最終話 絵心 過去を知らず

────そこは、白い白い場所だった

────しかしそこは後悔を写し出していた


少女は辿り着いたのだ。後悔を終わらせる場所に。

獣は辿り着いたのだ。自らの使命を終わらせる場所に。

少女は白い部屋を見渡した。しかしそこには世界を映し出しているモニター以外には何もなかった。 

そして、部屋の真ん中に一人の天才が居た。少女はその天才に近づこうとした。

その時視界の端にナニカが映った。少女はそれを見つめた。

それは子供のラクガキのような絵だった。しかし少女にはそれが美しい絵画のように見えていた。

自分には描けない物だったから。


そんな時に獣は一人の少女の過去を見ていた。

その過去は一つの言葉が理由で在り方すら変わった少年も関わっていた。


あるところに一人の少女と少年がおりました。

少女と少年は絵を描くのが趣味でいつも一緒に絵を描いていた。

少女には絵の才能があった。少年にはそれがなかった。

しかし少女は少年の描く決して上手とは言えない絵が好きだった。あるときは動物とは分からない化け物を描いたり、人を描いたと本人は言っているが枝がくっついた変な物にしか見えないものを描いたりと少年には絵の才能が全くなかった。

けれど少年は絵を描くのを止めなかった。少女に追い付くためだけにない物を努力だけで追いかけた。それは少女の隣に並んで居たいが為だった。

その努力を少女は羨ましく思った。いつの間にか自分に追い付こうとしているその努力が羨ましかった。

そんなある日、少年に別の才能があることが分かった。そして少年は才能に目をつけた大人たちに連れていかれた。

大人たちは少年に絵を描かせなかった。いつの間にか少女も少年とは会わなくなった。

それから時は流れて少女と少年はあるパーティー会場で再会した。

久し振りに会った二人は雑談をしていたが少女はある言葉を口にした。それは自分の隣に立とうと努力した少年を【殺す】言葉だった。

────天才様は私とは違うね────

それは少年を殺す言葉だと分かっていた。分かっていて少女の口はその言葉を出した。その時に少年が少年でなくなる瞬間を少女は見た。

一瞬、泣きそうな目になった。そのあと目から光が消えた。

そして少年は何も言わずその場所を去っていった。

これが少女の後悔だ。


そして獣は思う。それは偶然ではない、必然だったんだと。その言葉は少女が感じてきた劣等感の現れだと獣は思ったのだ。だってそうだろう、あの時あの場所あの瞬間に少年を殺すと分かっている言葉が出てきたということは少女の心がそれを望んでいたのだろう。

でなければそれは神が仕組んだ試練ということになってしまう。その可能性を獣は信じたくなかった。


少女はラクガキのような絵を見て決心する。この後悔を終わらせる覚悟をする。

そして少女は進み始めた世界を見つめている天才を見て、後悔を終わらせる儀式の言葉を口にした。


─────それは正しいのか

理屈が問いかけてくる。少女には知ったことではない。

─────それは私の願いなの

心が問いかけてくる。少女は心にすら知ったことではないと返す。

─────ならその答えは誰のもの

少女が少女に問いかける。そして少女はこう返す。そんなもの私に決まっていると。

そして少女は天才に向けて始まりを告げる。


──ねぇ、あの日の続きをしませんか──


少女の言葉を聞いた【少年】は振り向いた。その目から涙を流しながら光のある目で少女を見ていた。

その顔を見た少女は笑顔で後悔する言葉を口にした。


───天才様は私とは違うね───


天才になるはずの【少年】は唇を噛み、拳を握りしめ、辛そうな顔で言葉を紡ごうとしている。


─────その言葉は君の心か

理屈が問いかけてくる。少年は答えられない。答えを知らないからだ。

─────その先は君が望む物か

心が問いかけてくる。少年は答えられない。答えを知らないからだ。

─────その願いは誰のもの

後悔が問いかけてくる。少年は答えた。それは間違いなく自分の願いだと。

そして、少年は答えを出す。あの時出せなかった答えを、疑問しか出てこない答えを口にした。


────そうだよな。やっぱり違うよな。だって僕は答えだけを求めていたんだから。存在しない答えを求めてたんだから────


少女の顔を少年は見た。泣きそうな顔をしていた。その顔を見て少年は「でも」と続けた。


────でもさ、絵だけは君に届かなかった。それは答えを求めた中で初めから分かっていた事だった。だからこそ、僕は君に届きたかったんだ。才能の差を認めたくなかった。けど全然届かなかった。だから僕は天才になりきったんだよ。いつかの君に追い付くためだけに────


少女は少年の言葉の意味が分からなかった。少年は自分が天才じゃないと言ったのだ。そして少年は少女の方が天才だと言った。

そんな少女の疑問を少年は無視して次の言葉を紡いだ。


────だから今度、また昔みたいに絵を描こう。僕が君に追い付くために────


少年は自らが出した答えを余さず口にした。これで後悔が無くなるわけではない。けれど後悔はここで終わるのだ。少年が出した答えに少女が返事をした瞬間に。少年を天才にした後悔が終わるのだ。

少女は口を開く。その顔は笑顔だった。あの頃のような幼い子供の笑顔だった。そして少女は答えを、終わりを口にする。


────うん、いつか……きっと。また絵を描こう。約束するよ────


その時、世界は動き出した。止まることを忘れたように動き出した。

獣は役目を果たし消えていった。けれど獣は最後に約束を増やしていった。

それはここでは語れないけれど、ずっと残り続ける約束だった。

その約束を世界が忘れても少女は少年は絶対に忘れないだろう。なら獣は満足だった。


ある天才が起こした騒動から時は流れた。人々はその騒動を忘れていったが、記録には残っている。

その中に出てきた天才と呼ばれた少年と世界を変えた少女は進む世界で絵を描いている。


───今日も今日とて世界は進む。それもいつか終わるのだろう。けれど二人の約束は今日も続く。それは世界が終わっても続いていく───


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ひだまりの丘に貴方の絵を 楠木黒猫きな粉 @sepuroeleven

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