第15話 戦いの果て
「リオ、カカは…」
「レッド…。カカの息、小さくなっていくの」
リオは青い血だまりの中にしゃがみ込み、カカの頭を胸に抱えていた。目が半分開いたまま、細い息が口からもれていた。リオの隣にはゼイダが立っていた。
「ゼイダ、カカは助からないのか?」
「…賢者って言っても、不老不死じゃないんだ。その身に流れる血が枯れ、息が止った瞬間、全ての生き物は死ぬものなんだよ。カカの血はもうすぐ枯れる。息さえも、もうすぐ止まる…」
レッドは手を伸ばし、カカの頭から首をなでた。カカに触れる手は徐々に青くなっていく。
「カカ、私がわかるかい?来てくれてありがとう」
そう言うと、半分開いた目の中で金色の瞳がぐるりとレッドの方に動いた。
<ご無事ですか?>
「ああ。無事だ」
<レッド、あなたにお願いがあります>
「何だ?」
<私が死んだら、リオをそばで守れる者がいなくなってしまいます。どうか、リオを守ってほしいのです>
「カカ、それは…」
<私はリオに、人として生きてほしい。前にも言ったわ。…リオ、あなたは人間よ。自由に生きていいのよ>
「でも、私のお家は龍の谷だわ」
<いつでも帰ってくればいい。あなたの故郷だもの>
「行かないで…」
リオは震える声で静かに歌い始めた。辺りが光り始め、リオの傷やレッドの体力が回復していく。しかし、カカの体の傷だけはふさがらなかった。
<龍は風になって空に生きている。青に溶け、赤に溶け、金に輝き、黒に染まる。あなたのいるところに、レッドのいるところに、私は風になってそばにいるわ。だから悲しくない。悲しくない>
リオは声を上げて泣いた。ぎゅっと抱きしめると、とうとう目が閉じてしまった。レッドは「カカ、カカ」と呼びかけた。閉じた目は開かなかったが、弱々しいカカの声が聞こえた。
<レッド、あなたに出会えてよかった。あなたと心を通わせられてよかった。あなたのことが大好きよ>
「私も、あなたに出会えてよかった。ありがとう。カカ…」
<可愛い私のリオ、レッド。心のままに、生きておくれ…>
レッドの目から涙がこぼれた瞬間、カカの息は完全に止まってしまった。リオはぎゅっと抱きしめた頭を地面に下ろした。レッドはカカの首を撫でた。そこからキラキラとした風が舞った。するとカカの体の周りから静かに風が起こり始め、リオとレッドの周りを銀色の風が包んだ。
「お別れ。これが、死んだ龍の姿よ。風になってね、空を自由に飛んでいくの。自由に…」
「そうか」
リオの涙が浮かび、銀色の風に乗って空に舞い上がっていった。
「お母さん…」
そう呟くと、リオはスッと風を吸い込み、歌い始めた。戦場は光に満ち、そこにいた誰もの体の傷を癒した。
リオは空にのぼる風を追い、顔を上げ口を開いていた。目の前に横たわるカカの体は少しずつ消えていった。美しい銀色の鱗は輪郭がぼやけ始め、柔らかい羽毛のように風になびいている。少しずつ、少しずつ、カカは風になっていた。
その風が龍の谷に流れた。谷に腰を下ろしていたビビは顔を上げ、風を目で追った。カカと同じ金色の目を静かに閉じ、風が通り過ぎていくのを送った。
****
カカの体がまだうっすらと残る次の日の朝、ゼイダはオオカミを連れ立って戦場を離れて行った。
「レッド、僕はまた旅に戻るけど、何かあればいつでも呼ぶといい。僕はいつでも、君の力になるからね」
「ありがとう、ゼイダ。オオカミたちも、力を貸してくれてありがとう」
「お礼は、上等な肉でいいよ。用意ができたらどこにでも呼んでおくれ」
二人は手を大きく振り合い、まだ金色の光に照らされたばかりの空の下で別れた。
兵士たちは、すでに全員が引き上げていた。この時、戦場に残っていたのは、レッド、リオ、ウイルだけだった。リオはカカのそばに腰を下ろしていた。レッドが隣に座ると、肩に頭を乗せた。
その時、とうとうカカの体は完全に消えた。リオとレッドの周りには、朝日を浴びてキラキラと光る風が舞っていた。若葉に包まれるような緑の匂い、まるで温度のある生き物に触っているような温かさ、柔らかい布がなでるような優しい風が空へと舞い上がると、静かな生まれたての空の青に溶けていった。二人はその風を追って、空を見上げた。
リオは、戦が終わり、辺りから人がいなくなってから、ずっと呟くように龍の谷での思い出を話し続けていた。朝を迎えるころには、涙はカラカラに乾き、もう一粒も落ちなかった。リオはまた、「あのね」と話し始めた。
「よく、カカが言っていたの。谷の向こうに空が広がる限り、あなたの世界は広がっているって。私ね、いつか自分の背中にも大きな翼が生えて、尻尾が生えたら、カカと空の果てまで飛ぶんだって思ってた。…だけど、どんなに生きても翼は生えてこなくって、しっぽはどこから生えてくるのかもわからないくらい、生えそうになかった。人間は、どんなに生きても人間みたい。でも、人間なんだけど、皆と同じような人間にはなれないの。私は、皆とは違う。龍のことはいっぱい知っているけれど、人間のことは何も知らない。わからないことがたくさんあって、できないことばっかりあるの。どこにも行けない。どこにも居場所がない。私は龍にも、人間にもなれない…」
リオの頬に乾いた涙の後がうっすら見える。赤くなった目じりや頬が、朝日の光に溶けている。
「皆と同じになんて、ならなくていいんだよ。大事なのは、自分がどう生きたいかだと思うよ」
レッドは自分のことを振り返った。偉大な父に憧れたけれど、戦をすることも、誰かを傷つけることもしたくなかった。強い者が認められる城の中で、誰も自分を認めてくれない。皆と違う自分が許せなくて、だけど、認めてもらうために人を傷つけることも出来なかった。考え方が違う。やりたいことが違う。大切にしたいものが違う。その違いに悩み、苦しんでいた。
しかし、リオに出会い、誰かに受け入れられる嬉しさを知った。大鹿に諭されて、自分自身と向き合うことができた。誰かに受け入れられるためには、人とは違う自分を受け入れることが大切だったと気づいた。
「それを私に教えてくれたのは、リオだよ」
「私、何も教えてないよ」
「いや、教えてくれたよ。知らなかったことを、たくさん」
「どんなこと?」
レッドをまっすぐ見つめる金色の瞳が、潤んでキラキラとしている。涙で濡れた長いまつ毛が青く光っている。レッドは柔らかい頬に手を添えた。
「人を知り、理解しようとすることは、自分を理解することと同じということ」
「あとは?」
「人に優しく接するためには、目に見える物ばかりじゃなくて、言葉で想いを伝えることが大切だということ」
「他にもある?」
「服を着ることが、心を隠すことと同じということ」
「ふふふ」
「あと、愛すること」
レッドとリオはじっと見つめ合った。
「私も知ったよ。私は、レッドを愛してる」
「…うん。ありがとう」
レッドはリオが言う「愛してる」が、自分とは同じではないと思っていた。その時のレッドの表情は、笑っているが、少し寂しげであった。それを見たリオは、プクッと頬を膨らませた。
「レッド、わかってない!」
「何が」
「私の言ってること、ちゃんとわかってくれてない!」
「わ、わかってる。わかってるよ!愛してる。うん、愛してる」
「すごく嘘っぽい!」
犬歯が見えるほど、イーッと口を横に開くリオの顔が可愛くて、レッドはぷっと笑ってしまった。すると、リオがクスンと鼻をすすりながらポロポロと泣き出した。
「え、リオ?何で泣いて…」
「寂しかった。会いたかった。声が聞きたかった。勝手に…、おいてけぼりにしないでほしかった。私、レッドと一緒にいたかった。ずっとずっと、谷で、私一人だけ、ずっとレッドを想ってた」
それは、レッドがリオと離れてからずっと感じていたことと同じだった。まるで、地下牢で一人、リオを想う自分と重なった。
「レッド、レッド!私、レッドのことが一番大好き。会えなくて、寂しくて、辛いくらい、大好きなの…」
レッドの手に、涙が熱をもったまま落ちてくる。見たことのないリオの切ない表情が、レッドに真意を伝えた。
「リオ、笑ってごめん。すぐわかってやれなくて、ごめん」
「レッドのバカ」
「うん」
「アホ」
「うん」
「……愛してる」
「私も、愛してる」
「同じ?」
「同じだよ」
「龍はね、つがいになった時、尻尾を絡めるの。人間はどうするの?」
「目をつむって」
リオは言われた通りに目をつむった。レッドはドキドキしながら、ゆっくりとリオに唇を重ねた。その温かさも、柔らかさも、形も、全て感じるほど、長く唇を重ねた。
静かに離れ、リオは目を開き、不思議そうにレッドを見つめた。レッドは顔も耳も真っ赤だった。心臓がドキドキと強く動いている。
「レッド…」
「リオ」
「もう一回して」
「え⁉」
「もう一回!」
レッドは余計に顔を真っ赤にした。リオはじっとレッドを見つめた。じわじわとリオが近づいて来ている。もう一回、本当にしていいのか分からない。しかし、嬉しくないわけがなかった。
リオが目をつむると、レッドはもう一度、リオにキスをした。
****
バステアス王は目覚めた時、レッド、ブルート、アリスが周りを囲むようにしているのが見えた。とても明るい部屋で、寝床の感触がいつもと違った。柔らかく、温かい。
バステアスがいたのは、リオが初めて城にやって来た時に使っていた来客用の部屋のだった。
「…お前たち」
3人はバステアス王の顔をじっと覗き込んでいた。レッドはバステアス王の頬に恐る恐る手を伸ばした。拒否されるのではないかと思っていたが、抵抗されることなく、その手は父の頬を触った。硬く厚みのある肌には、深いしわが入っている。
「お加減はいかがですか?父上」
「霧が晴れたような心地だ。視界も、悪くない」
ふっと笑った顔を浮かべると、3人は大変驚いた。同じような顔が3つも並んでいる様子を見ると、バステアス王は心がとても穏やかになった。
「心配をかけたな」
3人はふうっと息をもらし、肩の力を抜いた。
「お父様、良かった。このまま目覚めなかったらと思うと、不安でたまりませんでしたわ」
「兄上の手が、斬られるのではないかと思ってました」
「私も少し思った…」
「お父様、お兄様との戦を終えてから5日も眠ったままだったのですよ。よく、眠れましたか?」
「そんなに眠っていたのか?そうか。よく眠った」
するとアリスがバステアス王の顔に近づき、目をじっと見つめた。
「お父様の瞳は、レッドお兄様の目と同じ色をしているのですね。知らなかった。きれいな色です」
バステアス王はアリスの頭を撫で、微笑んだ。
「息子、娘たちは、どれも母親似だ。色も、形も」
アリスは頬をぽっと赤くした。レッドとブルートは驚いていた。
「私、お父様が笑った顔なんて、初めて見ましたわ。生まれてから、ずっとギロッとしているお父様のお顔しか見たことなかったもの。お父様の手、大きくて温かい」
ふふふとアリスが笑うと、レッドとブルートもつられて微笑んだ。バステアスの目に映る光景は、とても温かく、まぶしかった。このように朗らかな時間を誰かと共有したのはいつぶりのことか忘れてしまった。
その時、ブルートが「主治医を呼んできます」とそばを離れていくと、バステアス王は体を起こした。
「レッド、ブルート、アリス。今まですまなかった」
重たい頭が少し下がる。頭には白髪が目立っていた。意識して見たのは初めてのことだった。
「長い間、お前たちのことを省みず、過ごしてきた。知らず知らず、どれだけお前たちを傷つけてきたかわからない」
3人は、頭を下げて謝る父の姿に、申し訳なさを感じた。我々も同じだったと思った。理解しようとしなかった。歩み寄ろうとしなかった。その手を取り、支えようとしなかった。見てみぬふりをしていた。
バステアス王はこの薄暗い城の中で、ずっと闇を抱えながら、弱音など吐かず、孤独に耐えていたのだ。それを思えば思うほど、かける言葉を見つけられなくなった。
「謝らないで下さい」
そう言ったのはブルートだった。ブルートは扉の前で振り返った。
「私にとって父上は、誰より強く、気高く、勇ましいお方です。私は、そのお姿に憧れているのです。だから、謝らないで下さい」
今にも泣きそうな顔で、声を震わせ笑っていた。ブルートは扉を開け、部屋を出たところで、声を殺して泣いた。目を何度も擦りながら、廊下を歩いていった。
バステアス王の横にいたアリスは涙目でバステアス王に笑った。ポロっと涙がこぼれると、バステアス王を包む布団に顔を埋めた。
「私はお兄様たちほど、我慢なんてしてないわ。泣いていい人ではないのに」
アリスの頭を優しく撫でるバステアス王の表情は、穏やかだった。れっどはそんな顔をするとは思わず、まるで現実味がなかった。
「レッド」
バステアス王がレッドに呼びかけた。
「お前には、特に辛い思いをさせただろう。お前の母、ベルガモットのことも…」
バステアス王はレッドをまっすぐ見た。レッドはズキンと胸の奥で痛みを感じた。それは掘れば掘るほど深く、重たくなるものだと思った。レッドにとって、過去は美しいものではないが、未来には、たくさんの希望の道があると思えた。
「母は、父上の心の光だった。私も、ブルートも、アリスもそうだった。それがわかっただけでも、気持ちは軽くなりました。確かに、父上は取り返しのつかないことをしたと思います。だけど、残された者を守ろうとしている。だから、許します。我々は、どうしたって家族なのです」
「…ありがとう、レッド」
バステアスは頭を下げた。目の奥が熱くなった。閉じたまぶたの中は涙でいっぱいだったが、決して落ちないようにぐっと顔に力を入れた。
「父上、一つ聞いてもいいでしょうか?」
「何だ?」
「何をもって王、ですか?」
レッドはまっすぐバステアス王を見つめた。それは大鹿がレッドに問いたことだった。レッドは、ゴールド王国を治める戦好きのバステアス王に、ずっと聞いてみたかったのだった。父上の思う王とは、何なのか。
「民が求める力を持った者が王だ。…これは、先代の言葉だが、私が若き頃から胸に抱く、気高き王の姿だ。支配しようとするのではなく、必要とされることが大事なのだ」
レッドは、バステアス王からはもっと乱暴な言葉を聞くのではないかと思っていた。それはバステアス王らしくなく、しかし父上らしい言葉だった。
レッドはゼイダの言葉を思い出した。
「未来を期待させてくれるような、希望を与えてくれる者、かな」
二人の答えは違っているが、間違っているとは思わなかった。それぞれの答えの中には、人との出会いと過ごしてきた時間、想いが詰まっている。そう感じた。
「ありがとうございます。父上、私は父上に一つ、お願いがございます」
****
深い緑が空を覆う森を、ゼイダと二頭のオオカミが歩いていた。枝も細く、黄色く変色した葉が萎びれている木を見つけると、その細々しい幹にゼイダが手を当てた。手からは光が溢れ、みるみる幹のしわが伸び、変色した葉が落ち、そこから若葉が萌え、枝がぐうんと空に伸びた。
「元気になったね。良かった、良かった」
ゼイダは戦場でレッドと別れてから、目的地のない旅に出ていた。主に移動しているのは森の中で、こうして枯れかけた植物や、怪我をして動けずにいる動物を助けて歩いていた。その時、ゼイダの周りには光虫がふわふわと漂い始めた。耳のそばにくると、懐かしい声のような音が小さく聞こえた。
ゼイダが周りを見ていると、カツンカツンと杖の鳴る音が、木々を渡って飛ぶようにこだましていた。
「おや、お久しぶりではないですか。森の賢者殿」
ゼイダは後ろに振り返ると、何百年生きているかわからないほどしわしわの肌がのぞく背の低い老人がいた。背丈よりも長い杖を持ち、背中には体と同じ大きさもある薬棚を背負っている。「ほっほっほ」と笑いながら、ゼイダの前に現れたのは、薬売りのチェンだった。
「久しいのお、ゼイダ。90年ぶりかな?お元気そうで何より。とても健やかそうだ」
「まあ、怪我をしてもすぐ直りますし、病気にもならなくなってしまいましたから」
「健やかとは、体のことだけではないよ。
チェンはゼイダの胸を杖でドアを叩くようにトントンとした。ゼイダは頭を下げて「おかげさまで」と言った。するとチェンはゼイダの右肩を杖で叩いた。ゼイダの失われた右腕が気になるようだった。
「おや、怪我はしないと言うていたのに、これはどうした?」
「ああ。これはある王子にくれてやりました」
「ある王子?」
「まだ若造ですが、大変気に入りまして、友になりました」
「ほほう!友か。良いこと、良いこと」
チェンが「ほっほっほ」と肩をゆすって笑っていると、木々もゆらゆと揺れて、森がザワザワと音を立てた。
「森の賢者殿、森が笑っているようです。あなたがいるからか?」
「いんや、違うよ」
チェンは杖で地面を強く叩いた。カツンカツンと甲高い音がザワザワという森の音に混ざる。
「わしは今日、ゼイダに知らせを持ってきた」
「知らせ?」
「うむ。世界の王がお隠れになり、しばし空白となっていた間、空と海、森と大地の賢者は、次の王を探しておった。そして、次の王が決まった。わかるかい?世界の王、次の主は君だ。ゼイダ」
ゼイダがその言葉を飲み込むまで、しばらく時間がかかった。森の賢者の言葉は、森を起こし、風を包み、大地を揺らし、光をゼイダに落としたようだった。
「主の力を受け取りなさい。そして、いつも通りに過ごしなさい。我々賢者は、その力を支え、お前の健やかな心を守ろう」
チェンが杖を掲げると、空の青から眩しいほど光る粒がゼイダの上に落ちてきた。それは、以前にレッドの前に落ちたものと同じものだった。光る粒の中心からは、緑や青、黄色、赤の火花が散っている。
見上げたゼイダの赤い瞳の中に、それはゆっくりと溶けていった。すると、体の中で風が舞うような、水が波打つような感覚がし始めた。耳は意識をせずとも、森や空や海や大地をうごめく生き物の音を捉えた。目は千里を見渡すように、見えぬはずの遠くの地までを捉えた。ゼイダの視界のあらゆる色が、突然鮮やかになった。
「何という重責か。森の賢者殿よ、私に主など務まるのだろうか?」
「我々は、お前こそがふさわしいと考えたのだ。どうか、旅するお前の、生きる理由になるように、願っておる」
ゼイダは胸に手を当て、胸の奥にいるだろうアラに言った。
「私と、生きてくれるかい?支えてくれるかい?」
「もちろん」
穏やかに笑うアラの、声なき声を体に響かせた。ゼイダは片膝をつき、チェンに頭を下げた。
「慎んで、お受けしよう」
****
レッドが戦場から帰った時、リオも一緒に城に連れて来ていた。リオは書庫でティオナにつきっきりで文字の読み方を教えてもらっていた。リオはレッドからもらった緑のドレスを着ていた。
「リオ、リオ!」
振り返ると、レッドが駆け足でリオに近づいていた。立ち上がり、「レッド」と言おうとした時、レッドがリオを抱き上げた。
「リオ!父上からお許しをいただいたんだ!」
「何の?」
「西へ旅に出るんだ。大鹿様に出会ってからずっとやりたかったことだ。無気病に苦しむ人たちを助けたい。一緒に来てくれないか?」
「たびって、お城から出て、いろんな場所に行くこと?」
「そうだ。また地図を指差しながら、夜空を見上げ、風を追いながら、一緒に行こう。一緒にいてほしいんだ。リオ」
リオは想像した。レッドと一緒に草むらで地図を広げる。星空を見上げて流れ星を探す。そうして毎日、風の向かう方へ一緒に行こうと約束をする。想像するだけでワクワクする。ドキドキする。
レッドの後ろにある大きな地図が目に入った。リオはまだ見たことのない世界を想像した。同時にカカのことを思った。レッドと一緒に旅に行くことは、とても素敵なことだ。そして、そこにはきっと銀色の風が吹いている。
「行く。私、レッドと一緒にいる。ずっといる!」
「ああ」
二人は見つめ合うと、抱きしめ合った。その時、レッドの左手から赤い光が溢れた。二人は驚き、左手の手のひらを見た。左手の赤い宝石が火花を散らしながら眩しく光り、少しずつ消えていく。
「何だ、これ」
「主が決まったんだ。今、新しい主様に力が渡っているのよ」
「そうか。私の役目も終わったのだな。大鹿よ」
ひし形の頭が火花を放って消えた。レッドの手のひらから、赤い宝石は跡形もなく消えた。その手を取り、リオが自分の頬に当てた。ニコッと笑う顔につられ、レッドも微笑んだ。
「ウルルグランとの停戦協定を進め、他にも城での公務を十分に済ませて、父上のお体が回復したら行くことにする。だから、もう少し待っていてくれ」
「わかった。行くまでには文字を読めるようになるね。私ね、マイアの本を読めるようになりたいんだ」
「そうか。お互い頑張ろう」
「うん!」
「レッド様」
二人の間にティオナの声が割って入ってきた。声の方に顔を向けると、ニコニコとしたティオナが立っていた。
「レッド様、喜びあふれリオ様を抱きしめられる気持ちも分かりますが、今リオ様はお勉強中ですよ」
ニコニコしているが、実は怒っていた。少しずつイライラとした空気がティオナから流れてきていた。
「すまない、ティオナ。すぐ離すから」
「えー嫌だー!レッドといる!」
リオは力強くレッドを抱きしめた。レッドは息苦しかった。リオの腕の力も、ティオナの笑顔も、首やら胸やら締め付ける。
「リオ様、続きを。マイアの本を読めるようになるのでしょう?」
「…うん!」
リオが強くうなずくと、レッドから離れた。レッドは離れていくリオに、つい声をかけてしまった。
「リオ!」
リオはレッドに振り返った。青く艶やかな髪が、緑のドレスと一緒にふんわりと広がると、リオは光の中で笑顔を浮かべた。
龍の国の歌姫 高岡ミヅキ @m-takaoka
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