これから

 『女帝クイーン前寅後狼まえとらうしろによる力試しから二週間。

 六月の期末試験も終わり、コンキスタ部は夏合宿への計画を立て始めていた。


「海か、山か……」

「どうしたの?」

「合宿って言ったら特訓、飯、自由時間の三拍子が揃ってねぇとな。だから海か山かは重大な問題なのさ。わかるだろう? 雨野馳あめのち

「男子としては女子の水着も拝みたいところかしら?」

「わかってるねぇ、あねさん!」

「スケベ」

「ちょ! 健全な男子の下心をスケベと言うな!」


 部室でどうしようか話し合うコンキスタ部部員。

 コンキスタ部には顧問がいないため、合宿の計画も資金集めもすべて部員達でやらねばならない。

 そのために宿は格安の民宿で確定。ご飯も自炊というのが鉄則である。

 故に条件に見合った場所を探すのが、彼らの本題と言えた。


「トレイルランニングとか……してみたいかも」

「オー! トレイルランニング! 自然の中を走るってあれね! いいねぇ! リッカと競争してみたいなぁ!」

「私もそれがいいわ。海はちょっと」

「三人は山派かぁ……曇天どんてんはどうしたい?」

「山か海なら……海かなぁ。海で泳ぐってとても体力を使うし、体力作りにいいかも」

「俺はサーフィンやりてぇなぁ! 体幹トレーニングっての? それも兼ねてやってみてぇ」

「私は虫刺されがイヤだから海ね。トンビとかならまだ迎撃できるけど、虫はちょっと」


 雨野馳六華りっか、ボルト・ウェザーボルト、雪咲月華ゆきざきげっかの三人は山。

 曇天松信まつのぶ嵐前静閑らんぜんしずか夜兎鳴狩野やとなりかりやは海がいいという。

 あとは晴渡省吾はれわたりしょうごが決まれば多数決は決定だが、そもそも一年生だけで決まる話ではない。

 二年、そして三年生もいるのだが――


「海!」

「山」

「何故?!」

「海行って何するの」


 日暮要ひぐらしかなめ月神雫つきがみしずくの二人はずっと言い合っているし、三年の霧ヶ峰佳子きりがみねかこはずっと機械いじりで話に参加しようともしない。

 そもそも部長である鏡根望かがみねのぞみが決めればいいのだが、その部長がいなかった。


「だぁっ! もう決まらねぇ! なんでどっちかしか行けねぇんだよぉ……」

「だって旅行じゃないもの。それにお金ないし」


 雨野馳の正確なツッコミにグゥの音も出ない。

 だがそんな晴渡に、救いの天使が現れた。

 部の予算決定会から、鏡根が意気揚々と帰って来たのである。


「みんなぁ! 今年は部の予算が大幅上がったぞ! これで今年は二回行ける!」


「「「っしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


 男子陣大喜び、女子陣感心。

 何事にも全力ではしゃげるこの歳の男子高校生と、ちょっと大人びてくる女子高校生の差であった。


 そんなわけで、その後も合宿の場所も難なく決まり、あとは当日まで楽しみに待つだけとなった明星コンキスタ部。

 この日もハードな特訓の後、シャワーを浴びてから帰宅する。

 寮住まいの雨野馳と晴渡は、この日特になんの理由もなくただタイミングの問題で、共に帰っていた。


「いやぁ楽しみだなぁ、合宿!」

「そうね」

「雨野馳って普段から料理すんのか?」

「まぁ、それなりにはね」

「じゃあ任せた! 俺ほとんどできねぇし!」

「いいけど、当番制になるから結局あなたも作るのよ」

「ということは、その日のトイレは大行列だな」

「何を食べさせる気なの」

「マズい! もう一杯、と言わせてみせるぜ」

「まさかの青汁……」


 あの日体育館でされた勧誘から、少し仲良くなった二人。

 タイミングが合えば一緒に帰るし、よく話すようになった。


 口数は晴渡が圧倒的に上だが。


「そういやこのまえは凄かったな。『女帝クイーン』に『不動』に『神童』。んでもって『白銀』。壮観だったぜ、あの並び具合」

「前寅さんってあの人、凄かった……千鶴ちづる沖田おきたさんも強いけれど、あんなに圧倒的な人初めて……まぁ、私はまだまだ経験不足だけれどね」

「何言ってんだ。その圧倒的に蹴り叩き込んだのはどこの誰だって話だよ。真の勝者、侵略者を決めよう! 上等だ、真っ向から叩いてやるぜ! 雨野馳が!」

「やっぱり、私なんだ……」

「残念ながら俺はそのときいなかったしな……まぁ戦うとなったら、そう簡単に引いてはやらねぇつもりだが」

「そうじゃなくちゃ困るけれど……」


 意気込みとしては、そうでなくては困る。

 しかし実際彼女は強い。

 どれだけのレベルに達した選手でも、その能力と質量だけで叩き潰せるだけの力がある。

 自分が入れられたのはあくまでラッキーパンチで、決して狙えたものではなかった。


 油断してはならない。

 彼女がまだ一年生だというのなら、それより上にいる干支高校の上級生は、彼女以上の怪物だ。正直勝てる気などしない。


 でも――


「なぁに、俺一人じゃ敵わなくても、俺達でなら勝てる! だから頼んだぜ、俺の流星。俺の願い、俺と一緒に叶えてくれ!」


「できれば三回言う前に消えないでくれると助かるなぁ! ハハハ!」


 あぁもう、なんでそう恥ずかしい台詞を繰り出せるのか。

 まったくもってこの人は、チャラいしコンキスタに一途過ぎるし、ちょっと鈍感な馬鹿だし。


 でも、だからこそ共に戦う価値がある。

 彼、晴渡省吾は、雨野馳六華の心を晴らしてくれた人だ。

 彼と一緒にいると、心が晴渡る。


 流星が人前で輝くには、雲一つない晴れ空が必要だ。

 流星が雨野馳だとするのなら、その晴れ空はきっと――


「私も、恥ずかしいことを……」

「ん、どうした?」

「なんでもないわ。さ、明日もあることだし、早く帰りましょう」

「おぉ! 明日もコンビネーションプレイやろうぜ!」

「私についてこれるかしらね」

「言ったなぁ、このヤロー! 絶対に喰らいついてやるぜぇ!」


 これからもずっと、この晴渡った空が続きますように。


 今日の予報は雨だと言っていた。

 だが天気予報も度々外す。


 この日の夕刻は雲一つない、夕刻の赤に燃える晴渡り空。

 この先の二人の行く末を見守るように、赤い空が輝いていた。


――Consoring End……See you next stage.――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白銀のコンキスタドーレス 七四六明 @mumei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ