第4話 共存

僕は花や鳥の目覚める彼は誰時に、もうすぐ出会って一年になるスニーカーを恋人の髪を洗うように 叮嚀に手洗いしていた。


必要最低限のモノしか持たない僕は、自分の環境となるものを選択するという行為は時間と労力を費やして然るべきことだと考えていたので、何を選ぶにもいつもうんと時間をかけ、そしてどんな些細なことにおいても妥協を許さなかった。


鋭意検討した末に買わないことだって少なくなかった。


しかし、その上で選ばれたモノはこの上なく重宝した。


つまり僕の環境を取り巻く物体は僕の人生における多くの時間を、命を、分け与えて精選されたモノなのだ。


でも、この靴との出会いだけは突然だった。


仕事帰りになんとなくふらっと立ち寄ったデパートのショーウィンドウに飾られていた靴に、引き寄せられるように歩を進めたぼくは、気付けば靴用の化粧箱が入った紙袋を手にしたまま帰路に着いていた。


こんなことは今までにないことだった。


それは軽くて、シンプルでありながら細部にユニークなデザインが施された漆黒に彩られたスニーカーだった。


衝動買いに戸惑いつつも、その靴を履いてみた。


それはまるで以前どこかで会ったかのように、違和感なく僕の足を優しく包んでくれた。


泡に覆われたスニーカーをすすぎながら、その運命の日から今日に至るまでの一年、僕を色んな場所へと導いてくれた軌跡を回想していた。


よく見るとそれには、内側重心で歩行する僕のくせがついていて、他にもライナーのくぼみ具合や、アウトソールの擦れ方からこれまで重ねてきた時間が感じられた。


それはもう、この世界で僕だけのただひとつのモノだった。


そう想うと出会った頃と比べて、少し草臥れたスニーカーがあの頃とは比べ物にならないほど愛おしく思えた。


ドライヤーで形を整え、窓に目線をやるとカーテンの隙間から白く透明な光が差し込んでいた。


洗滌されたスニーカーをバルコニーに乾すと、僕は東の空に燦燦と輝く朝日の眩しさに目を細めながら、これから続く旅に想いを馳せた。

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ブルームーンフォレスト 前園光 @hikki

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