下①
西国――それはあくまで帝國が用いている呼称。帝國から見て大海を隔て西に位置するという事から便宜上そう呼ばれてきた。どの国の世界地図を見ても自国の本土が地図の中心に位置している事からそれほど特別な事でもない。
もとより、帝國の常識に依って西国を一つの国と捉えることは些か語弊が生じる。西国の実態はフランシア王国を盟主とした群体であり、雑多な人種が住まう坩堝であった。それ故に、様々な価値観の相克により蒸気機関に代表されるような、時代を一新する発明を生み出してきた。
盟主国であるフランシアは絶え間ない戦争と蔓延する疫病により慢性的な若年層の不足に陥っていた。そのために労働階級を管理する
――1
帝國陸軍第八師団<竜紋>、前線作戦本部にてのこと。
「連隊長殿、面白い戦利品が入りました」
帝國陸軍の緒戦は好調であった。景気の良い顔をした兵が勝利の余韻に浸っている。
「見せてみろ」
「はい、こいつをご覧ください」
モノを見ると<竜紋>所属、飛竜第一連隊長、君浦慎太郎は思わず頬が緩んだ。彼が人前で表情を顔に出すのは珍しいことだ。
敵拠点の強襲により接収した戦利品は西国産の蒸留酒、ヌーヴェス12年物であった。西国の王立陸軍へ留学経験を有する君浦はその種の嗜好品に目がない。
「何本ある」
「こいつを含めて19本あります」
「そうか」そっと口ひげを撫でまわしながら思案する。君浦の癖だ。「俺は一升だけ頂こう。あとは手前らで分けろ」
「よろしいのですか」君浦の西国趣味は部隊内でも有名である。
「何を遠慮している? 前線で戦ったのは
「はい、ありがとうございます。連隊長殿」
「言うまでもないだろうが、節度を弁えろよ」
兵は上司の尊敬を新たにし敬礼後に踵を返して司令室を後にした。
「まったくだ」兵の姿が見えなったことを認めると、君浦はそっと溜息をした。
こんな上物は出来ることなら娑婆で楽しみたかった。君浦の悲壮感を漂わせる生来の見てくれも相まってより一層深刻そうに見える。
そういえば、あの新設兵科――落下傘兵らはどうしているだろうか。それが懸念だ。あの青臭い
君浦は碗に酒を注ぐと一気に飲み干した。
相変わらず強い。こいつは最高の薬だ。愛竜と共に上空を駆け回り芯まで冷え切った体に熱いものが滾った。
西国との圧倒的物量差の中で数少ない帝國の優位点は竜兵の運用経験の一点のみといっていい。西国では宗教上の理由により軍用飛竜の採用は阻まれていた。その厳つい強面が悪魔を聯想させるからだと言う。西国が採った自由主義の弊害である。ときに事実が無視され声が大きい者が勝るのだ。
そのため、西国は機動力の面に於いて帝國に大きな後れを許していた。
だが、空戦戦力として飛竜も万能ではない。兵器として運用するには様々な制約が存在する。
まず飛竜も生物であるから当然、兵隊と同じように糧秣を必要とする。そのため補給線に負担がかかり、行動範囲が制限されることになる。
次に頭数の問題である。飛竜のオスは他の動物と同様に繁殖期になると凶暴性が増すため軍で運用するには制御性の面で余りにも不安定になる。解決策として去勢した飛竜を運用しようと試みたが飛行能力に著しく低下することが確認されたため廃案になった。そのため軍用の飛竜はメスに限られる。
またメスの飛竜にしても軍用として調教するには飛竜の帰巣本能を利用して人に慣れさせるという性質上、卵の孵化の段階から成体まで付きっ切りで仕込む必要があるために一頭を調達するのにどうしても時間が掛かってしまう。
右のような事情故に、飛竜一頭を失うことは帝國陸軍に於いてえらく痛手となる損害を被るため上層部は渋って飛竜部隊を出し惜しみする傾向がある。
強襲後の今現在は予備隊として待機中だ。
………………
………………
あゝ畜生、
銃弾が隊員の胸部を貫く。日下部に付き添っていた二等卒だ。今は感傷に浸る間は無い。半年、同じ釜の飯を食った仲間が死んだ悲しみより、こうして今自分が生きている喜びの方が大きい。硝煙と血の匂いで高揚した
発砲音と共に閃光が走る。現天球世界に於いては未だに無煙火薬は発明されていない。一斉に銃弾が放たれると白煙が立ち上り視界が遮られる。当然、射撃の精度は悪化する。着弾も確認できない。
西国の
「総員抜刀用意、はじめぇ」
間もなく混戦になる。指揮官は現状の把握に努めるべきだ。日下部は方陣の中心に立ち突撃する。
あゝ、糞。話が違う。情報部の糞たれめ。
いや、実際の戦争では筋書き通りに事が運ぶことの方が少ない。こういったときは現場の臨機応変に。そのために尉官という物は教育される。
Wy-Borne Service――飛竜落下傘猟兵部隊―― 角口総研 @0889_
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