第2話

 僕が不夜城音夢先輩の話を聞いたのは入学から数日経った日のことであった。そういえばこの学校の2年生には一人ヤバい人がいるから気を付けてね、といった感じのことを夏木が僕に言ったのである。


 「ヤバい人」と聞かれて最初に僕が想像したのはとてつもない不良の屈強な男子生徒だったが、話を聞いてみるとその人は不良でもなければ男子でもないらしい。不良とは程遠い存在、無遅刻・無欠席・無早退。それが不夜城音夢という人だった。夏木は中学が不夜城先輩と一緒だったらしく、直接的に絡んだことは皆無だが彼女の異質さはよく知っていた。


 彼女の持つ異質さというのは「嘘しか喋らない」ということである。意図的に嘘を吐いているわけではなく、話す言葉が勝手に嘘になってしまうのだという。例えば彼女が「今日はいい天気ですね」と言おうとすれば、口から放たれる言葉は「今日は悪い天気ですね」になる。


 そんな彼女と会話しようと思う者は誰一人としておらず、本人もそれを気にしてか極力喋らないようにしている、らしい。


 僕としてはそんな愉快な人とお近づきにならない理由が無かったので、彼女のクラスを探しまくった。ついでに彼女のプロフィールについても調べまくった。




 不夜城音夢。血液型はAB。


 1月4日生まれの16歳。


 アパートで妹と2人暮らしをしており(その理由までは分からなかった)、学校へは徒歩で通っている。


 学年順位でいつも1桁にいる程には学力が高いが、運動は大の苦手らしく、体育の成績だけはあまりよろしくない。


 彼女自身どこか近寄りがたい雰囲気を持っているらしく、嘘つき云々を抜きにしても仲の良い友人はいないだろうと言われている。


 読書部に所属しているが部員は彼女以外ほぼ幽霊状態であり、顧問も来ないのが基本なので実質部員は彼女一人である。そんな部活とっとと畳んじまえよと思っているのだが、なかなか上が仕事をしてくれないらしく、今でも元気に(?)活動している。もしかしたらその先輩が謎の圧力をかけて廃部を食い止めているのかもしれない。


 ということで放課後は基本的に読書部の部室に一人でいるのだった。これは会いに行きやすいと思い、早速僕はそこに向かうことにしたのである。

 え?そこまで調べなくても所属クラスさえ分かれば会えるだろって?

 上級生の教室に下級生が入るのって恥ずかしいじゃん。



 

 3階建ての部室棟3階、読書部の部室に彼女はいた。隣には映画研究部や漫画言及部の部室が存在し、特進科の教室と同じように文化系の居場所はは上の階に追いやられるのだなぁと少し感動した。


 コンコン、と軽くノックをする。返事はなかったが内側からドアノブが回され、一人の女子生徒が顔を出した。


 美人さんだ。と僕は思った。


 黒い髪を肩まで伸ばした165cmくらいのその女性はキリッとしたその目で僕の顔を覗き込んだ。僕はなんだか少し恥ずかしくなって目線を逸らした。


「また会ったわね」


 彼女は――不夜城先輩は言った。


 さて。また会った、とは一体どういうことなのだろう。僕は自分でも知らないうちに彼女と出会っていたのだろうか。


「いえ、初対面ですけど」


 と、僕が返すと先輩は不機嫌そうな顔で――「私が誰だか分かってないの?」といった顔で首を振った。そこで僕は「ああ」と思い出す。彼女の話す内容は全て嘘になるのだと。つまり彼女の言葉はこうだ。


 ――「誰だお前」


「失礼しました。初めまして、不夜城音夢先輩。僕は1年生の糸島愛時いとしままなときと申します。読書部のことが気になってここに来たのですが」


 と、僕は慌てて自己紹介する。別に読書部に入部する気なんて無かったのだが、この部活動が気になっていたのは事実である。


 先輩はさっきと変わらず不機嫌そうな顔で


「とにかく今は入らないでもらえるかしら」


 と言いながらドアを開放した。「とりあえず中にどうぞ」というお言葉に甘えて僕は部室に入った。


 部屋の中は随分と殺風景だった。一つの長机の上下左右にパイプ椅子が4つ並べられ、隅には小さな本棚が置かれているだけだ。


 僕は机を挟んで先輩の向かい側に座った。


 先輩は鞄から可愛らしい猫が描かれたクリアファイルを取り出し、その中から1枚の用紙を取り出してこちらに差し出した。


 入部希望届。


 普通こういうのって顧問の教師が持っているものじゃないのかと思ったが、顧問の教師が存在していないようなこの部活では彼女が持ち歩くことになっているのだろう。


「これ書いたらどこに持っていけばいいんですか?」


「その前に」


 先輩は僕の質問に答えるのではなく、別のことを話した。


「どうしてこの部活を辞めようと思ったのかしら」


 入部したわけでもないのに退部することになっているのがおかしくて笑いそうになったが、それは彼女に失礼だと思い、なんとか我慢した。僕は頭の中で先輩の言葉を変換して理解した。彼女と会話をするには頭を使わされるし、どこか混乱する。だから誰も彼女と話すのを避けたがるのだなと改めて実感した。


「どうして入ろうと思ったか……ですか」


 うーん。どう答えるべきか。「先輩に会いたかったんです」というのが正直なところだが、それではなんだか告白みたいで恥ずかしい。


「本を読むことや他人が読んだ本の感想を聞くのが好きでして、読書部の活動を通していろんな本や読者に会えたらなと思ったんです」


 それっぽい嘘を吐いた。本を読むことも他人の感想を聞くのも嫌いじゃないので完全なる嘘ではないのだが、入部希望の理由としては嘘である。


 そもそも入部する気自体あまり無い。


 不夜城先輩はそんな僕の発言を聞いてからこう言った。


「正直者ね。歓迎するわ」


 その内容とは裏腹に、先輩の顔はさっき見せた顔以上に不機嫌で、不愉快そうだった。

 

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不夜城音夢は嘘つきである 檻井 百葉 @Osso3

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