第4話

「いやさー、ちょっと人体が入り用になってさあ」

 鍋で煮られる俺の身体を横目に、魔女先輩はいつもどおり明るく楽しそうにそう話す。

「部室で見つけた本にさ、『これであなたも魔法使い!』って書いたレシピがあって。ナナフジせんせーにも聞いたんだけどどうやら本物っぽくて、これはもう試すしかないなあと思ったんたけど、必要な素材の中に『あなたに思いを寄せる人間』てあるの。いや人を殺すのには抵抗はなかったけど、思いを寄せる人なんていたかなー、って。それで頭を捻ったら、出てきたのがきみ。まーバットで殴っても死ななかったとは思ってなかったし、幽霊になってるなんて思いもしなかったけれど」

 入学直後、新入生歓迎会での部活勧誘のとき、世話しなく新入生に声をかける先輩を見て一目惚れした俺は、その日の内に入部届けと恋文を書き終えこのオカルト研究部に突撃した。我ながら無謀でバカみたいな話だと思う。結局入部届けは受け取られ、そして恋文は受け取られなかった。

「あの時からあんまり面白くないきみにそれほど興味はなかったんだけど、まあ好きな人の役に立てるなら悪くない話でしょ?」

 先輩に悪びれた様子はまったくなかった。いつだって先輩は自由奔放傍若無人で、だけどそんな先輩にどんどん惹かれていったのもたしかだった。





 あの、自分の身体を見つけた後。先輩は俺に少しだけ質問をした。

 「身体、自由に使っていいかな」、と。

 それはほとんど事後承諾で、きっと先輩は断られることなんて微塵も想定していなくて。でもそれこそが俺の恋した先輩だったから。

 だから俺は首を縦に振ったのだ。

 ……まあもちろんそれはあくまで副次的な理由に過ぎなくて。

 本当の理由は、俺の身体を見たときに思い出した、ここ一か月の記憶だった。

 あの本を作ったこと。不二先生に頼んだこと。






「んで、これからどうするの?」

「消えられるんだったら消えたいんですけどね。残念ながら」

 幽霊になったのは、きっとここ一か月の自分にとっては予定外の事態だったはずで、でもそれはきっと好都合な予想外だったはずだった。

「先輩と一緒にいなければ動けないわけですが」

「んー。まあこの部室にいるならたまに連れ出すくらいはしてあげられるけど」

「じゃあそれで。好きな人と一緒にいられるなら、それも悪くないです」

「まああたしはどっちでもいいんだけどね。知り合いの幽霊は珍しいから、そばに置いといたほうが都合がいいってだけ」

 ここから先、きっと俺は先輩と生きている間にはできなかったことをして、生きている間には芽生えなかった感情を抱かせることになって、そしてそれが花開くとき、きっと俺は消えるだろう。その時先輩は、いったいどんな顔をしてくれるのだろうか。

 先輩は鼻歌混じりで大鍋をかき混ぜる。それが出来上がるのは一週間後、効果が表れ始めるのは飲み始めてから一か月、完全に回るまでは一年ほどかかったはずだ。それまでゆっくり楽しんでいられる。それまでずっと俺の世界には先輩しかいないし、俺がいなくなったら先輩の中には俺しか残らなくなる。それを考えると、ないはずの胸が弾んだ。

 

 大鍋の中身は遅効性の惚れ薬。それも素材にした人間に対しての。


 魔女と呼ばれた彼女が俺を思って泣く姿は、いったいどれほどの幸福を与えてくれるのだろう。

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魔女泣かせの魔法 大村あたる @oomuraataru

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