部屋 三十と一夜の短篇19回
白川津 中々
第1話
朝起きて立ち上がり昨夜グラスに注いだ水を飲む。喉が開き、胃が動く。
椅子に座る。見慣れた部屋であったが、何かおかしく、ところどころに空白があるように思える。それに妙な臭いがする。放置された酒の瓶と缶詰には埃が被っている。いつから放置されていたのか記憶にない。元より清潔な方ではないが、果たして私がこうまで醜穢に放置しておくだろうか。
二口目の水を飲む。口の中に違和感がある。堪え兼ね吐き出してみると、黒い塊が蠢いている。虫だ。ゴマ粒ほどの小さな虫が机の上で足や触覚をヒクつかせ、絶えた。グラスには同じような虫がひしめいている。一匹一匹がそれぞれ踠き絶えていく。死骸は軽く、私の吐く息で散っていってしまった。跡形もなく虫は消え、目の前には転がったグラスとこぼれた水と、新たな虫……
腰が抜けた。椅子から滑り落ちた私は身動きできず、軋む床に尻を縫い付けられた。ついた手に走る感触。つるつるとした表面。写真だろうか。掴み、見る。それはやはり写真であった。写っているのは、私と知らない女性であった。いったいいつ。どこで撮られたものであろうか。何もかも身に覚えがない。身に覚え……私はいつから覚えていない? 私は昨晩。水を飲んで就寝したはずだが、昨晩とは果たしていつであったか。
写真に記載されている日付に目がいく。1999/09/09……カレンダーを見る。2000年1月5日……
私は恐ろしくなり、立ち上がって逃げ出した。抜けた腰を無理やり動かし、ヨロヨロと蹌踉めきながら部屋を出ようとした。壁よりながら進む。足が重い。頭が痛い。行かなければ。出なければ。それはなぜ? 私は恐怖している。いったい何に?
リビングを抜けると、玄関で、全裸の女が死んでいるのを見た。私はなぜ、それが女だと分かった。腐食し異臭を放っている死体が、なぜ女だと……
私は、女の死体を見て笑っているのに気付いた。私? 私は誰だ? 違う。私は私じゃない。あぁそうだ……俺だよ。俺が、あいつを……!
部屋 三十と一夜の短篇19回 白川津 中々 @taka1212384
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