不夜城音夢は嘘つきである

檻井 百葉

不夜城先輩と僕

第1話

 正直村と嘘つき村という話……というかクイズがある。その内容とはこうだ。


 嘘つき村と正直村という途中まで道が同じで隣り合っている二つの村がある。嘘つき村の村人は嘘だけを話し、正直村の村人は本当のことだけを言う。自分は正直村へ行きたいがどちらがどちらなのか見分けることが出来ない。2つの村の分岐点に人が――どちらの村の住民かは分からないが立っているので、その人に一度だけ質問をしてどちらが正直村か判別したい、というものだ。


 このクイズ、なぞなぞというよりは論理問題なので解答は複数ある。


 このクイズに出会った当時の僕が気になったのは答えなんかじゃない。「この村の人間って普段どういう風に生活してるの?」ということである。正直村の人間の生活はなんとなく分かる。というか普段から本当のことしか喋らない真面目な人間は普通に探しても見つかりそうだ。


 問題は嘘つき村である。普段から嘘しか言わない人間と会話するのは困難だろうし、村の住民同士ですら上手くコミュニケーションをとることなんて出来ないと思う。


 流石に嘘しか言わない人間なんて現実に存在しない……と思うだろうが、今の僕はそんな人間を一人知っている。


 嘘つき村の住民を知っている。


 不夜城音夢ふやじょうねむは、嘘しか言わない。




 私立清高学園せいこうがくえんは街のど真ん中に位置している。学校周辺5キロ圏内には大型デパートやゲームセンターやお洒落なカフェなど学生の好きそうなお店が数多く存在し、更に駅から徒歩5分ということもあり「特に将来の目標とか無いので適当な高校行きます」という受験生からも大人気だ。まあ僕は家からの距離的に登校には自転車を用いるし、ゲーセンだのカフェだのブティックだのに全くと言っていいほど行かないのでこの環境の恩恵を受けたことはあまり無いのだが。


「よっ」


 と、そんな何回目かも分からないことを考えながら自転車を漕いでいた僕の後ろから声がした。チラッと声のした方を振り返ると、そこには僕の友人である水沼青月みずぬまあおつきがいた。清潔感漂う髪型とガッチリとしていながらもスマートな背丈、そしていかにも文武両道といったような、メガネが様になる顔。一言で表すと「ハンサム」である。


 至って普通の我が校の学ランも彼が着ればイかしたファッションになるし、彼が乗っている至極普通の自転車だってロードバイク以上のお洒落アイテムに見える……ロードバイクがお洒落アイテムかどうかは置いておこう。全国大会に出場した経験のある元サッカー部員にして学級委員長という彼は没個性という言葉が擬人化したような僕と対極の存在だが、家が近所ということで小さい時から仲良くやっている。僕が女子ならば初恋はきっと彼になっていただろう。


「やあ」


 声をかけられたのでそれとなく返事をする。


「そういや3時間目の数学の課題やった?よかったらお世話になりたいんだけど」


 と、僕は続けた。


「別にいいけど。てか珍しいな、お前が課題忘れるなんて」


「いやー、先輩とのSNSでのやり取りが随分と盛り上がっちゃってね。その時会話の流れで勧められたネット小説を読んでたら知らない間に寝ててさ。課題やるのをすっかり忘れてたってわけ」


「先輩……ああ、あの人ね」


 青月は少し、ほんの少しだけど、気分が悪そうな顔をした。


「何?妬いてる?」


「ちげーよ馬鹿。あの人とIDを交換するような仲にまで進展したのかと不安になっただけだ」


「なんで不安になるんだ?」


 うーん、と青月は片手をサドルから離し、頭をかきながら言った。


「なんかあの人と仲良くなる度にお前が遠いとこに行っちゃってる気がするんだよ」


そうこう言っている内に学校に到着した。駐輪場に自転車を停め、僕らは教室へと向かった。




 僕達が所属する特進科の教室は校舎の4階にあるので朝から体力を使わされる。大体運動部でもない僕らが4階というのはおかしいじゃないか。体力のある体育科の連中こそ4階に行くべきだと思っていたが、そのことを青月に話したら「体育科の連中は朝練があるから教室は下の階にある方がいいだろ」と言われ納得した。


「僕が遠くに行っちゃう気がするってどういう意味?」


 青月の数学のノートを写しながら僕は言った。ノートの字はとても丁寧で、真面目な彼の人柄がよく表れていると思う。対して僕の字はどこか大きさがバラバラだったりして安定感がない。


「ん、ああ。さっきの話な」


 彼は読んでいる本から目を離さず返事をする。最近の彼のブームは推理小説らしい。


「言っちゃ悪いけど、あの人ちょっと……というか結構おかしいだろ?そんな人と付き合ってたらお前までおかしくなっちゃうんじゃないかって、そういう意味」


 もっともだ。だが僕の愛しの先輩が「結構おかしい人」と言われたのは少し気に入らない。ここは何か言い返すべきだろうかと思ったが、やっぱりあの人がおかしな人というのは否定出来ないし、カッとなって喉まで出かかった「お前だっておかしな奴だろ」という言葉を飲み込んだ。


「ご忠告どうも。でも僕あの人とようやく仲良くなれたところだからさ。今更付き合い辞めるとかありえないって」


 だろうな。とだけ呟いて青月は読書の世界に戻っていった。


「あれ、ラブトキ課題やってないの?珍しい」


 僕の頭上から声がした。そばに誰がいるのか顔を上げて確認しなくても声でわかる。そこいるのは夏木美彩なつきみさやだ。


 僕と彼女は高校入学時に知り合ったので青月ほど長い付き合いではないのだが、やたらと彼女は僕に絡んでくる。理由は簡単、僕が青月の友人であるからだ。そもそも彼女が僕に初めて話しかけてきた時の言葉が「糸島いとしま君って水沼君と仲良いよね」だった。このようなことは別に珍しいことでもなんでもなかったが、何故か彼女は青月だけではなく僕との仲も縮めたいようでしょっちゅう僕に絡んでくるのだった。出会って1ヶ月で僕への呼び方が「糸島君」から「糸島」に変わり、3ヶ月経った今では「ラブトキ」になったのは正直納得いかないが。


 そもそもこのあだ名は全然センスが感じられない。「ラブトキ」というのは僕の下の名前が「愛時まなとき」であることに由来する。単純に「愛」を英語にしただけだ。僕自身、男なのに名前に「愛」の字が入ってる時点でちょっと恥ずかしいのにそこを弄られるのはいい気分ではない。というか「時」も英語にしろよ。ラブタイムにしろよと毎回言いたくなるが一々言うのも面倒くさいので放っといている。


「ま、あたしもやってないんだけどねー。お揃いお揃い」


「何がお揃いだ。僕は昨日大事な用事があったからやれなかっただけ」


「大事な用事って?」


「例の先輩とずっとお話ししてたんだと」


 僕の代わりに青月が本のページをめくりながら答えた。夏木は「あー……、あの人ね」と、今朝の青月同様に少し気分が悪そうな顔をした。


「あたし、あの人苦手」


「俺もだよ。なんであんなに仲良くなれるんだか」


「あのなぁ、お前らはあの人と話したことないからそんなことが言えるんだよ。話してみれば分かるけど良い人だぞ?」


「話してみればも何も、ねぇ……」


 二人は困った顔で――青月は相変わらず本から目を離さないので表情はよく分からなかったが、こう返した。


「あの人とまともな会話なんて出来ないでしょ」

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