第2話 大賢者降臨


「──〜〜───〜──」


何やら声をかけられている。 ゆっくりと目を開けるとそこは無機質な石造りの小部屋で、拷問部屋を彷彿とさせるが、それらしき器具は見当たらない。

どうやら召喚された時に腕を組んでいたようで、悪魔を想像させるかもしれないが、違う。 安心して欲しい。


召喚された時の姿は干渉がない限りは召喚された時に必要な最低限の概念と、その概念によって変わったそのものの原形がでてくるはずだ。 因みに召喚は概念が無いものを対象にすることはできない。更に蛇足だが、自身はある種の例外に位置する。

その存在が概念さえ認識できれば、召喚は可能となる。 (応じるとは限らないけれど)


開けた目から禍禍しい黒い水滴がポタリと床に落ち、そのまま『ジュジュジュ』と焼き付くような音を立てて染みていった。


「───あく...ま? 」


確かに、これは悪魔よりも悪魔っぽいかもしれない。 いや...。

身体は全身黒色の魔神のような角が生えた歪なものであった。



蛇足になるけれど、何故こう都合よく偶然降り立った世界の言葉が分かるのか。

それは恐らく魂に語られた言葉はその者の言葉そのものではなく魂の部分だけを認識する。 だから、何を言っているのか、意味が聞こえてくるのだろう。


「呼んだのはそっちだろう。」


『あっ、そうだった』とその口は零した。

手で下瞼を軽く拭ってから姿を確認すると、若い女性のようだ。 外見はおおよそ20ほど、若い。


「そのような歳でこの対偶にまであり付けるとは、苦労者だな」

「コホン。 そんな事は本題からズレていますし、関係は無いでしょう? 」


そう、私を召喚するとは、ただならぬ過程があった事、その裏付けに過ぎない。

悪魔の身を持った者が悪魔を呼べる訳が無いのだから、同様に、私と言う存在を呼び寄せると言う行為には何かしらの障壁が隔てて存在する。 身体構造が似ているのか、魂の在り方が似ているのか、はたまた真逆か。


「私の智力を以て召喚出来ないものなどありません。 それが故意であろうと、無かろうと」


「中々に聡いようだ。

して、何用だ? 」


目の前にいる人の子は怖気付くことも、不気味に思うことも無く、ただ自分と言う存在を単純に観察しているように見える。


「えぇ...確認するけど、あなた、悪魔では無いのよね? 」

「そうだと言ったが。 それは召喚主が一番判っているはずだ」


『そうね...』と相槌を打ったが、如何せん疑惑を拭えきれていない様子。


私は、ここで召喚に応じた事実を少々恨んだ。 嫌な予感が身体を煙る。


「私はカラトリア大陸の辺境地に住んでいるマハリアと申します。 好きに呼んで下さい」


「ふむ...マハリア。 それで何か私に対して用事でもあるのか?」


自分のような突拍子もない行動にでる存在を呼ぶとは生粋の天才か、余程の変質者かどちらかだろう。

いや、私を天賦の才で呼ぶことなど決して出来はしないが。 才能豊かな者と言う表現が正しいか。


今回は前者だろう。



その存在は、つま先から頭まで隠れる黒装束の外套を着ていた。 召喚陣の中心から降りていざ対面すると、海水のように青く透き通る髪に瞳は琥珀色である事が分かった。


「そう...私は、此処へ来るしか無かったの。

誰も応じなければきっとそのまま死んでしまえば良いと。


だから、最後の望みをかけて声を掛けてみたの。 ''誰かいないかしら''って」



...その瞳は、揺らいでいるように見えた。



■□


「私の存在について、何か分かることはあるか?」


「私が知っているのは...いえ、感じて辿り着いたのは『神への最終試練』...。 たった一つの選択に見えて微かに存在する、二つ目の選択肢...」


「そうか。 私を呼び寄せるということは当然、その知識は踏まえていると言う事か。

ふむ...。」


心の中で、情緒や思考力を学び続けて辿り着く、心の在処の選択肢。

マハリアという名の一人の少女が、何かしらの過程と結果を得て知った私と言う存在の確信。


何かしらの、怒涛の人生を潜り抜けてきたであろうと言うことは想像に容易い。

己の桎梏を克服した際に気付く、何かしらの真実。

...表現が難しいかもしれない。

簡単に言えば、彼女は人生で究極の選択を迷っていると言う事だろう。

そして、そのまま行けば人生の分岐はこちら側に方角を変える。


「それは、私の存在がどう言う者か根拠を抜きに直感的に察しがついている、と言う事か?」


「そう。 私が根拠の証明。

私が貴方の行動の趣向を分かって聞いているのと同様に、貴方は私がどう思っているのか分かっている」


「ふむ。 やはり聡い子のようだ」


すると、マハリアは外套の額までかけていたフードを脱いだ。 下には更に薄手のローブを着込んでいたようで、少々暑苦しそうだ。


「私はどうしたら良い。 このままでは、かの魔王のように怨嗟だけが忽然と残ってしまう」


それが呼び寄せた理由だったのか。

確かに自分の体験上、この後マハリアの危惧する通りの結末を迎えた。

感情は正から負へ変わりやすいし、逆も同じ事が言える。


だが、そこに私の関与する余地は無い。


「ここでの出来事は現実へは変換できない。

私のいる周辺自体が特質な変質を帯びているし、輪廻の輪から外れる行為だからだ」


「そう、でも。 いや、だからこそ私は正常でいられる」


その瞳は戻ろうとしまいとする決意と哀愁を帯びていた。

ふむ...どうするか。 私の言った事に嘘は無い。 嘘は無いが、それは呼び寄せた側の概念のみに、普通沿ぐう。


「何が言いたいのだ? 」


『まさか』と思わせる考えが鋭利に他の選択肢を切り捨てた。

そう思った根源は、その二択の選択肢を、私が選ばなかったものだからに他ならない。



「私を...此処で、殺して。」



そう人の子は、決意を声明した。






■□


全く、出てきてそうそうこんな事に巻き込まれるとは、不幸に違いない。

しかし、これを放っておけば嘗て私が救えなかった私の二の舞になる。


「ほぅ...良いだろう。 此方へ来たまえ」


外套を脱いで出た、少女の四肢が鮮やかに映し出される。

目立った外傷もなく、まだ潔白に身が染まった黒一点の濁りもない、苦労の賜物が眼下に映る。


「余程苦労をしたようだ。 限界だと言うのも頷ける」


それは鮮やかに儚く、西洋の造形美を自然が映し出したかのよう。 苦労と一緒に己の体にまで気をかけねばならない程壮絶な世渡りをしてきた者。


見とれると言う事も無く、ただそこに含まれる感情の余波を私は感じた。


彼女は間違いなく、私の事を『対偶の存在』だと思い込んでいる。

そう、それは間違い無い。 そして、その存在に持たされた特権。

それは『体・魂の存在の削除』である事。

ここで言う抹消とは無かった事にすると言う事。 神の創造とは真逆の、全てを無かった事にする能力。

それが対偶にまで堕落せしうる者にのみが使用出来る能力。

それは間違い無い。


しかしその知見に一点だけ間違えている事がある。


"神の対偶であるということは最も智力に疎ましい状態であると言う事"


私は自我の崩壊により一時期、身体の幻肢痛に悩まされ続けた過去がある。

それはまさに生き地獄と形容したい。

それを考えれば──



──横に立つ会って間もない、私の存在を知る者は、未だ目を瞑り、死を是認し、姿勢を変えると言ったことも無い。



...それならばこの捨てる命。 私の好きなようにしよう。




■□


召喚獣が術者に何らかの方法で網にかかった時、それは術者と召喚獣の位置関係が存在する。

自然な光景ならば召喚獣はその主に対して話を聞かなければならないと言う義務が存在する。

だから当然、それを汲み取って聞いていた訳だったが。




私は目の前に直立不動で佇む少女に腕を前に差し出す。

黒一色の脈動する腕に仄かに薄青いオーラを纏い、心臓付近の胸元に掌を当てる。

そのまま腕を前に押し出す。 すると、そのまま腕は少女の身体を透過して、体の動力源まで辿り着く。


身震いしたのが伝わる。 マハリアはどうやら違和感を覚えているようだ。

その後一瞬顔を顰めたが動きを止めた。 これから何をされようが構わないと言う事だろうか。


胸から侵入した手が、肉体ではなく魂を掴む。 身震いする気色の悪い感触が、腕を通して侵食してくる。


普通ならばそこに魂の輝きというものが孤立して存在しているが、今回は違う。

マハリアのように魂と肉体が相互関係を深めた者は、球体と言った見えない肉体の鎖で縛られること無く、全身隈無く魂で埋め尽くされている。

だから、そこから心のを探すと言うのは、容易ではない。

身体に触れた時、無数の怨嗟が、散乱として拠点を置おいて、それが全身を犯すほど拡がっている。

今私の腕をも喰らおうとしているその癌は、貪欲に人を陥れさせる脅威がある。


「これが諸悪の根源か───」


私はそう一言呟くと、身体に侵入した腕の力を込め、そのまま何か・・を引き抜く。 引き抜いた凝り固まった憎悪や羨望と言った行き過ぎた感情の蓄積をそのまま私という虚無の存在に移す。 そう、今まで負に蓄えそれを克服するしか無かった者が、泥沼の桎梏に初めて一矢報いたのだ。


"そう、後天的に得た力は私の為に、私の好きなように、このように使うものだ"


他ならぬ優越感が私の身体を支配したと同時に、中身のある存在が出た結果であることに、愉快な気持ちさえ憶えた。


変化に機敏に気付いたようで、聡いマハリアもおずおずと目を開け、身体を確認する。

そこから何らかの違和感に気付いたようで、勢いの良い言葉を発っした。


「え? 貴方、今何してたの!?」


「ふむ、外見上変わっているようには見えないが?」


「いえ、嘯いたって分かります。 私の事は私自身が一番」


目を見開いて驚愕する少女に、腕を組んで観察すると、思い通りの結果にここではほんの少しだけ誇らしく、嬉しく思った。


「・・・・・・あった事は無かった事には出来ない」


「はい? 」


「それは本来君のあるべき姿だろう」


そう言うと、人の子は胸に手を当て、少し寂しそうな顔をした。


「えぇ...分かってます。 これが分をわきまえない感情だと言うことも、何処か安堵している自分がいる事も」


真一文字に噤むんで不機嫌を表した。

マハリアと言う少女の純粋な姿を見れた気がしたが、理由は定かではない。


「人は思い通りには動かない、私だって同じ事だ」


「うぅむ...。 仕方ありません。 身勝手に召喚まで行い、感謝を述べなければいけないのは私の方です」


どこか煮え切らない様子で、胸に手を当てては、こちらをチラチラと覗いてくる。

...何かが不満だったのだろうか。



「...それで、何が対価として必要でしょうか」


此処で、虚無に相対してしまった時の対価と言うものを思い出した。


















































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魔王の虚 @kakuyokuyokuyomu

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