしまおうと開き直った。どのみち伏見さんが怒った原因も自力では気づかなかったんだから、仕方ない。
鈍感だと、空気が読めないと、バカにされるかもしれないけど、それを私は受け
止める。だってそんなの、些細なことじゃないか。分からず、曖昧にしたまま距離を取られるよりも私はその方がずっといい。いいと思う。もう、置いていかれるのは嫌だ。突き放されるのならちゃんと追いかけてから突き飛ばされたい。
自然に、いつのまにか友達が自分の元から離れて行った時もきっと原因は私にあって、けれどそれに私は向き合わなかった。向き合おうともしなかった。平気だと、気にしてないと言い聞かせて、殻にこもって。だけど、今は。そうじゃない。
「わかんないから教えて……? 私、どうしたらいいかなっ……?」
伏見さんの、友達でいたい。
力になりたい。
友達として。
できる限りの言葉で補足して、想いを伝えて。
ウザったいと言われたらそれまでなんだろうけど、他に何も浮かばなかったから殆どヤケクソだった。
伏見さんの細い指をとって、気持ち悪いぐらい勢いまかせに青春してみる。
そんな私を伏見さんは呆然と見ていた。
「キャラ、違うでしょ」
そしてクスリと笑い、吹き出した。
「佐久良さんは何にもしなくていいんだよ。悪いのは私、弱いのも私。……なんの気兼ねもなく、本を出してもらえばいいよ。私の問題は私の問題。あなたの賞賛は別問題」
「けどっ……」
「ん」
ばってん。と指で作られて言葉を遮られる。
意地悪な、けれど楽しそうな笑顔だった。
「……自分に才能がないことはわかってるんだ。……それこそ、なんとか新人賞もらってデビューまで漕ぎ着けたけど、一生作家としてやっていけるほどの力量もない。……そんなのわかってる。……実際、次の作品が売れなかったら取り敢えず契約はそこまでって話も出てる。……だからね? 悪いのは私。自分の才能のなさを受け止めきれなかった私の責任」
自分に力がないことを自覚できていないからこそ、私の受賞、そして出版に対してショックを受けてしまったんだと改めて伏見さんの口から聞かされる。
ポツポツと。諦めていると、言い聞かせるように彼女は言葉を重ねていく。
「ダメなんだ。だけど、諦められないんだよ……私……才能なんてないってわかってても、あんたみたいにうまくいくわけないって知ってても……夢見ちゃうんだよ。……いつか才能が芽生えるんじゃないかって。いつかきっと、今よりもずっと面白いお話が書けるんじゃないかってーー。……そんなの……ありえないのに」
努力は才能を芽生えさせはしない。
積み重ねたものが結果となり、才能とはそれとは別に備わっているものなんだと。
努力の才能が有るかもしれない。けれど、だからと言って成功するかどうかは別問題なんだと彼女は語ってくれた。
一言一言が自身にナイフの刃を突き立てるような行為にも関わらず、時折、悔しそうに嗚咽を交えながら、彼女は言葉を紡いでいった。
「だから……ごめん、……私の責任なんだ。……気にしなくていいよ」
「伏見さん……」
確かに、才能なんて曖昧なもの、どうすればいいのか私には分からない。
私に才能が有るのかと聞かれれば有るのかもしれないけど自覚なんてない。
だけど伏見さんからすれば、ただひたすらに努力して、それでも敵わないと思ってしまった彼女からすれば、それは「才能という壁」に見えているんだろう。
例えそれが、「自分自身の壁」だとしても。
「……私……好きだよ。……伏見さんのお話」
「ぇ……?」
「伏見さん、っていうか……フカミツカサさんの作品って言えばいいのかな……? 好きだよ。私は」
才能のお話はよく分からない。彼女がそれについて悩んでいるのは私はどうしようもない。一緒に物語を考えてあげるとか、一緒にお話を読むとか、それぐらいしかしてあげられない。だって、才能は。努力は、彼女自身の中にしかないものだから。だから私は。
「書いてよ。これからも、頑張ってよ。伏見さんは」
応援する。
才能なんて関係ない。ただ、彼女だから頑張って欲しいと。
身勝手に。わがままに。お願いする。
「私は伏見さんの作品、読みたいな」
言ってから、伏見さんとフカミさんがごっちゃごちゃだなってちょっと後悔するけど。そこは勢いで乗り切って。私はただ、元気になって貰いたいんだって、率直にぶつけて。
「……出版されなかったら部誌で掲載するとかじゃ……ダメ……かな……?」
一応、保険もかけておいた。
「……職権乱用だよ、それ」
伏見さんは難しそうな顔で私を見つめてそういうけれど、私は私で思いつきで言った手前引っ込めることもできなくて、
「……まぁ、部活らしい活動もしてないから……いいんじゃないかな……?」
とかなんとか。取り繕っておいた。とにかくまぁ、理由づけなんかはなんでも良くて、今はただ、伏見さんが笑顔になってくれたことが私は嬉しくて。
「今後共々よろしく、伏見椿さん!」
勢いで、握手を求めてみる。
「なんかまぁよくわかんないけど、わかったよ、部長さん」
伏見さんもそれに応えてくれた。
それだけで私はなんだか嬉しいというか満足なので。笑ってしまう。
笑ってから、こんな風に笑ったのは随分久しぶりだと気がついて、ぽろぽろと涙が溢れて。
「伏見さぁああん」とかなんとか、やっぱり勢いまかせで抱きついて驚かれた。
「よしよし」とか、当たり障りのない慰めを受けた。
これからが才能と努力の本当の始まりだと私は知るよしもなく、そのときはまだ、甘い香りに包まれて満足してしまっていた。
本当に大変なのはそこからだったのにーー。
有り体で言えば、伏見さんの作家人生は始まったばかりで、私の作家人生は一発打ち上げただけで終わりを告げた。
続ける必要もなく、続けたいとも思っていなかった。その事に対して伏見さんは大いに憤り、私はまた大いに困惑したのだけどーー……それについてはまたのお話。
これは私と伏見さんの「彼女の作家人生」に纏わる物語の始まりで、才能の壁に苦しむ彼女の最初の、引き返すならこのポイントだったと、諦めるのならあの時が良かったと思うような物語の節目だ。
これから彼女は大いに苦悩し、努力で乗り越え、そして挫折を味わい続ける。
才能という壁にぶつかりながら、彼女は。
最後まで、作家であり続けた。
そんな彼女を私は見続け、看取り、そして恨まれつつも、愛おしく思った。
これはそんな、彼女と私との、物語なのだ。
凡才の物語る景色。 葵依幸 @aoi_kou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます